潜入
「味方引き込むつもりの奴をこんな遊びで殺してどうする。まあ、なかなかに楽しかったぞ」
そしてまた、あの不敵な表情。顎を持ち上げ、目が細まる。
「手伝ってやるから、お前も力を貸せ」
先ほどまで恐怖でしかなかった存在が少なくとも自分の敵でなくなるという事実が、どれだけ心に余裕と安堵を与えることか。
「どのみち俺等はあのジジイを抹殺する。利害の一致ってな訳だから、協力してこーぜ」
サスケの腕を掴んで引っ張り起こし、彼は残酷なことを口にしながら、その内容と相反するおちゃらけた仕草でウィンクした。
「どういうことだ」
いまいち理解の追いつかないサスケは、少々どもりながらも聞き返した。
「あのジジイは他にも大罪を犯してるんだよ。俺等としては奴を捕まえなきゃならない。……まあ証拠不十分だから、捕まえるまでに漕ぎ着けるには、色々揃えなきゃなきゃならないことが多いけど」
「大罪……?」
「それはまだ、機密事項さ」
そう返しながら、ジェノヴァは血を拭き取り、他にも周囲に形跡を残していないかチェックしている。どちらかと言えば、床の血痕より彼の脇腹の心配をした方がいいというのに。
「お前だっておおよそ見当はついてるんだろ?つまりは、利害の一致だよ。お前も作戦に参加してもらう」
「作戦に、参加?」
ジェノヴァはこの国の軍の高官、サスケは高々地方諸侯の従者。抗える立場でないことは分かりきっているし、そもそも協力しない理由はない。
「挨拶がてらと思ったんだけど、ついつい楽しくなっちゃってな」
ちょっと興味が湧いたんだ、と生真面目にそう答える目の前の青年に、サスケは半ば唖然とした。
最初から味方と分かっていれば……。
一応国軍の高官である彼に自身が吐いた言葉と打ち込んだ刃が、今更ながらフラッシュバックする。彼は自分より幾つか年下だろうに、なんて考えしてんだ、と内心恐々とした。鳥肌ものだ。
「恐らくジジイがしでかしてることは厄介なものだ。お前等の家業にも影響は及ぶ」
短剣を手入れしながら、ジェノヴァは言う。
「それを止めるために、隠密に事を運ぼうと作戦を練っていたんだろ」
「カディング家は代々貿易業を生業としてやってきていました。それを、一族の存亡に関わる危ない取引なんぞに手を出して、滅びる道を選ぶなんて。絶対に許せません」
サスケは眉間に皺を寄せ、吐き捨てた。
「俺がハイディー卿を排斥する提案を幾度かしたのですが、ネロ様は渋っておられた。あの方は心優しいお人ですから」
それが仇となるのに、と彼は額に手を当てた。
「本当に協力してくださるんですか」
サスケは、失礼は承知の上で、若干の疑いを含んだ眼差しを向けた。ジェノヴァは血の汚れや錆など一片も見受けられない、鈍く光る短剣を、丁寧に背中の鞘におさめる。
「まあな。今回はこれが俺のミッションの足掛かりとなる訳だし。仲良くやろうじゃないか」
明らかに楽しんでいる彼の笑顔に一抹の不安を覚えるサスケであった。




