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軍則第四条の罪人  作者: 南雲 燦
第二章
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ミルガの帰国

 そして、軍を律するは軍則。第12条で構成された、騎士団の騎士ならば、誰しもが守らねばならない規律。本当に、よくできた軍隊だ。

 よって、ここウルバヌス国王都トレジャーノンにある、この宮殿には軍事に関する施設も多い。広い敷地面積を有している宮殿の至る所に、様々な設備を備えており、騎士達はこの施設を利用し、厳しい鍛錬に励むのだ。


 早速ジェノヴァは自室で軍服を脱ぎ、熱中症でダウンしていたお陰で少し汗ばんでいたので、洗濯に出さなきゃな、と籠に適当に放った。訓練用の裾を折ったズボンとシャツという身軽な格好に着替え、約束の第3訓練場に向かう。訓練場に一歩入れば、しっとりとした土の匂いと蒸せ返るほどの熱気が彼を包む。この馴染みの空気が、心地よい。ぐぐ、と身体をのばして、肩を鳴らした。先ほどまで自由の効かなかった身体が、嘘のように軽い。


「ジェノヴァ」


 声をかけてきたのは、ライアだ。彼も適当な服に着替えている。鉄壁の守りを誇る、七刃の守護神。『黄眼の守護者』として名を馳せる名騎士だ。

 艶のある深い茶色の髪、きりりとしたオレンジに似た黄色の目を持った、いかにも硬派そうな男。ジェノヴァにとって、最も兄らしい兄であり、素直に弟として頼ったり甘えたりできる存在だ。こうやって、よくわがままに付き合ってくれる。


「先週は時間切れだったしな。今日は勝つ」

「病み上がりで俺に勝とうなんざ、まだ早いよ」


 彼は長身であるため、背の低いジェノヴァは見上げなければならない。ジェノヴァと目があうと、彼はいつものふわりとした笑みを浮かべ、しっかり釘を刺した。


「準備運動からね」


 他の者達はすぐにその場を退き、場所を作り、彼らを円を描くように取り囲んだ。直属騎士程の腕を持つ騎士同士の試合ほど、学べる試合はない。誰もが、どうにか彼等の試合を見ようと周囲に集まってくる。


「あの、お2人は何者なのでしょうか」

「おお、えーと、ハイジか」

「私のこと、知ってくださっているのですか?」

「ああ、国外から来た珍しい奴がいるって、ちょっと噂になってたぜ。お前は入隊したばっかだったよな」


 彼等の試合を観戦しようと首を伸ばしていた茶髪の男はハイジという背の低い男のために、半歩ほど身体をずらして、場所を空けた。そして、遠くで対峙する2人を指差して言う。


「あのでかい剣を担いでる背が高い方がライア大隊長。小柄な方はジェノヴァ大隊長さ」


 周りの者とはまるで違うオーラを纏う彼らは羨望の眼差しを受けていた。背が高く、朗らかな笑顔で快活に笑うライア大隊長。そして、小柄で綺麗な顔立ちだが表情を動かさない大ジェノヴァ隊長。2人で並んで話す姿は絵になっている。


「惚れんなよぉ?」

「へ?」


 こそりと顔を寄せて呟かれ、ハイジは思わず素っ頓狂な声を上げた。隣を見るとにんまりとした表情を浮かべた彼が、口を寄せてくる。


「ジェノヴァ隊長、中性的な美男子だろ?男でも惚れる奴が後を絶たないからな」


 そう言って、くく、と含み笑いをする。


「こーら」

「いでっ」


 ハイジに口を寄せて喋っていた茶髪の男の頭を、背後から黒髪の男が叩いた。


 茶髪の彼は、頭を抱えて、後ろを振り返る。


「本当のことだろーが」

「もうちょっと、マシな説明しなよ」


 再度彼の頭を叩いてから、黒髪の男はハイジに向き直り、にこりと笑った。優しくて柔和。親近感の湧く笑顔だ。


「すまんな、うちのサンジが。俺はナルだ。よろしく」


 いえ!と、ハイジは慌てて首を振り、挨拶を交わした。あの人達は凄いよ、とナルは彼等を見て、呟くようにそう言った。ナルが彼らに送る視線は尊敬や憧れの眼差しだと、ハイジも直ぐに分かった。


「2人とも若くして軍の上位まで登りつめて、今は第2王子のルイ様の直属の従者だ。実際軍隊もそれぞれ率いてる」


 彼の視線に沿うように、ハイジも大隊長達を見遣る。


「王族貴族とかの階級も、出身も全てまっさらな状態で軍に入るんだよ、王子だって俺らと同じ階級からスタートしたんだ」


 ハイジとナルの間に顔を突っ込むようにして、サンジも軽い調子で付け足した。


「そのルイ様直属従者ってのが6人いてな、ルイ様を含めて〝撃滅の七刃〟と呼ばれてる。かっこいいよなぁ」


 サンジは腕を組んで、うん、と唸る。剣の腕はまさに神がかりだよね、とナルもにこにこと相槌を打った。


「大隊長とか王子様とか、俺ら騎士達にとって、訓練を通して近い存在っていうのがトレジャーノンの軍のいいところだよな」

「ここだったら、自分の国の王子と肩並べて剣の稽古ができんだぜ?普通の国だったらまずあり得んよ」

「確かに。考えられませんね」

「あと、王子直属従者の階級までいくと制服が白と銀になって、かっこいいんだよなー……。剣の腕も一流だからな、見ときなよ」


 はあ、とお手本の様な息を洩らして、サンジは羨望に満ちた瞳を輝かせている。

 返事とばかりに、ハイジは大きく頷いた。





 2人は兵士達によってできた円の中心にいた。


「これでいいよな」


 真剣での勝負だ。


「うん。もちろん」


 ライアさんは剣を剣闘場の地面に突き立て、紐がぐるぐると巻かれたようなその柄に寄りかかる。背の高い彼にはそれが様になっていて、何とも格好いい。


「お前、そんなバカでかいのよく振りまわせるよな」


 ジェノヴァのジトっとした目で見られても、彼は、そうか?と呑気なものだ。自分ではそんなに大きすぎる意識がないのだろう、首を傾げている。ジェノヴァはそんな様子を見て、呆れた、とでも言うように眉間に皺を寄せた。


 少しの間隔を空けて2人が向かい合って立てば、静寂が、静かに訪れる。唾を飲む音でさえ響きそうで、憚れるような、そんな一触即発の空間へと変貌した。


「えっ、あの大剣に素手ですかっ?」


 驚いたハイジは思わず、隣に立つサンジにこそっと耳打ちした。


「まあまあ、よーく見とけよ」


 そんなハイジに、余裕なにやけ顔を見せてから、サンジは中央を見つめる。サンジの調子のいい雰囲気が、真剣な面差しに飲み込まれた。今目の前で、大隊長を担う騎士同士の試合から、貪欲に何かを学ぼうとしているサンジの様子にも、ハイジはびっくりし、同時に尊敬した。自分もそれに倣おうと、目を凝らす。


 少しずつ歩み寄る2人。ゆっくりと、でも、背筋に痺れが走るような緊張感の中で。ライアの鍛え抜かれた腕に、徐々に血管と筋が浮かんで、大剣を引き抜いたそのとき、ジェノヴァの両手が背中へと動いた。その動作はひどく緩慢に見えるほどに滑らかだ。シュキンという、刃独特の音が鳴る。いや、どちらかと言えば剣というより細くて、ナイフとフォークを擦り合わせたような音。

 大剣はクロスされた2本の短剣によって見事に受け止められていた。思わず息を飲んだ彼の目の前では既に次の攻撃が繰り出されていて、キィィィンと刃が刃が擦れ合い、しなる。それからは瞬きさえ忘れる、凄まじさであった。無意識にも、ハイジの身体からだは前傾姿勢になり、唾を飲み込む音がやけに耳に響いた。勢いのいい攻撃を繰り出しているのに反して、彼らの身体は自然であり過ぎるほどに自然体。そして、彼らの楽しそうな口許に驚き、生き生きとした眼に何故だか納得した。その奥に潜むのは、純粋でありながらも、どこか闘うことを貪欲に求める心だ。

 再び剣をあわせたかと思えば、飛び退き、そうかと思えば蹴りを繰り出す。剣の風をきる音と、土を蹴る音。ピリピリとした空気は、同じ空間にいるだけで圧迫感を感じ、気圧されてしまう。地に足をしっかりつけ、恵まれた体格を活かして大きく構えるライアに対し、低姿勢で身軽に駆けるジェノヴァ。例えるなら、ライオンとオオカミ、といったところだろうか。動物と呼ぶには知性的で、人間というには野生的。

 二刀流?とハイジが小さな声で呟いた。目はずっとジェノヴァの動きを追ったまま。


「初めて見たかい?」


 目を丸くするハイジを見てくすっとナルが笑う。


「二刀流の遣い手は滅多にいないからね」

「これが練習だなんて」


 感嘆とも取れる声をもらした。


「言っただろ、凄いって。彼らこそが我が国が誇る」


 トレジャーノンの騎士さ。




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