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軍則第四条の罪人  作者: 南雲 燦
第三章
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帰還

 次にやらねばならないことは、取引が行われる可能性のある場所の付近に、それぞれ拠点を作ることだ。敵に見つかりにくく、尚且つ取引場所を監視しやすいポジション取りが必須だ。チェックすべきポイントは4箇所。これでも候補を絞った方だ。拠点を具体的に決めるのはやはり夜が得策であろうと考えたジェノヴァは、とりあえず食事を取ろうと店を探す。

 今日は肉が食べたい、肉の気分だ!

 髪の色が茶色のうちに店で堂々と食べられる日が限られていることに加え、仕事始めの景気づけも兼ねて、肉料理の店に入る。扉を開けると同時に、美味しそうな香りが鼻腔をくすぐり、ジェノヴァのお腹が鳴った。


「うー。お腹すいた。早くご飯ご飯」


 席につき、メニューを見ると。


「え、あれ、嘘。鶏肉しかないのか?」


 牛肉が食べたかったジェノヴァはガックリと肩を落とし、仕方なく鶏肉料理を注文した。


「おや、国外から来た人かい?珍しい」

「ああ、商団の端くれなんだがな。貿易をしに来たんで、ちょっとだけ滞在するんだ」


 ジェノヴァはフードの下から通行証をチラリと持ち上げて見せた。所属やら名前やらが書かれた木のプレートに紐が通してあるそれは、あの商船の船員として偽名で登録して作ってもらったものだ。


「そうなのかい。うちの鶏肉料理評判だから、たんまり食べてって頂戴」

「鶏肉専門店なのか?」

「いいや。この国は他国とほぼ貿易行わないお陰で、豚と牛はいつも品薄なの。と言っても、いつもないんだけどね」


 ふくよかな給仕のおばさんは、ほほほ、と笑って、コップに注いだ水をジェノヴァのテーブルに置いた。さして問題視していないその様子に、ジェノヴァは少し呆れてしまった。欲がない言えば聞こえはいいが、ここの人々は、無知であることを知らないのだ。きっと閉ざされた世界に慣れすぎて、新しいものを知らずに死んでゆくから幸せだと感じていられるのかもしれない。 こんなにも生活のありとあらゆる面が制限されていて、監視されているという自覚がないから、能天気でいられるのかもしれない。

 つまらない。ジェノヴァは知っている、世界はこんなにも広いことを。人間は、欲に振り回されてはならないが、欲を持たないのは勿体のないことであるということを。


「はい、お待ち」


 ジェノヴァは鶏肉のソテーをめいいっぱい頬張り、早々と食事を終わらせた。こんな息苦しいところに一人で長居は無用だ。さっさと仕事をこなして、母国に帰ろう。そうこう考えているうちに、夜はすぐに更け、店を後にしたジェノヴァは、全身を黒に包んで、夜番であろう兵士隊の包囲網をかい潜りながら、街の中心部へと移動していた。所々で兵士に出くわすだけでなく、中心部に近づくにつれて数が増えてくることも厄介で、思い切り街中を駆け抜けていけない。


「くぅ。ストレス溜まる」


 ジェノヴァは歯軋りをして悪態をつき、また一躍。目的地までの距離を縮めた。彼は4箇所全ての潜伏場所を確認すると、今度は数日ごとにそれぞれの拠点を転々としながら過ごした。そうして、2、3週間ほどが経った。ジェノヴァは怪しい人影を見つけ、林檎を齧る手を止め、眉を顰めた。


「やーっとお出ましだぜ」


 アルレミドでは未だ、階級制度の強い差別意識が根ざしている。街中で、身分の高い者が低い者を虐げている場面を幾度か目にした。普段からさして珍しくもない光景のようだ。だから、売買の為の人を集めるのにはうってつけの場所でもある。売り買いできる人間が多く、気付かれにくい、港に近い都市で計画を実行しやすい。何とまあ良い条件が揃ったことだ。


「っち。あいつら手荒な真似しやがって」


 女性が二人、乱暴に縄で縛られ、連れて行かれている。今すぐに助け出したいが、それでは全員の身の安全を保証することができない。歯痒い思いを有耶無耶にしながら、動向を見守る。林檎の芯を後ろに放り、さてさて、と手を揉んで彼は思案した。


「具体的な販売ルートを知りたいな。これだけ分かれば、あとは七人で乗り込むだけよ」


 拠点を探ると同時に、昼のうちに取引に使われる船の特定は済ませている。拠点からどのように女達を運んでいるのか、一度にどの程度の人数を売ろうとしているのか、そしてジェノヴァの特定した船を本当に使っているのかの確証も欲しかった。摘発の際にも必要だが、自国に警告を促す際や売られた人々の保護の為にも不可欠だ。ジェノヴァはトントントン、と極めて小さな動きで屋根から降り、路地の死角の暗闇に紛れるように潜んだ。彼等は一軒の、ごく一般的な服屋に入ってゆく。捕らえた女達を閉じ込めておけるスペースなど無いように見える。


「地下か」


 裏手から店に駆け寄り窓から様子を伺うも、曇りガラスで店内は見えない。中に入るしかなさそうだ。しかし窓や扉を割れば、すぐにばれてしまうだろう。暫し思案したジェノヴァは、人の気配が消えるタイミングを見計らい、ドアに忍び寄ると。


「よっしゃ」


 少々手こずったものの、針金でドアを開錠した。


「リーカスに習っといてよかった」


 彼はピッキングの名人だ。金庫すらも彼の手にかかれば魔法のように開いてしまう。彼の手解きの甲斐あって、ジェノヴァも彼に比べれば時間がかかるものの、何とか1人でピッキングが出来る程に上達していた。中に素早く身体を滑り込ませ、静かにロックを掛ける。物陰に隠れるようにして、地下の道へと進んで行った。

 地下は、土を掘り、木で壁や天井を補強しただけの簡易的な造りをしている。急いで作ったのだろうか、それとも作りながら利用しているのだろうか。少しずつ枝分かれしており、一部には牢屋のようなスペースが設けられていて、女達が囚われていた。牢の中では縄は解かれているようで、少しだけ安心する。位置の情報を素早く腕にメモを取ると、片道を引き返し、もう一方の道へ進んだ。その道は長かった。人の気配もない。ただ、静かな暗闇が鎮座していた。足を蹴る音すらも大きく反響してしまう洞窟は、いつも以上に気を遣って歩かなければならなかった。

 歩き疲れてきた頃、潮の香りがした。港だ。闇が薄くなる。白く淡い光の線が、斜めに入射する。ぼんやりと青い光のなかへ、飛び込むように身を投げ出した。月が、浮かんでいた。


「外に、出た……」


 見張りがいたので、すぐさま近くの茂みに身を隠し、周囲を窺う。やはり、港に通じていた。恐らく、ここから荷物に紛れ込ませて運んできた女達を牢に入れ、何処かへ売ったり、逆に女達を地方に売っていたのだ。


「ちょーっと見張りが多くないか?」


 当たり前と言えば当たり前なのだが、人数が多い為バレれば即捕まる状況に、ジェノヴァは冷や汗をかく。取引に使われる船を特定するには、誰かが管理しているはずの、貿易帳簿を盗み見るしかない。聞き出すのは以ての外であるし、奪ってしまうと大事に至ってしまう。ジェノヴァは辺りを一目でパッと確認すると、一番端の背の高くない男に目をつける。


「君のを、いただこう」


 ジェノヴァの小さな足が、土を蹴った。低姿勢で、草木の合間を四足歩行動物並みのすばしっこさで駆け、彼に近寄ると。


「……っ!?」

「お眠り」


 石で目潰しを、更に首に峰打ちを食らった彼は、一瞬で気絶した。きっと彼は何が起こったのか分からなかっただろう。白目を向いて倒れた男の服を剥ぎ取り、それを着て兵士達に紛れ混んだ。長らく隠しおおせるとはおもっていない、時間との勝負だ。

 他の兵同様、周囲を伺う素振りをしてその場を仕切る男の側に近寄った。この洞窟から船までの間、警戒の範囲は広い。従って、その男の行動範囲も広くなるから一人でいるところを狙いやすい。ラッキーだ。そして、死角から走り寄り。

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