忠臣
刃の交じる音が爆ぜた。人がいない訓練場では、それは幾重にも木霊を重ねて、やけに大きく響く。それを何度も繰り返しては、迫合いつつ、彼らは鋭い目付きで睨み合った。重なった刃と刃の間は互いがかける重みに、ギチギチと音を立て、今にも火花が散りそうな程である。2人が剣に力を込めて反発させ、後方に飛び退れば、辺りには足の軌道に沿って薄く粉塵が舞う。金銀の視線が激しく、ぶつかり合う。互いの一瞬の隙を探りつつ次の攻撃を思案し、模索しているこの張り詰めた空気は絶妙な均衡を保っている。
じりじりと距離を縮めていた2人は途端、はたと試合をやめた。己の剣を大人しく腰の鞘におさめる。ピリリと痺れるような空気は跡形もなく消え失せ、同時に溜息を吐いた。
「あー、やめやめ」
「彼、ぶっ飛ばされたいのかな?」
それとも強制断食?いっそのこと私的情報公開?と笑顔で続ける。勿論、毒を吐いているのはカルキだ。顳顬に手をやり、ピリピリした雰囲気を纏ったままにして、苛ついている。
「……あいつ、うるせえな。なにやってんだ」
ヴェイドも、ちっ、と舌打ちをして、グレーの鋭い目を不機嫌な様子ですがめた。ヴェイドとカルキは訓練場で剣を合わせていた。久しぶりの相手の対戦に心を躍らせていたが、外から聞こえてきた声が集中力をどうしても欠いて、仕方なしに2人揃って剣を下ろした。溜息を吐いてカルキが汗の伝う前髪をかき上げると、綺麗な顔に似合わず傷跡の残る白い肌が顕になる。
「あんなワーキャー言われたら、気になっちゃうじゃないか。ねえ?」
2人は剣を鞘に仕舞い、タオルを肩に引っ掛けて訓練場から外の様子を伺った。視線の先には、スカートをひらめかせて追いかける女性と、逃げ惑うジェノヴァ。時折後ろを振り返りつつ怒声を上げては、また逃げる、の繰り返し。
「あいつ、なにしてんだ」
ぽつりとこぼしたヴェイドに、さあ、とカルキも首を捻った。だからと言って彼の助けに入るわけでもなく、それぞれ汗を拭いたり剣の状態を確認する作業の片手間に、経過観察に入る。しかし、こちらの視線に気付いたのだろうか、バチ、と2人とジェノヴァの視線が交じり合った。見てないで助けろ、と彼の表情が切実に語っている。カルキはその必死な表情に吹き出した。
「おっかし。仮にも撃滅の七刃が、一人の女性にお手上げ状態なんて、笑っちゃうよ」
厄介事は御免なので、生憎助ける気はさらさらない、と無情にも首を振った。すると、突如般若の表情に豹変したジェノヴァが訓練場に猛スピードで突っ込んできた。
「……うっわ、最悪」
「助ける代わりに、何してもらおっかなぁ?」
必死の程で駆けてくるジェノヴァを見ながら、大人気ない2人はそう言い放った。足の速い彼は一気に女性を引き離し、2人の胸ぐらを掴む勢いで詰め寄って、おい!と荒い息で小声ながら叫ぶ。これ以上近寄るなとばかりに、カルキがジェノヴァの頭を片手で押さえつける。押さえつけられた彼は必死に前進しようとするも、身体が斜めに傾くばかりである。
「見てないで助けろよ!」
「やだよ」
「まてまてまて、こっちだって必死なんだよ!」
「知るか」
「いやおい、ちょっと待て、見放すな!」
「面倒。なぁに?なんかくれるわけ?」
「うるさい巻き込んでやる!」
と、仕様のない応酬。
女性が立てるバタバタと大きな足音を聞いて、ジェノヴァはパッと身を翻し、カルキの背中に隠れた。おい、と困り顔をしたものの、女性が目の前に来ると、先ほどの嫌がりが嘘のようにカルキの表情は柔和な表情に切り替わった。女性は、髪も服も乱れ、疲れた様子。
「どちら様で」
さして興味がなさそうに尋ねたカルキに、息を整え、膝を折って、彼女は口を開いた。
「わたくし、ラウスピクス国 第三王女、レミリア様が侍女、ユリアと申します。本日はダイアナ王女に御目通りを、と参った次第にございます」
ラウスピクス国。
この辺りではあまり耳にしない国名に、随分と遠方から来たのだな、とカルキは内心疑問に思う。
「王女に面会ですか」
「はい、どうしてもお伝えしたいことがありまして」
「だから、さっきから言ってるだろ。王女との面会には予め話を通しておく必要があるんだってば」
カルキの背中から、すぐさま噛み付くジェノヴァを歯牙にも掛けず、会わせてくださいと彼女は懇願する。ジェノヴァは耳を塞いで、五月蝿い、と顔を顰めた。
「……ユリエ、様?でしたっけ。とりあえず俺と外に出ませんか」
国随一の優男カルキの微笑みに、ユリアは頰を染めている。可哀想に。カルキの顔に、貴方が邪魔だから、と書いてあることにも、名前を間違えられていることにも気付かず。彼はそれを見て、ん?と笑顔のまま内心首を傾げる。
「……いや、俺と来い」
ヴェイドの顔を見て、えっ、と声をあげ、うっとりとした表情になる彼女。グレーの瞳には静かな怒気が滲んでいることに、彼女は気付かない。
「お前は嫌いだが、あいつらはやめとけ。俺にしときなよ」
先ほどまで追いかけ回していたが、近くでよくよく見ると、端正な顔立ちの美しい青年であることに気づき、彼女は魅入る。ブルーの透き通る瞳が真っ直ぐ彼女を貫いて来るもので、くらりと酔いそうだ。
「あれ、3人共何してんの」
たまたま訓練場に顔を出したミルガが、不思議そうに彼等を見て言った。手には大きくて重そうな荷物が2つ。それを軽々と抱えて、彼は訝し気に眉をひそめた。そんな彼の目の前には、女を取り合うかのように取り囲む、友人達の姿。
「いや、こいつを始末する役を奪い合ってる」
口を揃えてそう言う彼らに、ミルガは、は?と戸惑った声を返した。
「……と、言う次第だ」
部屋にはユリアと先ほどの3人、そして強制連行されたミルガがいた。頭から情報を整理すると、侍女ユリアは王女に謁見をしたいが為に、遥々遠方のラウスピクス国からやって来たようだ。しかし、王女への謁見は、国を通して話を通しておく必要がある。ましてや、大国ウルバヌスの王女ともなると、話を通してから半月掛かってやっと謁見に漕ぎ着けられる、ということも少なくない。彼女は先週から何度も門前払いをくらい、今日は宮殿内を歩くジェノヴァを発見した為、死にものぐるいで追いかけた、という訳だ。
「撃滅の七刃のメンバーであるジェノヴァ様なら、話を通して頂けると思って……」
彼女はしおらしく言うが、これを受け入れる彼らではない。
「先程から申し上げていますでしょう。困ったお嬢さんだ」
カルキでさえ、ほとほと呆れ顔だ。ジェノヴァに至っては、もうゴミでも見るような目つきで彼女を邪険にしている。
「なんなんだよお前は、一国の侍女なんだろ?これぐらい常識の範囲内じゃないのか」
ジェノヴァの彼女に対する攻撃が、先程から止まることを知らない。追いかけ回されたことを根に持っているのだろうか、口調も随分つっけんどんだ。なんとかライアが諫めて、拳を握るぐらいでおさまっているが、いつまでもつか。
「謁見、させてやってもいいぞ」
その艶やかな声が発した思いもよらぬ言葉に、皆一様に驚き、扉の方に顔を向けた。
「レイ」
そこには、腕を組んで、壁に寄りかかる彼がいた。
「レ、レイ様!?」
ユリアは驚きと歓喜とに頰を上気させて、その場に膝をついてお願い致します、と何度も頭を下げる。




