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軍則第四条の罪人  作者: 南雲 燦
第二章
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 その頃、部屋ではレイとヴィル王子が会話に花を咲かしていた。

 出会ったのは2年前。協定のもと各国の王が集うその会合に、第一王子と共にレイは参加していた。そこで出会ったのが、彼、ヴィルだ。同じ立場の人間と話せたことに嬉しさを感じたのも一理あるが、国政や財政についてカルキやリーカス達以外と話をするという、新たな体験に楽しさを覚えた。王族やら貴族やらと、堅苦しい階級の縛りは他国に比べれば緩い国とは言えど、同じ立場でありながら年が近く、性格が合う友は貴重である。彼もそうだったようで、今ではすっかり親しくなり、頻繁に互いの国を行き来していた。お陰で、国同士もますます親密な関係になっている。


「ところでレイ、あの子がジェノヴァだね。やっと連れてきてくれたんだね。楽しみにしてたんだよ」

「これでやっと、七刃全員に会えたな」

「記念すべき最後の一人に会えて感動だよ」


 ヴィルが、その目をカップの水面に落とした。透き通る濃いオレンジに彼の顔が映って、揺れた拍子に出来た小さな波がそれを打ち消す。


「何度も話に聞いていた通りに、本当に小柄だね。どこの出身なの」

「よくは知らんが、親父の従者の子供だ」


 大事なのは今目の前にいるその人自身で、出身であったり階級であったり、そんなことは正直あまり興味がないという主義のレイである。自分のことについては口数が少ないジェノヴァからは、昔の話はほとんど聞いたことがない。ユキからは時々聞いたこともあるが、すぐにジェノヴァが遮ってしまう。

 彼が出してくれた珈琲を飲んだ。この国に来るといつも出してくれる珈琲からは、フルーティーな香りがする。特産品で、この香りが特徴らしい。几帳面な彼は、すっかりこちらの趣味を把握してくれているようだ。


「本当に?」

「そうだが……。あいつがどうした」


 いや、と言葉を濁す彼を見て、レイは不思議に思う。いつもの柔和な彼がなりを潜め、表情を翳らせている。


「あの髪……それにあの肌。彼、君の国の出身者じゃあないよね。でも王の従者である父親が異国のものであるとは考えにくい」


 たとえ、国同士の交流が盛んな時代だと言えどもね、と彼の冷静な分析。


「察しが早いな、ヴィル。彼は養子だ。でも、うちは出身国とかに無頓着な文化でな。俺もずっと一緒にいるが、奴が話したがらないから深くは聞かない事にしている」


 軽い調子でそう返して、レイは珈琲を一口含む。元々ウルバヌスには多様な種族の血が混じっているし、商いが盛んな国なればこそ、異文化に寛容だ。確かに、他国間での婚姻の例は、まだまだ少ないが。そんな彼にちらりと伺うような視線を送ってから、ヴィル王子は小さく口を開いた。もれたのも、やけに小さい声だ。


「その。僕が心配しているのは君だよ、レイ」

「俺?」


 珈琲を置いて、レイは首を傾げた。彼の意図を推しはかりかねる。ヴィルは彼から外した視線を下げて、言った。


「彼は、『呪われた一族』の子じゃないのか」

「呪われた一族?」

「僕らの国の最北端の地域に住んでいた民のことだよ。隣国アルレミドでは彼らは『呪われた一族』として、恐れられていた」

「なんだ、それは」


 聞いたこともない話に、レイはただただ、その目を丸くした。


「うちの国とは言いながらも、実質あそこは無所属地帯だ。アルレミドでは、彼らは見つかり次第捕らえられていたようでね。もしかしたら、今も続いているのかもしれない」


 レイの眉間に深い皺が寄った。


「何故、そんなことが」


 ヴィルは黙って首を振る。


「わからない。最北端地域は少し情勢が複雑でな。民族の戦闘力が強すぎて容易に手出しができないんだ。だから、あそこの地域だけは独立国のような動きをする。今や、うちの国土なのか、アルレミドの国土なのか、はたまた別なのか不明だ」


 一拍おいて、お手上げだよ、と彼は続ける。


「定期的に調査団を出しているんだが、全くと言っていいほど成果は得られない」


 あそこはアルレミド同様鎖国状態さ、と言葉を濁した。


「噂では、その一族は透き通るような白い肌に、まるで絹のような金の髪を持つという。そして、清らかな深海のようなブルーの瞳。その、随分と君の従者とそっくりだから、君に何かあってからは遅いと思って」


 そう彼が言い終えるが早いか、レイが彼の名を静かに呼んだ。珈琲の入ったカップが置かれる音が、やけに大きく響くような、そんな空間。


「俺の腹心の従者を悪く言うのは許せねえ。例え、それがお前でも」


 レイが顔をあげた時、ヴィルは彼の紅い瞳が静かに怒りをたたえているのを見た。滅多なことでは怒らない彼が怒鳴ったことに、驚いた様子で目を見開き、ヴィルは申し訳なさそうに眉尻を下げた。


「すまない。そういうつもりじゃなかったんだ」


 気を悪くするつもりはなかったんだよ、と慌てる彼に、レイは苦笑する。


「お前がそういう奴じゃないことは知っている。俺も、怒ってすまなかった」


 レイは再び、ソファに深く腰掛けた。


「その、呪われた一族の噂、俺に聞かせてくれよ」


 え、と戸惑った声をもらして顔をあげるヴィル。


 長い脚を組んでニヤリとする彼を凝視する。


「なんだよ。ただの噂話だろ」


 顎先を持ち上げ、挑戦的な表情でそう言うレイに、ヴィルは喜んで、と笑った。

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