91話 領主たちと聖騎士爺さん
キノキの元王にして、現領主ブナダンは会議に出ていた。場所はキノキよりも西のセンジンに近い都市である。まぁ、5000人程度の人口の街を都市といえばだが。
それは自分の領地も変わらないなと苦笑しながら、この冬はいやに寒いなと肌をこすりつつ、会議場という名の広間に辿り着く。中ではギュンター卿に負けた元王たちが集まっていた。
「ようブナダン。元気そうで何よりだ」
「あぁ、久しぶりだな、カヒノキ」
手をあげて再会の挨拶を返す。ざっくばらんな挨拶だが、名前だけの王であった者たちだ。いまさらな関係である。
「どうやら、我らは皆たった一人に負けたと見たがどうか?」
カヒノキはガハハと笑い、そこにギュンター卿への恨みは見えない。それどころか楽しそうな様子でもある。周りの者たちは図星であったのか、苦笑いで返す。
「そのとおりだな。俺も負けたよ、家宝のミスリルソードの方が刃が欠けるかと思ったぞ」
「ガハハ! 俺のアックスは鋼だからな。欠けちまって、月光商会に格安で直してもらったぞ」
「そなたらはまだマシじゃて。儂なんか文官に儂の究極雷魔法を使われてショック死するかと思うたわい」
枯れ木のような老人がムスッとした声音で口を挟む。魔法を得意とするヒイラギの元老王だ。
「いつまで経っても爺さんの究極魔法はライトニングから変わらないな」
ワハハと笑い声がひとしきり響いたあとに真面目な表情となる。見たことのない人間もいるからだ。
「初対面かと思うが挨拶をしても?」
その言葉に平凡そう一見見える男性がにこやかな笑みで立ち上がり丁寧に頭を下げてくる。
「私はケンイチと申します。王を含め成敗した領地三つの領主を主から命じられた者です。新参者となりますが、よろしくお願い致します」
ケンイチと言う男の目つきは平凡そうな見かけとは違い鋭い。三つの領地とは森林から少し離れた都市国家だろう。多少我らよりも平原を多く持っていることを鼻にかけて自慢げに話し、領民へと8割の税をかけて農奴と変わらぬ生活をさせていたクズ王たちがいた領地。
高潔なギュンター卿の怒りに触れて、騎士を含めて成敗されたと聞く。その領地を任されたのがこの者なのだろう。
「私の身体能力は上級騎士に劣ります。なので、方々のご助力を頂ければと」
その言葉に、周りの者たちはピクリと眉を潜め、或いはホウと感心する。自らの身体能力が上級騎士にも劣るなどと正直に言える者は領主ではなかなかいまい。領主になれることも稀である。
「ケンイチは月光で長く勤めてくれているダツ一門の者だ。しかも見知らぬこの地についてきてくれた最初の者でもある。身体能力に劣れど、その戦いぶりに疑いはないと伝えておく」
扉からギュンター卿が堂々たる様子で入ってくる。後ろからはルノスも一緒についてきていた。
蒼い鎧を着込み、相変わらず老人には見えない活力と凄みを見せているギュンター卿に、なるほどと領主たちは頷く。
「よろしくお願い致します、ケンイチ殿。私はブナダンと申します」
ブナダンを含めて、他の領主たちも笑顔で挨拶を返す。どうやらこの者はギュンター卿に信頼されている。その身体能力は劣るのに立身出世を果たせた若者というわけだ。
見知らぬ地、か。噂には聞いていたが、月光とは商会ではない。
「妖精の隠れ道」
ボソリとヒイラギの爺さんが呟く。爺さんも予想しているのだ。我らが武器が尽く通じないお伽噺でしかいないと思われた英雄級の聖騎士。老齢の身であるから、これまで活躍をしていて良いはず。聞いたことが一度もないというのはあり得ない。
そして突如として現れた月光という騎士団を擁する組織。マグ・メルの国から現れたことから、恐らくはこれまたお伽噺でしか聞いたことのない妖精の隠れ道を遣い、聞いたことのない遥か遠方の土地から来たのではと予想している。
即ち、これは他国の侵略行為だと言えるのだが、表向きはセンジンが前に出ている。上手いこと隠れ蓑にされてしまったのだ。ディーアがセンジンを制圧しようと動いたのを契機とされてしまった。
リンという少女がセンジンの皇帝と名乗っているが、背後には月光がいるのだ。どれほどの戦力を持っているかはわからないが……。
本来は都市国家連合として、一丸となって戦わなければなるまい。タイタン王国や魔帝国が攻めてきた時のように。しかし、それは推測にしか過ぎないことであるし、なにより都市国家連合に与するより、我らにとっては良いことだと思ってもいた。
ギュンター卿が上座に座り、横にルノスが座る。客将軍が国の将軍より上になっているが、ルノスは文句を言うわけでもない。まぁ、格が違うのだ。仕方あるまい。
「ギュンター卿、此度、モヤシの種を大量に頂いたこと、礼を申します。それに配置された騎士の者たちは結構な働き者。毎日狩りをしていて、その肉をタダ同然で領民へと売るので、あっという間に人気者にもなってもいますぞ」
「炭焼き屋敷という建物も大規模な物を作りましたぞ。いやはや人足の手配から賃金の支払いまで受け持ってくれて有り難い」
ガハハと豪快にカヒノキが機嫌良さそうに笑う。周りの領主たちもモヤシは美味いと話す。あれはシチューに入れても、炒めても美味い。
配置された騎士たちも勝利者としてあぐらをかくわけでもなく、毎日狩りに行っている。前よりも食える肉が増えて嬉しい限りだ。炭焼き屋敷にて、大規模に炭というものができれば現金収入も増える。
「綿花も受け取りずみじゃて。今は器用な者たちで綿糸を作っておる。順調にいけばこれもまたかなりの金になるだろうて」
「まだまだ糸紬機も機織り機も足りないし、綿花もお試し程度だが、それはおいおい量を増やす。期待して欲しい」
おぉ、と領主たちは喜ぶ。今まではほそぼそと麦を作っていただけ。貧乏な領地であったのだから。
「森林沿いの街道も魔物が集まらないように、現在は行動しておる。が、今日はそのことで集まってもらった訳ではない」
ギュンター卿の鋭い眼光に、皆は真剣な表情となる。なんであろうか? ディーアが攻めてきたとかだと、大変困る。これから景気が良くなるだろうと、皆は期待しているのだから。
「あ〜、それがアイ様はこの冬に見たこともない程の大雪が降るかもしれないって言っているんだ」
ルノスがボリボリと頭をかきながら困った表情で言ってくる。
「大雪? ギュンター卿、この地はそれ程冬が厳しい土地ではありませぬ。生まれた時からこの方、薄っすらと積もる程度ですが」
この地に住まう者たちならば知ってはいるが、ギュンター卿は遠く離れた土地から来たので知らないのであろうと伝える。アイ様という方のことも尋ねてみたいが、取り敢えず今はそれは置いておく。
が、ギュンター卿は硬い表情でかぶりを振って口を開く。
「それは知っておる。それを踏まえて、そう伝えているのだ。姫は大雪が降り、雪特化の凶悪な特異体の魔物が生まれる可能性があると予想している。納得はしなくてよい。行動のみをしてもらおう。これは勅命である」
重々しいその言葉に真実を垣間見て、皆は反論なく頷く。天候を読む固有スキル持ちがいるのだろうか? 数日先しか読めないはずだが、それはこの地の常識で、遠く離れた地では天候を季節丸ごと読むことができる者がいるのかもしれない。
それに勅命と言われれば頷くしかない。
「これを」
横に待機していた数人の騎士が麻袋を持ってくる。ん? 種籾でも入っているのだろうか?
「樫の木の種だ。ただし、特殊な加工をされており、多少耕した土地に植えれば、7日間で立派な大木に育つ。育った物は全て回収して薪にする。もしも大雪が降らなければ、家財道具の材料として引き取ろう」
「な、7日間? そんなことが? 大木に育つには数年単位は必要のはず」
領主の一人が声をあげ、我らも驚きで目を見張る。たったそれだけで育つ大木など聞いたことがない。3年は必要のはずだ。
「魔法でそのような加工ができると言うわけですな。信じられんが、信じましょう。だが、生木では薪には使えませぬ。半年は乾かさないと……。それもまたなんとかできると言うわけですか」
話している間に、その答えに辿り着いたのだろう。ヒイラギの爺さんが信じられんと目を剥く。大量の材木をなんとかできる方法を持つとは……。どうやら月光の技術はこの地のより遥かに進んでいるようだ。それこそ信じられんレベルで。
「そのとおりだ。材木は多少の加工で家々の屋根に置くものも配布する。雪避けだが応急措置である。この冬のみであるが、時間がない。全員急ぎ帰り、種を植えるように。後ほど月光が毛皮を大量に持ってくるので、領民はその加工もするように。全て領民の物としての配布である」
「毛皮を配ると? しかし代金が……」
もしも大雪がくるならば問題だ。毛皮も必須だろうが、その全てに大金がかかるのだ。
恐る恐る訊ねる我らに、何ということもないと、軽く手を振りギュンター卿は答える。
「上納してもらった金を使う。クズ王たちのいた屋敷には結構な金貨も眠っておったしな」
「しかしそれはギュンター卿の物では? ざっと計算しても金貨10万枚はかかりますぞ? 此度のギュンター卿の報酬がなくなるのでは?」
全てを受け持つならばそうだろう。いや、足が出るのではないだろうか? 残っても微々たる量の金貨になるはず。俺の上納した金貨は600枚程度だったしな。王としては恥ずかしい限りであったが。
「ふむ、領民の命はその程度の金貨ではまったく足りぬ。気にすることはない」
本当に気にしていない様子で、手をひらひらと振るギュンター卿に、この方は本当に聖なる騎士なのだと感心と尊敬を覚える。自分の戦果を簡単に捨てる男など、そう簡単にはいまい。
「それ程までギュンター卿に助けられて断ることなどできませぬ。このカヒノキにお任せくだされ」
感動で心を打たれたカヒノキが椅子から立ち上がり、強く己の胸を叩く。
「このブナダンも領地に帰り、すぐに勅命を果たしましょうぞ」
「この私ももちろんすぐに」
「我が家には蓄えが多少あります。そちらもお使いくだされ」
「聖騎士の心、我ら一同感服致しました」
「ギュンター卿にはご子息はいらっしゃらないので?」
ドサクサに紛れて、ギュンター卿と縁を結ぼうと考える者がいて、それなら私もと問い掛ける者たちがいたが、ギュンター卿はとくになにも答えなかった。
「では、急ぎ自分の領地へと戻るように。皆頼んだぞ。儂は次の行動に移らねばならぬ」
忙しいのだろう、足早にギュンター卿は去っていった。ギュンター卿は忙しく仕事をしているに違いない。
「う〜む、あれこそ高潔な騎士であるな。聖騎士とは物凄い肩書きだと思ったが、なるほどたしかに名前に負けない男じゃて」
「かの地では有名な将軍であるに違いない。この地でもその名前が轟くのは時間の問題であるな」
「まったくそのとおり。で、ルノスは帰らないのか?」
「あぁ、俺様は馬に乗れん」
ルノスが走った方が速いんだと、あっけらかんに言うので、将軍となれば馬術を覚えとけと笑うのであった。
その一ヶ月後、この地に大雪が降り始めた。猛烈な吹雪とともに。
「ギュンターお疲れ様」
「なんの。台本どおりに話して、質問は受け付けなかったので楽でした」
「……そーでつか。報酬の純米大吟醸でつ」




