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軍則第四条の罪人  作者: 南雲 燦
第二章
23/83

 目を細めて言うカルキに、レイも同調するように頷いてから一拍おいて、困ったように切り出した。


「でも流石にな。あいつは俺の命で、今まで何度も危険地帯に一人で出向いてる。ヴェイドは慣れないのか?」

「って。言ってるお前が、いっつも1番心配してるよね」

「は?」


 カルキが徐に落とした爆弾に、思わずレイの足が止まる。カルキも数歩先で立ち止まって、面白いネタだと言わんばかりの満面の笑顔で、振り返った。レイは彼が笑みを深めるのに対して、眉間に深い皺を刻む。舌打ちをすれば、だって、とカルキは表情かおを更にニヤつかせた。良くない兆候だ。


「ジェノヴァが仕事に出る時、いつも眉間の皺が増えるし、彼のこと見つめる時間が長くなる。それはそれは、心配そうにね」


 う、と詰まったレイは、不貞腐れたように彼から顔を晒して、黙した。それを掠め見て、カルキは首を竦める仕草をしてから、窓の外に視線を移す。


「まあ、みんな、可愛い可愛い弟が危険な仕事に出るんだから、そりゃあ心配するよね」


 外は曇っていて、湿気しけた空気を纏う、薄暗闇だ。


「尚且つ彼は少し、危険を省みない節がある。心労がかさむのも無理はない」

「……お前って、つくづく性格に難あるよな」


 そう心底思って、レイはそう零す。


「なにが?」


 十八番というべきか、必殺技というべきか。例の爽やかな笑顔を貼りつけて、首を傾げ、こっちを見ないで欲しい。とは言っても、毒が通じる相手ではないので、仕方なく溜息をついてやり過ごした。


「レイはさ。もっと俺たちを手足としてこき使うべきだよ」

「訳わからねぇことを言うな」

「ごめんごめん。言い方が悪かった。お前の王子としての最上の魅力は、俺たち仲間を大切に想ってくれるところだ」


 でも、とカルキは主人の紅の瞳を見つめ返した。


「お前の王子としての最大の弱点は、俺たち仲間に絶対的服従をさせられないことだ。七刃をチームとしてじゃなく、お前の手足とした時に、お前は王子として最強になれる」


 レイは無言だった。何も言わず、何も汲み取れない眼をして、ただカルキを見ている。常々彼はカルキを怖い怖いと言うが、本当の意味で怖いのは、レイだ。敵相手にどれだけ彼が無慈悲であるか、十分すぎるほどに知っているからこそ、発展途上である彼に底知れぬ恐怖を、本能的に抱いてしまっているのかもしれない。その端正な顔立ちは未だ無表情の仮面を被って、カルキの前に立っている。


「レイ。お前の言葉は、聖典であり、国の盾であり、そして時に剣になる。お前が命じれば、俺らはなんでも出来る武器になれる」


 瞳のルビーは、一体何を見ているのだろうか。


「この心臓が動かなくなるまで戦えるし、どんな罪を背負う役目だとしても、必ず成し遂げることができる。俺らはただの鋼の刃から、硬くて強い玉鋼の刃になれるんだよ」


 レイが一歩間を詰め、二人の間はあと1メートルと僅か。ほんの少し下のカルキを見下ろして、桃色の唇が薄く開いた。其処から覗く綺麗に揃った歯は、底知れず巣喰う闇を思わせ、仮面が剥がれ落ちた彼の面貌は、不明瞭な不安を煽る。


「俺はなぁ、カルキ。命令するのは得意だが、好きじゃねえ」


 はは、と笑う彼は、自分を嘲笑っているように思えた。


「いや、これこそ正しい表現じゃねえな。びびってんだよ、俺は。自分が、常人の思考回路やら情やら、ごっそり落としてきたことは分かってる」


 これにカルキは、否定の返事ができなかった。


「俺はきっと、無情の命令をお前らに対して行使したくないんだ。なんなら、俺の命令なんていらないと思っている」

「お前の命令は、俺らにとってはもう信頼の証とイコールなんだよ。だから」

「信頼どうこうの話じゃねえんだわ」


 矢継ぎ早に出てこようとする言葉を紡いで、続けようとするのを、レイは優しい顔で首を振り、遮った。


「我が儘だよ。俺の、我が儘」


 レイが腕が触れる距離まで来ると、珍しく俯き気味の俺の肩に手を置いて、ぽん、と一度弾ませる。


「御伽噺の悪者みてえな、傲慢な王子さ」


 そんな寂しい言葉を残し、彼はそのまま歩き去って行った。


「余計な、お世話だったかなぁ」


 彼の背筋の伸びた後ろ姿は、困った表情を浮かべていたとは思えぬほど凛々しく、雄々しく、ししながらとても淡々として、もの寂しい。彼にとって俺たち七刃は、信頼のおける初めての友人であり部下である存在だ。彼なりに、彼の大切なものの扱い方を探っている最中なのだろう。


「優しさの使い方が、なってないよね」


 ばか主人。





 レイは昔の、ちょっと苦めの出来事を思い出していた。リーカスと2人で、いつも困られられるカルキを逆に困らせてやろうと画策したのが始まり。2人の為だよと止めてくれようとしたライアの必死の制止をも振り切って決行したのだが、案の定結果は散々。カルキの笑顔を見て騒いでいる女達に、上手いこと、あいつは腹黒い奴だ、と釘を刺し、文字通り黒歴史の一例を引っ張り出しては、言い回っていたが。


「実は腹黒いのって、ちょっとドキッとします」

「カルキ様の魅力ですね」


 などと言われ、彼の揚げ足どころか好感度を上げてしまった挙句、その後は暫くの間散々な目に遭わされた。結局カルキが噂等々を握り潰してしまったので、無駄に終わったことは確かだ。あの時から、彼にはもう逆らうものかと、誓ったのだ。俺の仲間はとんだ変わり者だが、背中を預けられる唯一の仲間である。





「ジェノヴァ様、ですよね」

「ええ、そうですが」

「初めまして、タチバナと申します。ジェノヴァ様とお会いできるのを楽しみにしていたんですよ」

「私に、ですか」

「はい」


 不敬と知りながら、思わず頭の先から爪先まで、ジロジロと隣に立つ人物を見てしまった。タチバナ、という男が、人の良さそうな笑みを浮かべてこちらを見ている。リーカスのようにきちんと制服を着こなし、丁寧な仕草と言葉遣いをする男であった。


「貴方に、です」





 ジェノヴァはレイの付き添いとして、隣国の友好国であるフィガラゼィア国を訪れていた。レイはフィガラゼィア国の王子であるヴィル王子と会談中だ。2年前からの付き合いで、性格は全くと言っていいほど違えどすっかり意気投合したようで、随分と仲が良い。会談中の部屋からは、時々楽しそうな2人の笑い声が聞こえてくる。

 ヴィル王子も、レイに負けず劣らずの美形の持ち主だ。純粋で素直な言葉を使う王子で、綺麗な黄金色の瞳を持ち、目尻を下げて穏やかに笑う。レイの色気のある雰囲気とは全く異なる、穏やかで優しい印象である。見た目だけは少し、カルキに似ていた。見た目だけは。

 ジェノヴァは今回初めてヴィル王子との会談に付き添うことになったが、初対面のジェノヴァにも優しく接してくれた。王子達は会うや否や、嬉しそうにがっちりと握手を交わし、久々の再会を喜んでいるようだった。テンポのいい会話を交わしつつ、すぐさま部屋へ直行している姿は面白く、ジェノヴァは笑いを堪えられず少し声を漏らしてしまったくらいだ。なんとも等身大のレイを見るのは、気持ちがいいものだ。そして今は、ヴィル王子の従者と共に、部屋の外で待機中である。


「何故、ですか」


 彼に向けていた顔を、元の正面に戻して、続ける。


「何しろ、貴方は有名ですからね。ヴィル様経由でレイ様がよく貴方のお話をなさるのだと、伺っております。会ってみたいと思うのは当然ですよ」


 はあ、とジェノヴァは溜息にも似た声をもらした。


「同じ騎士として尊敬しているのですよ。まだ20歳なんですよね、ご立派です」

「あ、ありがとうございます」


 彼の勢いに押され気味に、若干身を引くジェノヴァ。いい人そうだけど、ちょっと人見知りには厳しいタイプだな、と眉を顰めた。

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