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軍則第四条の罪人  作者: 南雲 燦
第二章
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ミルガの帰国

「あ。王子ー」


 間のびした声が呼んだ。七刃の間には、既に従者達が揃い、主人を待っていた。テーブルを囲んで立っている従者達の中に、ミルクティー色の髪の男を見つける。


「ミルガ、ご苦労だったな。早速、報告を聞こうか」


 レイは艶のある黒髪を靡かせ、部屋に入ってきた。白色の革手袋をその手からゆっくり外しながら外して、彼に問う。


「うーん久しぶりだー、レイ!会えなくて寂しかったくらい言ってくれよー」


 抱きつく勢いで飛んできたミルガに、おい、と眉を顰めた。

 この部下達は人が居なければ、俺に大抵敬語など使わない。幼い頃から側にいた奴がほとんどだから自然とそうなったことに加えて、この方が心地いいのも理由の一つだ。正直文官の者達にはあまりいい顔をされないので外では控えているが、最早周知の事実である。

 まとわりついてくるミルガの首根っこを掴んで無言でひき剥がす。なんとも暑苦しい男だ。


「……早く言えよ。かったりいな」

「ヴェイド、相変わらず冷たっ」


 ミルガは、机の端に腰掛け腕組みをする、鋭い目つきの銀髪の男に向かって膨れてみせた。そんなミルガにヴェイドは再び鋭い視線を送る。その眼差しから逃げるように、ミルガは話の矛先をヴェイドの隣のジェノヴァへと方向転換。そして両腕を彼に向かって差し伸ばす。


「ジェノヴァ、お前は俺の味方だ!嬉しいよな?なぁ?」

「うっさい。近寄んなっ」


 ジェノヴァに足蹴りされたミルガは、強打された足首を押さえながら悲鳴をあげた。


「はいはい、遊ぶのは後にしようね」


 結局ライアがその場を収め、やっとのことで本題に入ることができた。

 ミルガは情報収集能力が高く、何か作戦を遂行する際には、専ら情報等を持ち帰るよう、調査に駆り出される。彼の飄々とした性格と機動力故だ。


「単刀直入にいうと、隣国のアルレミド国どの対立構造が深まってる。というか、このままいくと交戦確実だな」


 先程とは打って変わって引き締まった表情のミルガが忌々しげに顔を歪めて、彼等に報告を開始した。


「闇取引が行われている」

「あそこって、うちの国に対してそんな好戦的じゃないよね。軍力にも差があるから、下手なことしないと思ってた」


 カルキが顎に手を当てて、考える仕草をみせた。


「金策、軍事に重きを置き始めているらしいっすよ。闇取引の増加もこれの影響を受けている可能性が高い」

「闇取引っつーのが、厄介だな」


 レイも唇を柔く噛んで、紅の目をすがめている。


「しかも、向こうの資産家や企業が幾人か噛んでる」

「証拠を見つけるのも一苦労ってわけか」


 ミルガが溜息をもらすようにそう言うと、ライアが相槌を打った。


「今のところ、取り引きされている物はなんだ」


 ジェノヴァが静かに訊ねた。

 様々だな、とミルガは唸り、更にその眉を寄せて切り出した。ミルクティーが、揺れる。


「詳しくはわからないが、法で禁止されている食物、不正な方法で入手された薬」


 それと。


「人身売買」

「人身売買だって?」


 うげ、とライアとジェノヴァは声をもらして、隠す事なく嫌悪の感情を剥き出した。ジェノヴァなど、露骨に文句を垂れている。


「全く、気色悪ぃ国だぜ」

「これまた面倒なのが、闇取引がこっちの国まで浸食してきてるってことんだよね」


 はあ、と大袈裟に首をすくめるミルガに、皆も、確かに、と肩を落とした。


「全く。面倒な仕事を増やしてくれる」


 ルイもそう言って顳顬に手をやりながら、深々と溜息をついた。


「浸食してる地域って、どの辺り」


 カルキが冷静に問う。彼の紫の視線が、机の上に広げられた地図上を抜かりなく滑る。


「アルレミド国の都市トミストラが今治安の均衡が崩れてる」


 ミルガが地図上の一箇所にトン、と指を置き、そこから地図の下部の方に向かう川をなぞった。


「トミストラとその東部で、取引とかが横行してる。で、その東部と海を挟んで向かいにある地域が闇取引の害を受けてるってわけ」


 彼の長い指先が、ウルバヌス国と海の狭間を指した。


「俺達の国だと、ここ、港街シータとケーム。確実な情報は掴みきれなかったんだけど、最有力候補だな」

「シータはこっちの主要港のひとつだ。影響が出やすいだけじゃねえ、ダメージもでかくなる」


 レイの綺麗に並んだ白い歯が、ガチリと音を立てた。くす、という軽い笑いがレイの隣からもれた。


「うちにちょっかい出すなんて、とんだバカだよねえ。どうしてやろうか」

「楽しそうにしないでください。兎にも角にも、権力者が噛んでいる割には粗雑なアイディアですね。謎です」


 考え込むように地図を見ていたルーカスは、首を傾げた。


「なあミルガ。ここのケームの上の地域なんだけどさ……」


 思案していたライアが、ミルガの袖を引っ張り、疑問を口にする。それに、ミルガが答え、リーカスが補足説明を入れる。カルキが別の意見をし、ヴェイドとジェノヴァもしばしば口を挟む。そんないつも通りの話し合いを一通りしてから、今日は解散ということになった。

 ミルガは長旅で疲れているだろうし、レイも今日の残りの仕事が少し気になるところであった。ジェノヴァは、俺の身辺護衛という名の世話係をしているので、一緒に次の予定の為に移動する。

 ジェノヴァは少数精鋭且つ若い者で構成された第二王子直属、軍特殊精鋭部隊第4班、通称撃滅の七刃の中でも最年少の20歳だ。この歳でこの地位にまで登りつめた者はおらず、歴代稀に見る逸材だ。そして、入隊当初から注目されるようになった所以は、その体躯。カルキやヴェイドよりも頭一つ分ほど離れた、男子としては低い身長。身長が高めな七刃の中ではどうしても目を引くし、ライアなどと並ぶとその差は歴然だ。更には、細くすらりとした肢体。中性的な顔立ち、色白の肌やサラサラとなびく金髪はより一層彼の儚さを増させ、髪から覗く海のように深いブルーの瞳は神秘さをうかがわせる。少年と青年の中間にいるような、そんな見た目も合わさって、彼を引き立たせる。

 しかし、その素早さと繊細な剣さばき、柔軟な対応。それに反して、脚の速さを存分に生かして、止まることなく戦場を駆け回る姿は、獰猛な野生の獣を思わせる。非凡な才能は群を抜いていた。特に短剣の才能はトップを争い、戦場においては右に出る者はいない。だから、俺が引き抜いて、連れてきた。

 そして、ついた異名は、『蒼眼の旋速者』。

 まあ、最年少だという事とその見た目と性格のお陰で俺達からは弟の様に……愛情表現は人によって異なるが、可愛がられている。そして、意外なことに、7人の中で一番まめな性格だという事も判明し、国王の命で今では俺につきっきりだ。


「これから忙しくなりそうだ」


 そう呟いて額に手をやるレイを見て、ジェノヴァも答えた。


「そうですね。警備の強化も必要ですし、色々と調査も必要になってくるでしょうね」


 そして、彼は口を閉じることなく続ける。


「何しろ、ますますレイの仕事が増える。そして、自動的に俺の仕事も増える」

「そこかよ」


 真面目な顔をしてそう言うジェノヴァがくすっ、と笑みを零した。

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