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軍則第四条の罪人  作者: 南雲 燦
第二章
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ミカンの出会い(第二章おまけエピソード)




「早くー、遅いよー!」

「ま、待ってっ」

「もっと走って!」


 そんな女の子達のはしゃぎ声が、様々な音が混雑する通りに紛れていった。今日は土曜日。首都トレジャーノンの城下町の大通りには、週に一度、たくさんの出店が並ぶ。常に活気に満ちた街ではあるが、沢山の人々が外出し、売り買いが盛んに行われるこの日は毎週のように大混雑だ。


「早くっ、レイ様のすぐ売り切れちゃうんだから!」


 その中でも、最近一番人気なのが、写真や似顔絵を売る店だ。王宮騎士団第二王子直属部隊の、軍特殊精鋭部隊第4班、通称、撃滅の七刃の写真や似顔絵が、毎週飛ぶように売れている。彼等の部隊が編成されるや否や、そのルックスや剣の腕前に惚れ込む人が続出し、開店すれば多くのファンが詰めかけ、即売り切れになる、大人気の出店である。

 彼女、ミカンは友達に連れられ、行列の最後尾に雪崩れ込むように並んだ。息を整えるミカンの隣で、友人達は人混みで見通せない店頭の様子を背伸びをして伺おうと試みている。


「あー、もう結構列長くなっちゃったね」

「大丈夫だよ、いっぱい刷ってあるよ、きっと」


 肩を落とす様子に、そう励ませば、立ち直りが早い友人達は早速、誰がいいか、誰のを買うか、という話題で盛り上がっている。


「……で、みかんは誰の写真を買うの」

「えっ」


 突然向けられた話の矛先に、ミカンは思わず戸惑いの声をあげた。誰なの、誰の味方なの、と彼女達のきらきらとした期待の眼差しを受けて、えーと、と口籠った。視線は明後日を向いている。彼女は、正直、あまり彼らに興味がなかった。一流の剣士であり、軍隊のエリートでもあることや、ルックスが異次元の人かと疑うほどかっこいいのも確かだ。しかし、友達の話題に合わせていたぐらいで、ミカンには特に誰が好き、といったものはなかった。話題を振られるといつも困ってしまうくらいだ。


「もちろんレイ様よね。あの大人の余裕と漂わせる色っぽさが堪らないわっ」


 親友が声をあげてみかんの手を力み気味に掴んだので、びっくりして肩を飛び上がらせた。


「え、まあかっこいいよね」

「ええー!ライア様でしょ。逞しくて、背も高いし。なのに可愛い笑顔とのギャップ!」


 それを皮切りに閉じることのない口で滔々と彼らの魅力を語る彼女達は、後ずさるミカンに尚も詰め寄る。カルキ様?ヴェイド様?ミルガ様?それともジェノヴァ様?さあ誰、と迫られて、あまりの迫力に戸惑いを露わにするミカン。誰を選んでも色々大変になるこの状況、どうにか打破できないのだろうか。とりあえず、当たり障りのないレイ様の名を口にした時、大通りの向こうが騒がしいのに気付いた。皆一様に何が起こったのかと様子を伺う。


「ミルガ様とヴェイド様がいる!ジェノヴァ様もだ!」


 え?

 その声に、列に並んでいた人々は一目散に向こうへと向かい、抗えない大波となった。友人達も口々に名前を叫びながら、怒涛の勢いでその流れに乗ってそのまま行ってしまった。恐るべし、国民的スターのパワー。1人壁際に寄ることで波に巻き込まれるという難を逃れたミカンは無事、取り残されていた。


「みんな行っちゃった……」


 今日の買い物はどうするんだ、と唖然としていた彼女の目の端に誰かが過ったのが見えた、気がした。バッ、と身を翻し振り向くが、誰も居ない。首を傾げ、気の所為か、と身体の向きを元に戻そうとした瞬間。彼女の眼前に突如腕が現れ、そのまま彼女を抱え込む様に掴むと、暗がりに無理矢理引っ張り込んだ。咄嗟に声をあげようとしたミカンの唇に、しっ、と指を当てた彼は。


 ジェノヴァ様?!


 ミカンの瞳はこれでもかと見開かれ、目の前の男を凝視した。艶やかな金髪に凛々しく大きなブルーの瞳。陶器のように白い肌に、優しい桜色の口許。紛れも無い、彼だ。いつもの白い制服ではなく、シャツにズボンという随分ラフな格好をしている。上質な布地とデザインと、彼の外見のお陰でとても上品に着こなしていた。何故彼がここにいるのだろう。


「ごめん。少し、黙ってて」


 涼やかな声が、短く命じた。彼は、彼女の口と身体を押さえ込んだまま背中を壁につけ、通りの様子を伺う。押し付けられた彼の首もとからは、甘い香りがする。ミカンは心臓が口から飛び出しそうなほど、緊張していた。意図せずとも、頰はどんどん赤くなってゆく。七刃にあまり興味が無い、とは言っても、あの大陸に名を馳せる天下の《《撃滅の七刃》》である。そのメンバーにここまで急接近するとなると、話は別だ。焦りなのか、緊張なのか、興奮なのか、よくわからない感情でいっぱいいっぱいだ。近くで見る彼は、噂になるだけあってとても整った顔立ちをしていて、見れば見る程美青年。

 そんな彼は、ちっ、と舌打ちをし、髪をくしゃくしゃとかいて、あの親父め、と悪態をついた。親しい人に対してなのだろうか、発した言葉とは裏腹に、彼の表情は心なしか楽しそうだ。ぼけっ、と惚けたようにジェノヴァを見ていたミカンに気付くと、彼は、すまないな、と言い、パッと手を離した。


「いえ」


 声が小さくなった。いつもらしくない、しおらしい自分の返事に恥ずかしくなって、それを誤魔化すように俯いた。妙な空気が流れた。沈黙に耐えきれず、気まずさに負けたミカンが、失礼しました、とこの場を立ち去ろうとしたが、それは彼によって阻まれた。真っ白な肌に青い血管の見える手が、ミカンの腕を掴んでいる。剣だこが幾つも出来た手ではあるが、指が長く、滑らかさを持つ、とても綺麗な手だ。その指から辿るように見上げると、そこには、悪戯な笑みを顔いっぱいに浮かべる彼。


「ちょっと付き合え」


 彼は暗がりから彼女を引っ張り出し、腕を引いて歩く。少しばかり強引だが、先を歩く彼の無邪気な表情に引き込まれるように、不思議な魅力にあてられたかなようにして、ミカンは素直について行く。歩幅とスピードが違うので、彼女は少し駆け足になった。





「クォンケー……え」


 思った以上に可愛らしいお店を目の前にして、若干ミカンは戸惑った。しかし、彼女の手を引く彼はお構いなしに、そそくさと店内へ入って行く。心底以外である。清潔感のある店内に入れば、ショーウィンドウにずらりと並んだ、色とりどりのケーキやパフェは、どれも美味しそうなものばかり。革の白手袋を外しつつ、ショーウィンドウの中を眺めて破顔する彼は、子供のようだ。


「今日はお忍びだったんだがな」


 彼は少し屈んで、彼女の耳元に囁いた。


「ミルガとヴェイドと、3人で来る予定が、見つかっちまったことだし、あいつらは見捨てる。馬鹿め。捕まったのが悪い」


 いいのかとびっくり彼女に、彼は不敵な笑みを浮かべてとウィンクを返す。そのくるくると目まぐるしく変わる彼の表情を見て、やっぱり悪戯盛りの少年のようだ、とミカンは思う。


「俺は他に相手を見つけたからな。大体、野郎3人で来ても恥ずかしいだけだからな」

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