276話 テンプレ脱出タイムな黒幕幼女
激しく揺れ始めて、朽ち果てていた神殿は瓦礫へと変わっていく。
「柱である私が倒されたことにより、この世界は崩壊を始めました。ピーッ、自爆装置が発動しました。残り時間は10分です」
倒れたシンが、力なく言葉を吐くが、後半は放送みたいにして欲しかった。なんで、自分で言う訳? 倒されたのに、やけに余裕がないかな?
ジト目となっちゃう幼女へと倒れたシンは穏やかな微笑みで言う。
「私は信じられないことにその概念ごと斬られました。回復魔法は意味を成さず、消滅を待つのみ。ありがとうございます、アイさん。貴女のご飯は美味しかったです。久しぶりのご飯でした……」
「シンしゃん……。なんだか良い話にまとめようとしていまつけど、あたちを素材にしようとしていたので、罪悪感はゼロでつ」
さっくりとシンの話を断ち切る。俺、漫画とかでも倒したボスの哀しい過去を聞いても同情できないタイプなんだ。だって散々攻撃してきた相手だし。
やられた相手に冷たい幼女だった。だって、仲間がボコボコにやられたしね。ちょっと怒ってまつよ? あたちを器にしようとしたし。食器扱いしたことを忘れてないからな。
「むぅ……ノリが悪い幼女ですね。まぁ、良いでしょう。この地は支えの柱となっていた私が滅びることにより、崩壊を始めました。逃げることをお勧めします」
「アイ! こっちに非常用のエレベーターを見つけたんだぜ! あたしについてこい! ガイたちは段ボール箱で梱包して、先に外に配送しておいたからな!」
横合いから、なぜか警察の特殊部隊が着るような服を着込んだマコトが叫ぶ。てててて、てててて、てて、てーて、とか口ずさんでもいるので、途中の通路にゾンビが待ち受けている可能性あり。
うぉぉぉ〜、とマコトは元気よく走り出す。その姿を見ながら、アイもコクリと真面目な表情で頷く。
「さようなら、シンしゃん。あたちも脱出しまつ!」
倒れたシンへと告げると、ぽてぽてと歩き始めて
「……なんで、脚を掴むんでつか?」
ガシッとシンが俺の足を掴んできたので、顔を向けて尋ねる。
「なんで、玉座に向かうんですか? 非常用エレベーターはあっち! ほら、マコトさんはもう行っちゃいましたよ?」
うぉぉぉと叫びながら遠ざかっていくマコトを見ながら、アイは指をしゃぶりながら答えてあげる。
「玉座の裏は調べておきたいのでつよ。それに壺や樽もじぇんぶ。宝箱ありましぇんかね? 違法パーツが入っている宝箱はタイムオーバーになるとしても、絶対に開けまつ」
過去のゲームでも時間制限のあるイベントで手に入るアイテムは超レアで強力な物が多かったんだよと、ふんすふんすと興奮気味な強欲幼女がここにいた。
「テレポートありまつし」
なんなら、マコトの方が脱出できない可能性があったりしまつ。
「ないから! ないですから! だから、玉座の裏を調べないでくださいっ! ぬぬ、なんという力」
グギギと歯を食いしばり、幼女を止めようとするシンであるが、消失し始めていることもあり、ほとんど力はなく、反対に目を輝かせて、謎の超パワーでシンを引きずりながら、幼女は玉座へと近づく。
「意思の力が世界を変えるのでつよ。即ち、あたちが宝物がある世界を望めば、きっとあるはじゅ」
むぉぉぉと、ちっこい体格で懸命にズリズリ重石を引きずりながら叫ぶアイ。この幼女が主人公のゲームなら、魔界もテーマーパークになること請け合いであろう。
「自爆装置発動まで、3分、1分、10秒になりました! 残り10秒ですよ、早く脱出してください!」
ありえないタイムの短縮を口にしながら、懸命に言うシンの制止にもかかわらず、玉座へと辿り着く。
「宝箱発見でつ! やったぁ!」
玉座の後ろには大きめのリュックサックがあったりした。宝箱だ、やったよとぴょんぴょん飛び上がっちゃう。
「それは宝箱じゃありませんよ? きっと誰かの忘れ物です。お巡りさんに届けましょう、そうしましょう」
「ちゃららら〜、ライトマテリアルを発見しまちた! ゴロゴロ入ってまつ! 保存容器が必要でつが、このリュックサックが保存容器代わりになっているんでつね」
「駄目〜、1割、1割あげますから!」
ゴロゴロと光り輝くライトマテリアルの鉱石がぎっしりと詰まっていたので、喜んじゃう。地球では地方で見つかったライトマテリアルを運ぶ仕事を請け負ったこともあるが、高純度のライトマテリアルは高価なんだよね。女神様に換金してもらおうかな。
「人のへそくりを見つけて盗む勇者は常々犯罪者ではないかと、私は考えていました。それは宝箱ではないですし、他人の家に置いてある洋服ダンスに隠された勇者用に配布された薬草でも無いんですからね!」
「シンしゃん……。消失するんでつよね?」
元気すぎるシンにジト目となっちゃう。その視線を受けたシンはゴホゴホとわざとらしく咳を始めた。
怪しすぎるシンである。だが、たしかにシンが消失することは理解している。謎モードアイの時にたしかに倒したと、手応えだけはあったと確信しているからだ。
というか、あの時の動き……。今思い返しても、どうやるのかさっぱりわからない。高度な技術すぎて、まったく理解できなかったのだ。凄すぎるとしか言いようがない。
「そのとおりです。世界の柱であった私はじきに消えるでしょう。ゴホゴホ」
………シンのこの余裕の態度を見て、思い当たることがあるんだよな。
「手向けに貰った銀のコインを置いていきまつね、シンしゃん」
初めて会った時に貰った銀のコインをそっとシンの横に置こうとする。うりゅりゅと涙目にもなって、哀しい表情を作って。
ガシッとおててを掴まれて、シンは必死な様子となった。
「あげたものを返したらいけません! 早く脱出してください。残り時間1秒です。ピーッピーッ。もう暗殺者も飛空艇に乗り込んで脱出に間に合いました、パーティー勢揃いですよ、ハリーハリー」
「はぁぁ〜。どうしよっかなぁ」
怪しすぎる銀のコインを手元で転がしながら迷ってしまう。キラリとコインに描かれた星マークが光り、なんとなくゲームセンターのコインのような感じがして安っぽさを感じちゃう。
「きっと持ち帰れば、素材次第で好きな物を作れる素敵な人と出会えるかもしれませんよ?」
「課金システムきたぁぁぁ! 脱出しまつっ!」
コインを握りしめて、スックと立ち上がる。もう神殿の崩壊も激しい。消滅も時間の問題だろう。悲しいけど、脱出しなくちゃいけない。
幼女は哀しみを糧に、未来へと生きていくのだ。
「さようなら、シンしゃん。このコインはどこに置いておけば良いでつかね?」
「適当に聖なる場所っぽい所にお願いします。そこにリュックサックが転送されてくるかもしれないですが、落とし物ではないですからね? 絶対にネコババしないでくださいよ?」
「大丈夫でつ! お巡りさんに渡して1割貰うくらいなので! バイバイ〜っ。テレポートッ」
おててをフリフリ振りながら、空間転移を使う。
転移したアイを見て、ふぅと息をシンは吐く。
「鋭すぎる幼女でしたね。失敗した時の為に、保険をかけていたのを見抜くとは……。ですが、上手くいきそうで良かったです。ようやく……この世界から……」
神殿は遂に完全に崩壊し、シンも瓦礫に埋もれ消えていく。どこかの創造神の作りし、滅びの記憶の世界は消えてゆく。
端から朧気な光の粒子になっていき、じきにその世界は消滅するのであった。
ゴゴゴと世界が揺れて、開いていた扉が閉まり消えてゆくのを、脱出したアイは悲しげな表情で見つめていた。
「戦いとは虚しいものでつね……」
幼女のそばには、段ボールで作られた棺桶が5つ置いてある。神父の所まで引きずっていかないといけないのだろうか? 幼女には無理だよ?
「あーけーろー。なんだよ、この段ボールっ! 頑丈すぎだろ!」
「おぉ、やられるとは情けないって、感じですぜ」
「むむ、結構硬いですな……」
「疲れたから、このまま寝る〜」
「むふーっ! リンたちは全滅した」
それぞれの元気そうな声が棺桶の中から聞こえてきて、ホッと安堵する。どうやら大丈夫らしい。そして、なぜマコトまで棺桶に入れられているのだろうか? 途中のゾンビにやられたかな? ボスを倒したあとに、脱出前にやられると心が折れるんだよな。
「まぁ、裏ボス撃破の報酬は手に入ったみたいでつし、良しとしましょう」
ピンとコインを弾いて微笑む。想像どおりなら物凄い報酬であるのだから、クリアした甲斐があったと言うものだ。
「そのコインは預かりましょう。預かって、マッドな私が加工しておきます。蘇るのじゃ、この電撃で〜」
弾いたコインを横合いから伸びた手が掴み取ってしまう。見ると白衣を着た悪戯そうな笑みの幼気な少女が立っていた。両手を掲げて、電撃じゃーと可愛いダンスを踊っていた。
「あのライトマテリアルを自身の受肉に使おうと画策したのでしょうが、まったく足りません。確実に失敗します」
踊りながら伝えてくるので、幼女も電撃じゃーとダンスに加わっちゃう。
「この銀のコインはシンの核なんでつよね?」
「そのとおりです。シンは保険をかけていました。万が一自身が敗れても良いように、自身の核は貴女に預けておいたのです。狡猾なことです。勝った場合は貴女から回収すれば良い。負けた場合は勝った貴女はコインを手にして脱出する。コインに向けてへそくりとしていたライトマテリアルを転移してそのエネルギーで復活。晴れて滅びし世界からシンは脱出〜」
二人は可愛らしくフリフリダンスを踊りながら話す。
「ですが、シンは自身の力を過大評価しています。この程度では全然足りません。なので、私が補填しておきましょう。補填した代価は私のお手伝いをするということで」
「ええっ! 課金は実装されないのでつか?!」
期待していただけにショック。早くも幼女はおめめをウルウルさせて涙を溜めちゃう。
「う〜ん、本当は全滅していたのですが……まぁ、最強を目指しちゃう娘が介入したのは貴女のせいではありませんし。良いとしましょう。この天空城に立派な神殿と祭壇を作って置くことをお勧めします」
「ラジャー! 行ってきまつ!」
ピシリと敬礼をすると、開きそうな棺桶を踏みながらアイは走り去る。見たこともない速さでステテと走り去っていくのを、ふふっと微笑んで、幼気な少女は呟く。
「器は完成しました。想定外の速さですが良いでしょう」
優しげな表情にて、身体を翻し帰宅をすることにして
「貴方の思いはきっと成就されるでしょう。人々はその頑張りを知らず、感謝の言葉もありませんが、私は感謝をしていますよ」
女神はそう囁くと、姿をかき消すのであった。




