ミルガの帰国
「そりゃそーだよ、稽古ならまだしも、俺の仕事が増えるのは嫌だ」
「俺と一緒にいれる時間が増えるぞー?」
「いらんっ。これ以上増えてどうする」
やっぱり、こいつは弄り甲斐があって面白い。カルキが楽しんでしまうのも無理はない、とレイは小さな彼を見下ろした。彼はその肩をいからせて、ずんずんと進んでいる。それが殊更面白い。
「まあ、いつも通り頼むぜ」
そして、彼の柔らかい金の髪に手を伸ばし、くしゃりと撫でた。
「おーじっ」
乱れた髪を押さえ、頰を膨らませて俺を見上げるジェノヴァ。桃色の頰は、ふっくらとして、指でつついたら餅のように萎みそうだ。こうやって、いつもムキになる彼はなんとも可愛い。
そうやってしばらく歩き、仕事部屋のドアを開けようと、真鍮のノブに手をかけた。そのひんやりとした感覚に、すっと感情は檻に投げ込まれ、胸の奥にくすぶる塊の存在が主張し始める。それでも、君は俺の《《従者》》という事実に変わりはない。
「……ジェノヴァ」
「はい」
言葉を出すのに突っかかるような、そんな感覚がする。舌が重く、喉が狭くなる。これはいつになっても慣れないものだ、と内心、自分の心の弱さに苦笑いした。
しかし、彼の声は既に何かを察した声だった。レイが部屋の木製の重厚な扉を、静かに閉める。
「仕事を頼まれてくれるな?」
その凛とした燃える瞳がジェノヴァを貫いた。
紅い、紅い。
ルビー色の瞳。
王子の瞳だ。
胸に手を当て、その瞳に促されるように王子の足元に片膝をついて跪く。
俺はあなたの従者だ。
そっと目を伏せた彼の顔に降り注ぐ窓から差し込んだ月光が、彼の口許にたたえられた、仄かな笑みを浮かび上がらせた。
そう、俺の命はこの方の為に。
盾にも矛にもなりましょう。
そして従うのだ。
「……仰せのままに」




