表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
軍則第四条の罪人  作者: 南雲 燦
第二章
28/83

忠臣

 七刃の間の重厚な木の扉を開くと、先ほどまで地下牢にいた2人はその眩しさに少しだけ目が眩んだ。


「おう、リーカス。おつかれ。俺特製、激甘珈琲いるか?」

「いただきます」


 その様子に苦笑して、レイは椅子の肘置きに肩肘をついた。


「立て続けにすまんが、報告を頼む」

「問題ありません」


 リーカスは珈琲を一息で飲み切ると、ソーサーにカップを戻して、先ほどライアに見せた洋紙を卓上に広げて並べた。


「今回の事の発端は、ラウスピクス国。ご存知の通り、大陸の北部に位置する国です」

「1年程前、第三王女……つまり2人目の側室であったレミリア王女がお亡くなりになられている」

「聞いた覚えがあるな。急な病だったって話じゃなかったか?」

「その、レミリア王女の侍女がユリア、だね」


 カルキの問いに、はい、と頷くリーカス。


「レイの言う通り、その様に各国には公表されています。しかし、ユリアはそうではないと主張しています」


 七刃の間で、王子と従者はテーブルを囲んで、真剣な表情を浮かべていた。ベルベットの真紅のカーテンは締め切られて、樓ろうの光で照らされる部屋は、物音が少なく、静かだ。シャンデリアが天井に影を作り、御伽おとぎ玩具おもちゃ箱が開いたようだ。


「健康な方で、まだお若かったのにも関わらず、病に臥ふせってからあまりにも早くお亡くなりになられたようだ。ラウスピクスの薬学は発達していて、王宮には腕利きの名医も多くいたのにおかしいのではないか、と考えたらしい」


 面白がるように、彼の口許には僅かな笑みが広がっている。


「ここで怪しいのが、火種になり得るしがらみがあった、って事実です」


 ペンで簡単な家系図をすらすらと描き、リーカスは続けた。律儀に並んだ文字には、彼の几帳面さが顕れている。


「第一王女はともかく、第二、第三の側室同士の争いが長らく続いていた。そこに第ニ王女の突然の死。側室絡みの事件だと疑うのは当然だ」


 ふむふむ、とおもちゃを見つけた少年のようなのはリーカスの他に、カルキだけだ。ジェノヴァは興味無さそうに、椅子に座り、足をぶらぶらさせて、ライアに叱られている。


「レミリア王女が亡くなってから1ヶ月後にレミリアの部屋で、ユリアはある日記を見つける。とっくに侍女は辞めていたが、忘れ物を取りに宮殿に帰った時、王女の部屋の隠し棚に見つけたらしい」


 そして、と彼は眼鏡をかけなおす。


「そこには毒殺事件にウルバヌス国王女、ダイアナが仕向けた罠であった、と記述されていたようです」

「なんだそりゃ」


 今までつまらなそうにしていたレイが、思わず顔をしかめて、くだらん、と吐き捨てた。リーカスも返事の代わりに、ニヒルな笑みを浮かべた。シャープな顎先を挑戦的に持ち上げ、さも馬鹿にした様相である。


「内部争いを悪化させて、ウルバヌス国がラウスピクス国を吸収しやすくなるようにしたい、という風に汲み取れるような記述だったようです」

「浅はかだな。鵜呑みにする奴も、その日記を残した奴も」


 ヴェイドが欠伸をする。


「まあ、確かにうちの国は軍も大きいし、安定しているとは言えど接している国も多いので、争いは比較的避けられない。したがって、薬等が必需品です。つまり、薬学の発達したラウスピクスとの貿易は必須」

「遠い国との貿易には費用がかかる。薬代は相場が高いから、それも合わせて考えると、国ごと吸収してしまった方が何かと好都合。確かに、ストーリーはできるな」


 そこまで言ってから、ヴェイドは顎に手を当てて思考を巡らせ、黙り込む。


「その日記が第三王女側の誰かの手によって偽造されたものであると仮定すると。……ここからが問題ってわけか」


 ミルガが確認するように言うと、リーカスもこくりと頷き、少し乱れた黒髪が揺れた。そして、レイを見る。


「調査が入用かと」

「探ってみるか」


 目を細めたレイの言葉に、皆一様に頷いた。





 貝殻のような形のランプが並び、その柔やわい明かりで照らされた廊下を、ひとり歩く。外部廊下を吹き抜けてゆく生ぬるい風は、夏特有の薫りを含んでいた。床に映る人影は、ぼんやりと輪郭を曖昧にしている。響き渡る足音は、レイのものだ。しかし、その音はゆっくりと速度を落とし、やがてぱたりと止んだ。


「……兄貴」

「常日頃から、兄上と呼んでほしいね」


 影から姿を現わしたのは、レイとよく似た男。闇に紛れるほどの黒髪、艶っぽい声、成熟した大人の逞たくましい身体を白と金の服に包んでいた。外見に関してはっきりと異なるのは、瞳の色だけだ。レイの真紅に比べて淡く、サーモンピンクに近い色をしている。しかし性格は正反対で、レイはこんなふんわりとした柔い笑顔は浮かべない。胡散臭く、わざとらしくもある。

 そうレイは自分と似た顔がこの気色の悪い表情をするのが、心底嫌いであった。それから彼はレイに向かって、静かに、でも嬉しそうに声をかける。


「やぁ、久しぶりだね」


 レイより4つ上の実兄、ウルバヌス国第一王子、エディアルドであった。


「ジェノヴァも、久しぶり」


 それから、ルイの側にある柱に向かって、エディアルドは声をかける。


「う、こんばんは……」


 柱の向こう側から控え目で戸惑ったジェノヴァの声がして、大きく揺れた金髪が柱から覗いた。


「なんの用だよ」


 大袈裟に溜息をこぼすレイに、酷いなぁ、と膨れてみせる彼。


「どこぞの国の侍女を始末したんだって」


 片眉をあげて問う彼を半ば睨むようにして、ルイは、元侍女だ、と言い直す。


「始末はしてません。ちゃんと生きてます」


 若干憤慨した様子を隠しもせず、ジェノヴァは横から付け足した。


「どうせ、兄貴のそのやたら有能な密偵の情報だろ」


 はあー、と艶のある黒髪をかきあげるレイに、エディアルドは、ご名答、とだけ短く返した。


「すぐに上にあげる。それまで待てねぇのかよ。堪え性がねぇな」

「俺はいつだって、新鮮な情報が欲しいんだ。情報も鮮度が命だよね」


 目を爛々とさせて、期待に満ちた表情の彼に、やはり溜息は尽きない。レイが頼みを断らないことを知っていて、さも当たり前だとすら思っている態度だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ