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黒幕幼女の異世界ゲーム  作者: バッド
22章 黒幕のいる世界なんだぜ

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310/311

310話 戦争は起こさせない黒幕幼女

「レックス殿、そろそろ到着します」


 顔を叩く強烈な風圧に、しかめっ面になりながら、レックス・フォード公爵は目の前でペガサスを操る男の声に頷く。


「うむ。さすがはマッシグラン王国の誇るペガサスナイトだ。この速さはどのような軍でも真似はできまい」


 高空にてレックスはペガサスナイトの乗騎するペガサスへと同乗していた。トート帝国の緑溢れる風景は既になく、岩地で形成され、生命力が高い幻獣しか住めない苛酷なる地。


 こんなところによくも住めるものだと、内心で嘲笑いながら、表情は穏やかな笑みを崩さない。この地で住む者たちがいるからこそ天空を駆る騎士が生まれ、かつ食糧の輸出を盾にすれば自由に彼らを操ることができるのだから。


 自分ではこんなところには住めまい。神に選ばれた貴族の中の貴族。新たなる皇帝となるレックスにとっては耐えきれまい。


 しかし、奴隷の中に潜り込み、泥の中でも目的のためならば厭わないレックスは蔑む内心を完全に隠していた。


「聖杯は確保してあるのだな?」


 周囲には数騎のペガサスナイトが飛行しており、自分の側近たるサーベッツたちも乗っているのが見える。


「はい。チワ様が聖杯を確保したと聞いております」


「そうか、あれさえあれば勝利は我々のものだ」


 聖杯。神の使徒が遺したとも、陽光帝国の母国から運ばれてきた切り札とも言われている。反乱を決意したのは、聖杯の力を聞いたからだ。優秀なる自分の部下が集めてきた内容によると、神器であるにもかかわらず、無限の魔力を持ち、大量の転移から、癒やしの光にて軍単位で人々を癒やすことが可能だということ。


 半信半疑でもあったが、その情報をきっかけとして動き出し、見事に聖杯を確保できた。敵の防衛網を無視して、中心に兵を送り込めばどのような国も膝を屈するであろう。


 陽光帝国が聖杯を使わなかった理由。きっと神の使徒が遺していったという話が正しいに違いない。神の使徒の遺せし物を自分が扱う。天に愛された人物はレックス・フォードにほかならないと、口元を歪めてほくそ笑んだ。


 マッシグラン王国のテラスへとペガサスはゆっくりと足を着ける。岩の塔に突き出すようにあるテラスはそこそこ風が強く、腕を顔の前に掲げて、ペガサスから降りる。


 あいもかわらずこの地は埃っぽく、乾いた空気で喉がいがらっぽくなり、舌打ちをする。


 自分たちが到着したことに気づき、召使いの女たちが駆け寄って来るので、穏やかに片手を挙げて寛容な笑みで挨拶をする。


「あぁ、出迎えご苦労さん」


「よくいらっしゃいました、レックス公爵様。マッシグラン王がお待ちです」


 ずらりと並ぶ召使いの中にはマッシグラン王は予想外のことにいないことに気づき、僅かに苛立ちを覚える。新たなる皇帝たる自分を出迎えるのだから、王自ら足を運ぶのは当たり前ではなかろうか? どうやら王たる自分の方が上だとでも身の程知らずにも考えているのだろう。戦争が終わったら、食糧の値段を倍にしてやると誓いながら、召使いの案内で通路を歩く。


 相変わらず殺風景であり、下級貴族にも負ける貧乏さに鼻で嗤い見下しながら案内されるが、フト変なことに気づく。召使いたちが白黒の上等そうな服をお揃いで着ているのだ。貧乏国家のこいつらに相応しくない。なんとなく違和感を覚えて、隣を歩くサーベッツへとちらりと視線を向けるが気にしていないようだった。


 些細なことを気にしない馬鹿だから仕方なかろうと思いながらも、疑問は口に出さずに応接間まで案内され、召使いが扉を叩き入室許可を得て中へと入る。


 レックスも後に続き、中に入ると、老いた狼人のマッシグラン王が両手を掲げて歓迎の笑みを浮かべてきた。


「ようこそ、レックス公爵。ここまでご足労感謝いたします」


 その挨拶を聞き、不愉快だとわざと顔を顰めて見せ、隣のサーベッツが怒りの表情となる。


「マッシグラン王。レックス様は皇帝陛下とお呼びください。もはや戦局は圧倒的に我が軍が優位。そして、レックス様は皇帝として既に魔帝国を治めると宣言しておりますので」


「なんと! もうそこまで! それはお早いことで何よりです。レックス皇帝陛下」


 まだ戦局は圧倒的ではないが、そこは誤魔化し威圧をサーベッツはかける。そのような嘘も政治の世界では当り前だ。なので涼しそうな表情で後ろ手にして、背筋を伸ばしマッシグラン王を睥睨してみせて、冷たい声音で口を開く。


「マッシグラン王。余が魔帝国の皇帝と名乗らなかったのは謝ろう。で、そなたの態度はそれで良いのかな?」


 脅すように穏やかそうな表情で告げれば、恐怖で怖じ気づき、膝をついて、泣きそうな表情で謝罪してくるだろうと暗い愉悦を感じて口元をレックスは歪めるが、そうはならなかった。


「ハッハッハ。未だに勝利がどちらに転ぶかわからない状況。気が早いですな、レックス公爵?」


 予想外にも、朗らかに笑い、こちらのセリフを受け流すマッシグラン王の態度にますます違和感を覚える。これはなにかおかしい。


「まぁ、お疲れでしょうから、お座りください」


 笑みを浮かべながら椅子を勧めてくるので、警戒心を持ちながら座る。なにか変だ。もしや、ウルゴスについたのであろうか? 裏切ったのか?


 だが、裏切ったのであれば、もう既に騎士たちが取り囲んでいるだろう。ますます意味がわからない。


 召使いが石のコップを目の前に置き、その中に入っている色鮮やかなルビーのような紅色の飲み物が目に入る。カランと氷の音が聞こえてきて、石のコップに水滴が張り付きよく冷えていそうだ。


 そして、そのコップの意味することをレックスは看過するような間抜けではなかった。召使いの服装、コップに入った氷と、手に入れるのが難しい紅茶。明らかすぎるぐらいに明らかだ。


「まさか……陽光帝国についたのかっ? 貴様らの隣国は魔帝国であるぞっ? 戦が終われば貴様らの国などあっさりと滅ぼせるのだぞっ! 滅ぼしたあとは奴隷にしても良いのだぞっ!」


 声を荒げながら怒声をあげるが、マッシグラン王は肩をすくめるだけで、ゆっくりと指を壁向こうへと指し示す。


「レックス公爵……この先に聖杯はあります。ご自分の目で確認してくれば良かろう」


「むう……そうさせてもらおうっ!」


 陽光帝国がマッシグラン王国を陥としているとなると非常にまずい。どうやってこの王国にきたのかは変わらないが、奴等には飛空艇がある。気難しいアイツらをこの短期間で懐柔するとは信じられないが。


 一刻も早く聖杯を確認したいがために、演技をかなぐり捨てて、足跡荒く指差した場所を目指す。慌ててサーベッツが後ろについてくるのを確認しながら進むと、ひとつの扉があったので、召使いを待たずに中へと入る。


 そして、召使いを荒ただしく押しのけて中を見ると、安堵をして息を吐く。


「なんだ、陽光帝国と手を組んだわけではないのだな。からかいおって、後で酷い目にあわせてくれる」


 その部屋の中心には白金に輝く聖杯が鎮座していた。穏やかな輝きに心を落ち着けて、気を取り直す。あの氷や紅茶などはハッタリとして用意していたに違いない。少しでも輸入の条件を有利にでもしようと浅知恵をしたのだ。逆効果だと、自分を慌てさせたことに怒りを覚えながら聖杯へと歩み寄ろうとして


 ぴょこんと聖杯の器から幼女が顔を出した。黄色いふりふりドレスを着た艷やかな黒髪をおさげに纏めた僅かに目つきが鋭い可愛らしい子猫のような幼女だ。


「おぉ〜。レックスしゃん、よくぞまいりまちた。たたたしゅけてるじーび」


 おててを翳して、演技を見て見てと、嬉しそうな笑みで演技をする。肩にはパイン姫と書かれたタスキをかけている。


「な、何者だっ!」


 サーベッツが腰から杖を抜き放ち、素早く幼女に向けて怒鳴る。その怒声をものともせずに、くるりんくるりんと身体を回転させて、コロリンと足を滑らせて転がっちゃう。


「キャッ! すべすべで転んじゃいまちた」


 失敗、失敗でつと愛らしい微笑みで頭をカキカキしつつ立ち上がる幼女をレックスは苦々しく眺める。


「アイ・月読だな。貴様は神界に帰ったのではなかったか?」


 そうだと聞いていた。噂を確かめるべく、何度も密偵を陽光帝国まで送り込んで確認したのだ。現在の月光商会当主は魔法爵ガイ・ブレイブになったとも裏をとっていた。


 だが、こんな場所でこんな馬鹿げたことをするのは、噂されるはた迷惑な幼女。アイ・月読しかいない。


「ファイアウェーブ!」


 サーベッツが敵だと判断して、炎の魔法を発動させる。渦巻く炎が波となり、敵へと空気を熱しながら迫っていくが幼女は驚くことも恐怖することもなく、その炎をまともに受ける。


「ははっ、やったか?」


 サーベッツが倒しただろうと、笑おうとしたが顔をすぐに引きつらせた。


 幼女を覆っていた炎はパアッと輝くとその色を赤から青へと変えて、反対にサーベッツへと向かってきたのだ。熱せられた空気は白く変わり、冷たき炎の波が反対にサーベッツへと襲いかかる。


 躱すこともできずに、その一撃を受けたサーベッツは瞬時に氷で覆われる。瞬きする間もなく氷の檻に囚われてその動きを封じられのであった。


「無駄でつよ。あたちを人が傷つけることはできましぇん。あいたっ」


 穏やかに指を翳して決め顔のまま、アイはつるりんとまた転んで、ゴチンと頭をぶつけて痛がっちゃう。幼女は気をつけるという言葉を知らないので仕方ない。いまいち決まらない幼女であった。きっと劇とかでも、肝心なところで舌を噛んじゃうかもしれない。


「未だに地上にいらっしゃったとは驚きですな、神の使徒よ。されど此度は人間同士の戦争ですぞ」


 サーベッツがやられたことにも臆せず、アイを見つめて抗議をしてくるレックスだが、どうやら思い違いをしているようだねと、ちっこい肩をすくめて見せちゃう。


「あたちはバンバン介入しまつよ。何を勘違いしているか、わかりましぇんが、人類の世界平和のために頑張るんでつ。幼女嘘つかない」


 平然と嘘を口にして、レックスへと指を翳す。世界平和のためと聞いて、その指から死を与えてくる魔法が飛んでくるのかと身構えるレックスだが、そんなつもりは毛頭ない。


「レックスしゃん、奴隷を後生大事にして時代の波に乗り遅れるつもりでつか? ……それもいいでしょー。では、あたちから提案をしまつよ」


「……なに? 提案だと?」


「そうでつ。反乱は既に失敗してまつ。鎮圧に飛空艇を投入しまちたしね。ですがウルゴス皇帝にひとつのお願いをしてあげまつよ」


 そう言って、ムフフと悪戯そうにひとつの提案をパイン姫は提案する。


「反対する人たちの奴隷は引き取らないことにしまつよ。それなら大義名分はなくなり、反乱軍も瓦解するでしょーから。まぁ、既に飛空艇団の強襲を受けて崩壊しているでしょーが。アウラしゃん、優秀でつね」


 あっさりと世間話でもするように伝えるパイン姫の言葉に知らず手が震えるレックス。目の前の幼女が巨大なる存在に感じたのだ。すってんころりん、すってんてんと、おにぎりを持って、またもや転がり始めた幼女だが。


 反乱軍は集結もできていないのに、崩壊したと目の前の幼女は言っており、それが真実であるとレックスは直感してしまった。飛空艇の速さならば、各個撃破するは容易い。そして、それの意味するところも理解した。


 嵌められたのだ。ウルゴス皇帝は自分が反乱を起こす前から、周到に準備をしていたのだ。支援を求めるのが、そうでなくては早すぎる。そして、聖杯の話も嘘であるのだろう。


 目の前に神の使徒がいるのだから。悪神を倒せる使徒が。


「奴隷をそのままに所領もそのままにするように、ウルゴスしゃんにはお願いしておきまつよ」


「なるほどなっ!」


 背中に背負う暴風の斧に素早く手をかけて、幼女へと振りおろそうと床を蹴り、その間合いを一気に詰める。


 強き気迫を見せながら、暴風を纏わせて豪腕を振るい一撃を与えんとするが、小枝よりも細い可愛らしい指先をアイは突き出した。レックスの家門の家宝たる魔法の斧の刃にちょこんと指をつけるアイ。その瞬間に刃が弾けるように砕け散り、柄のみとなって、レックスの渾身の一撃は空を切るのであった。


「わかりまちたか? 聡明なレックスしゃんなら理解したでしょー。奴隷を持ち続けまつか?」


 試すように幼女は目を僅かに細めて、レックスを見る。その瞳に映るのは自分なのだろうかとレックスは柄のみとなった斧を見ながら、絶望に囚われた。勝てぬと確信してしまった。


 そして奴隷を持つことによる破滅の未来も簡単に予測できた。きっと、有形無形にあらゆる策にて追い込んでくるのだろう。確定された未来に口を曲げて深く息を吐く。


 奴隷を持ち続けるとの提案を聞く必要はない。なくなった。


「世界を支配したつもりか? 神の使徒よ。きっと貴様を倒すべく立ち上がる者たちが出るはずだ。その傲慢さに耐えかねてな」


「どうでしょー? あたちは月光の下にこっそりと世界に介入しまつ。きっと英雄は陽のあたる場所で、わかりやすい悪役と戦うでしょうね」


「……かもしれぬな……。だが、その裏に貴様がいると私は子孫に語り続けるつもりだ」


 レックスの憎々し気な表情を、そよ風のように受け流して、エヘヘと事情を知らない人が見たら魅了されるだろう無邪気な笑みをアイは浮かべた。


「微かに伝わるあたちの存在。それこそがあたち。黒幕幼女なのでつよ」


 これからの世界は黒幕がいるんでつと、アイは優しげな笑みにて伝えるのであった。

新作、キグルミ幼女の旅日記を書き始めました。お馬鹿な幼女たちの旅となります。よろしかったら読んで下さい(*^^*)

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― 新着の感想 ―
[一言] 黒幕幼女が遂に黒幕に…長い旅路でした。 黒幕幼女はこの世界の安全弁としてこれからもきゃっきゃうふふしながらみんなと過ごすのでしょうか。
[気になる点] 誤字報告です 【自分たちが到着してことに気づき】到着してこと→到着したこと かと思われます。 【気難しいアイツらをこの短期間で懐柔すると信じられないが】「懐柔すると」の後に「は」が…
[一言] より良い交渉相手が出てきたら、そりゃ鞍替えしますよね。 国力技術力ともに違いすぎるから仕方ないね。
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