表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
軍則第四条の罪人  作者: 南雲 燦
第三章
37/83

帰還

「なるほど。商団なんていっぱいあるだろ?なんでカディング家を選んだんだ?」

「てめえらの好きな商売をしろって、言ってくれたからさ。お前の友人の、ネロ・カディング様がさ」


 ぱしぱし、と男は船の縁を愛おしそうに叩いて、しゃがんでいた姿勢から腰を上げた。仕事をする同僚達の姿を目で追っているのか、はたまた、その船の行く先に目を向けているのか分からなかったが、男のその堂々たる様に、ジェノヴァは好感が持てた。


「奴が言いそうなことだな」


 ジェノヴァは白い歯を見せた。あれから、作戦をネロ・カディングとサスケと共に練った。彼は大層頭の回転の速い奴で、物腰は柔らかいし、お菓子もくれる。ジェノヴァが彼に懐くのに、時間は要らなかった。


「器の大きいお方だ。その言葉で、俺は商団に入ることを決めたのさ。カディング家の商団は国随一の大きさで、全国の船乗りはこぞって志願する商団でな。なかなか、船乗りの中じゃ頑張ってる方さ」


 豪快に笑う男は、ジェノヴァの小さな頭ををぐしゃぐしゃすると、少しだけその眼差しに、青年を憂虞するような色を混ぜた。


「何をしに行くのかは知らんが、港までは俺らが責任持って運んでやるからな」

「ありがとう。でか兄ちゃん」


 でかとはなんだ、ちび言うな、との言い合いを繰り広げる船長と船客のところへ、1人の船員が転がり込んできた。その瞬間、見張り代からの敵襲!との大声と共に船は大きく舵を取り、その巨体を不安定に揺らして侵攻方向に対して垂直に向けた。一瞬だけ不意に浮いた身体の感覚に、ジェノヴァは鳥肌を立てる。


「どうした?」

「盗賊です!船長、戦う準備を!」

「くそっ、また出やがったな。」


 船員が駆け、急に慌ただしくなる船内。


「ちび兄ちゃん、話は後みたいだ。盗賊が襲ってきた。船倉に隠れていろ」

「こういうことはよくあるのか」

「まあ、そうだな。基本盗賊のいないルートを選ぶし、何隻もの船で移動するから稀だったが。やっぱり、アルレミドとの貿易を始めてからは、向こうの国に近い海域で襲われることが多くなった」


 悔しそうに歯軋りしながら、その場にあった引き戸を引くと、長さはそこまで長くないが幅の広い、大ぶりな剣を取り出した。


「よし、全員戦闘準備はできたか!」


 指示を飛ばしながら、船長の男はスコープを通して盗賊の船を観察する。


「くそ、こんなところで出くわすとはな」

「でか兄ちゃん。俺に任せて」

「ああ。……て、は?」


 思わず船長はスコープから目を離して、その小さな青年をまじまじと見た。彼はパンの包み紙を軽く畳んで船長に渡す。


「ご馳走様。食った分は働くよ」

「え、おい」


 小回りのきく盗賊の船はもう、すぐそこまで迫っていた。ロープを使えば軽く移動できてしまう。ジェノヴァは、タッと駆け出すと船の甲板で立ち止まり、くるりと船員の方を向いた。


「船長命令により、盗賊は俺が片付ける!1人で十分なので手出しは無用!」


 そう言い放ってから、短剣を背中から引き出し、軽い跳躍で盗賊の船へ乗り移ってしまった。


「ちょっ、え!おい、ちび!」


 慌てて盗賊船と隣接する側へ駆け寄った彼らの視界に映ったのは、青い海と空に不釣り合いな血飛沫が舞う瞬間だった。狭く、構造が入り組んだ船の上では、ジェノヴァの戦い方は有利に働いた。甲板のカーブに沿って加速した彼の刃は身体の回転を伴って敵の喉元を掻っ捌く。


「貴様がなぜここにいる!蒼眼の旋速者!」


 一度の踏み込みで、彼の無機質な顔が目の前まで迫り、短剣が閃いたかと思うと、もうその時には幾つもの命が朽ちていた。


「もっと!もっと本気でかかってこいよ賊共!」


 がく、と膝をつき事切れる敵に見向きもせず、また一段とジェノヴァは加速する。脚を薙ぎ払い、バランスを崩した身体に関節技を決めつつ、頭を串刺しにした。眉間から抜き払ってそのまま、振りかざせば、背後から襲いかかる敵の胸を一線。ごぼり、とそいつの口からは溺れるような音と生命の欠片が洩れ落ちた。息を吐く間も無く横から飛んでくる拳をジェノヴァ紙一重で交わした。立て続けに繰り出された第二撃よりも先に、遠心力で重みを増したジェノヴァの剣先が相手の腕を斬る。数メール先に、胴体から切り離された腕が一本落下した。左手で逆手に持った短剣が風を切り、絶叫するそいつの身体を、斜め下から上へ真っ二つにするや否や。軽いジャンプで別方向から斬り込まれた剣を避け、その剣を握る手を思い切り蹴飛ばして、後方へ傾く男の頭を掴んでがっちりと脚を首に巻きつけた。音を立てて頸椎が使い物にならなくなる。髪から手を離せば、重力に逆らうことなくその骸は床へと落下した。

 圧倒的人数差をものともせず的確に敵を一撃で倒していく姿は、戦の神の化身のように、船員達の目に映った。盗賊の幾人かは、船上で暴れ狂うジェノヴァの姿に怖気づき、次々に海へと飛び込もうとするが、その無防備なった背中を向けた瞬間、彼らの最期はもう決まっている。気づいた時にはもう、盗賊船には彼一人だけとなり、足元には血の海と屍の山が折り重なっていた。


「なんだよ。もう、終わりかよ」


 内ポケットから取り出した羊皮の切れ端で、短刀に付着した血を拭うと、その汚れた皮をひらりと海へ捨てる。頬や服にべったりと返り血を付け、まだ物欲しそうに微笑する武神が、そこにいた。





「まさか、お前があの有名な蒼眼の旋速者だったとはなぁ!助かったぜ、ありがとよ」

「いや、こっちこそ乗せてくれてありがとうな。グロいの見せて悪かった」


 これからも船乗り頑張れよと付け足して、ジェノヴァは背を向けた。街へ歩みを進めようとした彼に、彼の声が追いついた。


「おうよ!兄ちゃんも、気をつけてな!」


 短い間だったが、船旅の仲間との別れは寂しいものだ。いい運動もできたし、美味しいご飯にもありつけた。


「さてと。とっとと情報ゲットして、帰りたいものだな」


 ジェノヴァは肩にかけた手荷物の紐をぎゅっと結び直すと、新たな街へと出発したのだった。

 アルレミド国。ウルバヌスとは海を挟み込むようにして隣に位置しており、陸続きの地域もあるが、近年鎖国化への運動が激化する一方だ。その首都トミストラは、一見普通の城下街のようだが、よくよく観察すると、至る所に監視役の兵士がおり、市民の生活は堅苦しいように思える。ジェノヴァは船内で染め上げた髪の色が落ちていないか、店の鏡をちらりと見て確認した。高価な染料な筈だが、ネロが心付けとして持たせてくれたものだ。効果は一時的なものとは言えど、目立つ金髪を隠せる染料は、フードだけでは心許なかった為、大助かりであった。

 作戦はネロの策だ。彼は見かけに依らず理性的な考え方をするし、案外狡猾な策を練る。帰ったら、みんなにネロとサスケの話をしよう。きっと、レイ達と馬が合うだろう。

 アルレミドでは四六時中気を張っていなければならないと思うと、ジェノヴァは少し気が滅入った。こういう時、敵国で短期間で大量の情報を得てくるミルガの仕事の出来ようには、舌を巻くものがある。きっと今頃ミルガは、ラウスピクス国の事件について、調べに走っている頃だ。自分もしっかりやることをやらねば、とジェノヴァは気合を入れ直した。

 彼の策はこうだ。まず、安全の確保された貿易船に乗り、この船の船員としてアルレミド国に入国する。貿易船が帰還するまでの間に仕事はおそらく間に合わないので、出国は船員に誤魔化してもらう手筈だ。アルレミド国の出入国の取り締まりは昔から変わらないどころか、ますます厳しくなってきている為、少々心配だ。ネロの入れ知恵でなんとか乗り切ってくれる事を願う。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ