過去
「これより、軍議を始める」
昼間だというのに、カーテンは閉められ、重苦しい空気が流れる。大きく長い机を挟んで、議会に所属した文官達と、トレジャーノンの騎士団に所属した武官達が対面するように座る。勿論、議長席には国王、オルガ王が座していた。その堂々とした佇まい、王者の貫禄を纏い、その瞳は戦の場を配下の者に託し、退いても尚、鋭かった。
「このウルバヌス国港街シータにおいて、人身売買の証拠があがった。また、今や一触即発の敵国アルレミドと通じており、多くの被害が見受けられる。このままにしておけば被害は拡大し、深刻な事態となるだろう」
ゆったりとした口調がやけに重々しい。その、低く、しっとりとした声が木霊するように響く。
「国内にこれ以上影響が与えられることを防ぐ為にも、犯人を捉え、解決する必要がある」
その声は一呼吸置く。
「しかし、今は活動が活発化したアルレミド対策に兵力を割きたい。そこで」
王の目は軍官の並ぶ列、手前から4番目の彼に向けられた。つられるようにして、他の視線も彼に注がれる。
「お前に、この件を預ける」
紅い目が爛々と光る。暗闇に浮かび上がる灯篭のように。
「承知致しました」
艶やかな声が自信あり気に言葉を紡いだ。
「レイ」
会議室から出て、廊下を歩いていた彼を呼び止めた太い声に、振り返る。
「ダカ」
焼けた肌に幾つも傷跡を残し、ニカニカと笑う男が、大きく手を振って此方に向かって来る。トレジャーノンの騎士団、団長。すなわち軍官のトップに君臨する男だ。騎士団王直属、軍特殊精鋭部隊第1班のリーダーとも言える。豪傑で快活、誰からも慕われるリーダーで、国王からの信頼も厚い。勿論武術だけに優れているわけではなく、頭も切れる。文官のトップである、ロドリフとはいつも会議で火花を散らしているが、飲み会では肩を組んで熱く語り合っていることをレイは知っている。レイやエディアルドが幼い頃は、彼に稽古をつけてもらっていた為、剣術の師匠でもある。
「今回の件、頑張れよ!」
そう言って破顔し、バシッとレイの背中を叩く。彼は怪力なので、これは結構痛い。もう少々力加減を考えてほしいものだ。
「最近会ってないが、どうだ、みんなの様子は」
この前カルキに会ったんだが、あいつはユキのように怖いとこがあるからな、などとぼやいている。
「いつも通りですよ」
「クールな反応してくれるな、レイは」
リーカスといい勝負だな、と、彼はむくれる。もう結構いい歳だが、元々顔がいいからか、そんな表情も見苦しくはない。
「俺の可愛い息子はちゃんと働いてるか」
そう言ってがっつりレイの肩に腕を回し、体重を乗せてくるので、2人はよたよたと廊下を歩いた。横を見れば、眩しいくらいの爽やかな笑顔が目に入る。太陽光を見た時のように、レイは目を細めた。
「ええ、まあ。可愛いがってますよ」
若干複雑そうな顔になりつつ、おぉそうか、と彼は返した。
「じゃ、頑張れよー」
息子とは似ても似つかんな、と去っていく大きな背中を眺める。養子とは言えど、本当に彼が育てたのだろうか。
「レーイッ」
今度は何だ、と振り返った目の前に、にこやかな表情の兄が現れた。思わず顳顬に手をやりそうになる。
「次の仕事、頑張ってね。団長に副団長、加えて俺もアルレミド対策に駆り出されるし」
はー、と深い溜息を吐いて首を竦める仕草をする彼は、シータ担当になりたかったに違いない。今の時点で、シータの方が暴れられるからだろう。
「精々尽力してきてね」
そう残していく彼は何かと恐ろしい。我が兄だけに、性根もいいとは限らない。何を考えているのかわからないのだ。
「王子」
風に撫でられるような心地になるその声に、惹かれるように振り向く。帰りますよ、と眉を寄せる彼に、内心ホッと息を吐いた。
「帰ろうか。大きな仕事もあることだしな」
低い位置にある、首を傾げる彼の頭を撫でて、レイは表情を緩めた。
「やっと安心して振り向けた」
「どういうことですか」
「いーや。ジェノヴァの傷も治ったことだし、シータで大暴れしてやろうぜ」
「もちろん」
赤と青のにやけた視線が、ばちり。交わった。
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