街と喧騒
春も終わりなのに。桜だって散ったし、梅だってとっくのとうに咲き終わった。夏でさえ、もう目前なのに。
「……寒い」
ジェノヴァは再びタンスの奥から引っ張り出してきた厚手のコートを着て、メイドが持たせてくれた湯の入った袋を握りしめて呟いた。と言うよりも、吐き捨てた。頬は風に打たれて痺れているし、顎に力を入れていないと無意識に歯がなりそうだ。なんでこんなにも寒いのだろうか。嫌がらせか、嫌がらせなのか。
「悪い、司書のじいさんに捕まった」
「遅いぞ、ヴェイド!」
グレーがかった銀髪を揺らして走ってきた青年をビシッと指して、ジェノヴァは食ってかかり、近寄った彼に半ば衝突する勢いで抱きついた。
「……俺で暖をとるな」
言葉とは裏腹に、彼はジェノヴァを払ったりしない。
「寒いっ、冬眠できる」
「時期的には、冬眠から目覚める時だけど」
白い制服と揃いのコートに身を包み、戯れるように言い合いながら、街へと続く煉瓦で舗装された道を、仲良く肩を並べて下って行く。ジェノヴァとヴェイドは、朝から城下町へとおつかいに駆り出すよう、言われていたのだった。
少数精鋭且つ若い世代で構成された、第二王子直属部隊、軍特殊精鋭部隊第四班。王子レイを含めれば、撃滅の七刃と呼ばれるこの部隊。その年下組であるジェノヴァ、ヴェイド、ミルガは、やはり年が近いためになにかと行動は一緒。たわいもない口喧嘩をよくしているが。年上組から言わせれば、揶揄い甲斐のある、可愛いものらしい。
買い出しなどの雑務はしょっちゅう3人で駆り出されるのだが、ミルガは今日から新たな任務で何処かへ出かけている。
「……何、買うんだっけ」
「練習用の剣の発注と、薬の調達」
「あー」
トレジャーノンの街は様々な地域から人が集まり、多くの物が流通している、国内最大級の城下町だ。首都であるとともに、港にも近く、立地の良い便利な場所でもある。2人が着いた時には既に、早朝にも関わらず街は少しの賑わいをみせていた。行き交う人は挨拶をしてくれる。明るい街だ。制服を着ている為公務だと分かるのか、誰も彼らに話しかけてきたりはしない。
目的の店はすぐに見つかった。明らかに拾ってきたであろう大木の板に『タツ』とでかでかと達筆な字で書かれた看板を掲げている。店の外にまではみ出して机が並べられているが、これは良いのだろうか。
二人が店内に足を踏み入れようとした時、大きな木箱を3つも重ねて持った、大柄な体躯の男が店から出て来て、2人の姿を見とめ、おう、と大きな声で声を掛けた。
「久しぶりだなぁ!どうした、自前の剣でも欠けたか?」
タツの旦那だ。
手拭いを肩にかけ、黒い半そでシャツを捲った姿で快活に話す彼は、武器屋を営んでいる。腕には沢山の怪我の跡をつけ、衰えなど知らない隆々とした筋肉を今日も太陽の下に晒していた。相変わらず、見るだけで暑苦しい男だ。
彼の店『タツ』は王室御用達の武器屋である。世界の名だたる剣客が欲しがるほどの名剣をホイホイと作り上げ、多くの武器鑑定士を唸らせてきた。一応彼は元軍人なのだが、手先の器用さは天下一品。剣士としての才に恵まれながらも早々に軍を離れ、自身の店を立ち上げるや否や、とんとん拍子に全国でも指折りの名店となった。
そんな男が街で小さい武器屋を営んでいるのは不思議だが、本人は至って真面目に、
「小さい店の方が名店って感じがするからに決まってんだろぉが!」
と、この始末。頭は悪いようだ。
「今日は剣の発注しにきた」
ジェノヴァは答え、内ポケットから綺麗に折られた小さなメモを取り出した。それを受け取って、一度目を通してから、彼はその紙をくしゃりと丸めてズボンのポケットにねじ込んだ。
「了解、そうかそうか!とりあえず、中入れ」
彼に言われるがままに暖簾をくぐれば、溢れんばかりの剣が所狭しと並んでいる。と、言うよりも、所狭しと置かれている、と言う方が正しい。もともと狭い店内の通路は更に狭まり、とても通りにくい。注意していなければ、足許を取られるか、剥き出しの真剣で首が持っていかれる。片付けや整理整頓は不得意だと言っていたが、ここまでくるともう溜息しか出ない。剣は床にさえ無造作に転がっているのだ。他には、壁に掛かっていたり、机に並べられていたり、山積みになっていたり。どれもこれも名剣だろうに、こんな雑な扱いでいいのだろうか、と毎回思う。
本人曰く、
「名剣はどんな状態でも完璧なんだよ!そういう風に作ってんだ!」
らしいが、どうだか。
「この剣でいいかー?」
タツの旦那は、店の奥から何本か剣の入った長方形の箱を抱えて出てきた。
「ったく、奴のメモは大雑把すぎて毎度あてになんねえな」
分厚いメモの束とちびた鉛筆を持って、文句を垂れながら彼は問う。
「あぁ、えっと。多分練習用だから、そっちの剣を……ていうか、タツの旦那、なんで半袖なの」
ジェノヴァは、手近な剣の鞘をなんとなく撫でながら応えつつ、ふと疑問を投げかけた。いつ彼を見ても似たような格好なのだが、やはり気になるものは気になる。特に今の季節を考えてみろ、ほぼ冬の気温だぞ、冬だぞ。コートの中にも厚手の服を何枚も重ね着して、カイロを握りしめる季節だろうが。
「前は確か、中剣足してたよな。今度は短剣と長剣か?半袖はなぁ、気合の現れだぞ!」
「うん、それでいい。本数もおんなじ数ずつでいいから。……見てるだけで寒い」
「お前らも若えんだから、半袖着ろ!外に出ろ!山に登れ!」
「人じゃねえ」
ヴェイドはぶら下がっていた様々な形の剣を手に取って、手に馴染む感覚を比べていたが、彼の返答に思わず呟きが口をついて出た。2人の冷たい視線に気付かず、タツの旦那は鉛筆のメモに走らせて、承知っ、と新たな仕事に浮かれている。
「お前らの剣も、もっと頻繁に修理に出せよ。ただでさえ荒い使い方なんだから」
彼はキリリとした眉を寄せて、2人の腰にぶら下がる剣を見た。返事に、はーいと、間延びした声でジェノヴァは答える。そんな様子に呆れて、タツの旦那はジェノヴァとヴェイドの剣を今度はじっと見て、口を開いた。
「お前らの命を守る剣なんだからな。しかもジェノヴァなんて刃こぼれが毎度酷え。新しいのを買えよ。また安くしてやっから」
「うおっ、マジでか。ラッキー」
「ヴェイドも。あの独特の剣はそこらの店じゃあ作ってもらえんだろ、早く出しに来い」
「ああ……わかった」
途端に目を輝かせたジェノヴァを見て、タツの旦那は、現金なこった、と苦笑した。注文も雑談も終えた2人はタツの旦那に別れを告げ、次の目的地に向かう。『タツ』の1つ奥の通りだ。




