309話 常にネタバレをするメイドさん
マッシグラン王国の人々が住まう岩地の地下。グリフォンの頭にしがみついて、可愛らしい獣だねと、そのもふもふに幼女がスリスリと頬ずりする中で、バッサバッサと辿り着いた。
チワはグリフォンの頭の上に乗るのは危険だワンと止めてきたが幼女は首をイヤイヤと振ってしっかりとしがみついて離れなかったりする。幼女だから、もふもふ大好きなのだ。
コバンザメのように貼り付いた幼女の姿に諦めながら、仕方ないなぁと嘆息してチワがグリフォンをそろっと飛ばして移動したのである。段々と幼女の行動が酷くなってます。
到着したので、渋々アイはグリフォンの頭をよしよしとちっこいおててでひと撫でしてから降りて周りを見て目を細める。もうおネムかな、たくさん遊んだものねと昼寝を勧められるかもしれない愛らしさを見せちゃう幼女だが、ふぁんたじ〜な住まいって、結局こんな感じだよねと嘆息しちゃう。
亀裂の下は、空間が広がっていた。どういうことかというと、普通の大地が広がっており、その端々に巨大な岩の柱があり、天井たる岩地を支えていたのだ。これは全然自然にできたとは思えない光景であった。誰かが本来の大地の上に岩地を屋根として作ったようにしか見えない。
「なんでこんなことになっているんでつか?」
コテンと愛らしく小首を傾げて尋ねる。これはなに?
「わう?」
もちろんチワもコテンと首を傾げてきたので、少女と幼女の二人で顔を見合わせて首を傾げるという可愛らしい光景となっただけであった。演技と思ったが、本当にアホだった模様。
目の前の光景。それは悲惨な風景であった。思わず口籠るほどに酷かった。なぜならば太陽の陽射しが刺さらない地下であるので、暗く不気味なのは当たり前。昼間であるのに篝火を焚いているが、周辺がちょっと明るくなるだけだ。
大地は腐ったようなジメジメとした土で、湿地に近い。巨大な茸がそこかしこに繁茂しているが、ゲームではよくある風景だと思ったが現実だと不気味の一言にすぎる。
獣人たちは亀裂のそばで日向ぼっこをして、なんとか健康を保とうとしているのだろう。獣人が陽射しを浴びて寝っ転がっているのは少しばかり可愛らしい光景だが、皆はそれでも不健康そうに青白い肌をしている者が多かった。
「これは嘗ての私達の祖先が大地の神ガイアに怒りをかったせいだと言われています」
「怒り?」
一緒についてきたセンリが沈痛な表情で暗い声音で告げてくるので、何じゃそりゃと疑問でおめめをはてなマークにしちゃう。
「はい、かつての祖先は自らの力に溺れ多くの獣を狩り、大地を耕して一大王国を建てたらしいのです。ですが、多くの平和に生きる獣を狩り、森林を伐採して大地を汚す傲慢な行為を当時の神ガイアは許しませんでした。傲慢な祖先に神罰を与えたのです。それが大地を汚した罰として天を岩で覆われた現在となります」
淡々と口にしながらも、罪深そうに顔を俯けるセンリの話にウヘェと口を曲げてアイは酷い神様もいたものだと呆れてしまう。まぁ、地球でもだいたい神様ってのはそんなもんだ。バベルの塔しかり、メギドの炎しかり、祭りが大好きな女神様しかり。女神様はその行動がアホっぽくて酷いだけかもしれない。
「その後、岩地には多くの幻獣が住み着きました。獣人たちが登ってこられないようにということだったのでしょう。テイムを行える者が僅かながらに獣人族の中で産まれたことがガイアの情けだったと言われています」
話を終えるセンリの言葉に、ほ〜んと頷き、なぜ反乱軍との戦いにこの国が参戦したのか理解した。
「マッシグラン王国は圧倒的に食糧が足りないのでつね? 茸の串焼きだけじゃ厳しいでつものね」
そのとおりですと頷くセンリと、なにを話しているのかわからないやと日向ぼっこをする子供たちと遊ぼうとするチワ。英雄の道は遠そうである。呂蒙の話でも聞かせればよいだろうか。
しゃがんで湿った土をちっこいおててで掴み取り、指で擦る。ボロぼろと崩れ去るが砂というわけではない。赤土でもないので陽射しがあれば農業はできるかもしれない。
「奴隷解放をされると、農作物の収穫量に響く。その余波はマッシグラン王国へと売っていた農作物が値段が高くなり、その量も少なくなると脅されまちたか」
ギョッとセンリは驚き目を見開く。こんなに簡単に参戦理由を見抜かれるとは思わなかったのだ。しかも幼女である。監視役としてついてきた自分であるが、幼女の行動から、アホだと思っていたこともある。
「そうです。……奴隷は必須。解放をされたらマッシグラン王国は多大な餓死者が出るでしょう。それを王は、我々は看過できません」
チワと戯れる日向ぼっこをしていた子どもたちへと視線を向けて語るセンリ。その目には強い決意の表情があった。たとえ他国で奴隷が酷い目にあっても、自分たちの国を守るためならば躊躇わないということだ。
自国を守ることは当たり前だし、その行動を非難することはしない。俺も同じことをしただろうしと、アイは小さくため息を吐きながら、シンヘと向き直る。
「気づきまちたか? この話には変なところがありまつ。まずは神罰の件でつね」
真剣な表情でシンヘと問いかけるとアイコンタクトで了解しましたと目で語るシンはコクリと頷き、幼女は寒がった。
「説明しましょう。調査したところ、ガイアは当時瘴気の浄化に血眼となっていました。大地を司る神であるのに、瘴気を大地が生み出していたので、だいぶ他の神々から責められたようです。そのため、一つの解決策を思いつき実行しました」
大地の神ガイアの過去をあっさりと語り始めるシン。それをセンリとアイはふんふんと聞いていたが、既に嫌な予感はバリバリしていた。
「名付けて、臭いものには蓋をしよう作戦ですね。大地を岩で覆い、その上に幻獣を住まわせる。これで瘴気は目に見えなくなり綺麗となりましたとガイアは主神へと誇らしげに伝えて怒られました。終わり」
ようは片付けのできない子供が、押し入れにゴミを押し込んだようなものだ。怒られるのは当たり前である。目に見えないだけで、地下では瘴気が溢れていたのだから、この試みは意味は全くない。放置しておけば魔界とか、闇の世界とか異世界テンプレの世界になっただろう。亀裂がなかったらと思うとゾッとするよな。
相変わらず、この世界の滅んだ神々は酷いねと、呆れてため息をつくアイであるが、呆れるレベルではないのがセンリであり、獣人たちであった。
客人だと思って、珍しいなとこっそりと野生の犬がご飯をくれるのかなと警戒するように近づいていたのだが、思いもよらない神の所業を聞いて呆然としていた。
すぐに気を取り直すと、シンへと皆は鬼気迫る表情で真偽を尋ねてくる。
「そ、それは本当なのか?」
「俺たちは罪人じゃないのか?」
「こんな地下に暮らしていたのは神の気まぐれのせいだったのか?」
それらの人々へと、シンは片手を持ち上げて光を放つことで対応した。何をしたかというと魔法を使用したのである。
「サイコメトリー」
その一言で天井付近に映像が浮かぶ。その映像はガイアたちの話し合いであった。なんとかしろよとガイアに迫る神々に、だから岩地で覆えば解決じゃんと答えるガイアの姿があった。なんというか会社でやる気のない人間に無理難題を押し付けようとしている感じだ。やる気のないガイアは適当な解決策でお茶を濁そうとしていたのである。
幻影であるので、嘘だと言われればそこまでであるが、客人が嘘をつくメリットはないと獣人たちは、この映像が真実であると本能で理解した。そのように精神に訴えかけるなにかがこの映像にはあったのである。
アイだけは、いつものことだなぁと、小さいお口でフワァとあくびをして、獣人たちが可哀想と思っただけである。見た人に真実だと思わせる精神魔法もこの幻影には加わっていると気づいたし。
「そんな……私たちは贖罪の意味も兼ねて、この地下に住んできたのに……全ては無意味だったのですか……」
センリが膝を付き、ガクリと気を落として顔を俯け悲しそうに呟く。他の面々も怒るか、悲しむかであり、周辺は騒々しくなってきた。シンはわざと天井に巨大な幻影を映し出したのだ。街の人々もなんだろうと眺めることを計算して。
本来は朽ちた神殿とかを調査して、苦労したあとに真実を知るイベントだったんだろうなぁと思うが、面倒くさくなくて良い。幼女は暗い話はノーサンキューなのであるからして。
悲喜こもごもな表情をする獣人たちへと、パンパンとおててで拍手をして注目を集める。
皆がなんだろうと、ペチペチと小さい拍手をしただけなのに、不思議と耳に入ってきたので、幼女へと視線を向けると、幼女はエヘヘとにこやかに小袋を取り出した。
「この地が大変なのはわかりまちた。解決策は一つ。観光国にしましょー」
「わう? 観光ってなんだわん?」
いまいち映像を見ても意味がわかっていなかったチワが不思議そうに首を傾げてくるので、愛らしく笑い教えてあげる。
「ここは過去の神の所業で大変な国なのはわかりまちた。でも、これだけ雄大でしゅごい地形は他ではなかなかないのでつ。ペガサスたちを使った大空の旅に、地下での観光。たくさん観光客がくるでしょー。方法はあたちがプロデュースしまつ! まずは特産品の日に当たらない柔らかいモヤシを作ることから始めましょーか」
「モヤシ?」
「そう、日に当たらないモヤシ。それに日に当たらないで作るウドやネギなど、美味しくて珍しい作物ってあるんでつよ。アミューズメントパークも良いでつね。お姫様役はあたちがしまつよ。お〜、たたたしゅけて、まかろーに」
そう言って、ふふふと微笑み平坦なる胸を張る幼女。全てお任せあれなのだ。戦争などよりも、もっと面白いことを教えてあげまつよ。
「暗いので、とりあえず明るくしまつね。ムーンライト」
ていっと手を翳して、魔法を使う。神杯となった幼女は次元が違うのだよと、皆が驚き目を見張る魔法を使った。
即ち、天井付近に優しく輝く癒やしと浄化の光を放つ小さな月を作り出したのだ。
「貴女はもしや……」
癒やしの光に照らされて、身体がふしぎと楽になる感触を感じながら、ゴクリとつばを飲み込むセンリ。神の使徒は神界に帰還したと噂をされていたが……。
「ふふっ。あたちはたんなるちりめんじゃこ屋のパイン姫でつ。お〜、たたしゅけて、まかろーん」
ふざけるように手を振りながら悪戯そうに微笑む幼女姫であった。




