264話 パーティー戦は楽しい黒幕幼女
アイたちは門の中へと踏み入れた。そうして中に入っていったが、実際は外に出ていた。意味がわからないと思われるが、実際に地下の広間にある扉をくぐったら、一面が荒れ果てた地に足を踏み入れたのである。
数センチばかりの雪に覆われて、所々から岩地が覗く。枯れ木となった木々が枝や幹を苦悶している人間のように歪ませて存在している。
荒涼とした大地がそこにはあった。吐く息は白く、生命の息吹を感じることができない死の大地であった。どんよりとした雲が天を覆い、陽射しは永遠に差すことがないのではと思わせる滅びの大地。
少し離れたところに、割れたガラスを組み合わせて作ったような鋭角な切り立った崖のような山肌を見せる山が存在しており、蔦の生えた禍々しい城が山頂に建っていた。
城の周りには白い羽を生やしたワイバーンのような怪物が何羽も飛んでいる。山の麓に壊れた神殿があり、開かれた門の前に門番なのか顔をいくつも生やす巨大な天使もいた。
その光景に息を呑み、珍しく驚いた表情で幼女は感想を口にする。
「昔のゲームで、勇者が親友の魔法使いに裏切られて、魔王になっちゃった世界みたいでつね。主人公がロボや闘士、超能力者と何人も入れ替わるゲームで、最後の主人公が勇者だったから自分の名前をつけたらラスボスになってびっくりした覚えがありまつ」
ファイナルなファンタジーを作った会社のゲームだったけど、あれは悔しかった。満を持して自分の名前をつけたら、なんでラスボスになるんだと。
「この光景は篝火のゲームを思い出しやす。あれはクリアするのに苦労しやした。アホみたいな鬼畜難易度でしたし」
「え?」
「ん?」
アイの言葉にガイが顔を向けてきて、二人して顔を見合わせる。お互いの歳が違うことがわかる発言である。幼女は慌てたように、こくこくと頷く。
「あのダメージを与えると、片腕が化け物になる騎士がラスボスのやつでつね。あたちもそう思ってまちた。うんうん」
知ってるよ。有名なゲームだもんね。あのラスボスはつよかったでつ。
「それ、一面のボスじゃねぇですか?」
「あたちにとってはラスボスでちた。倒せなくってゲームを止めたので」
首を傾げて不思議そうにするガイにアイは口を尖らせて答える。
あれ、難易度鬼畜すぎ。何時間かけてもクリアできなかったから諦めまちた。こんちくしょう、あれをクリアするとはガイめ。幼女は難しすぎるアクションゲームは苦手なのだ。懲りずに和風アクションの煮る王もやったけど一面でボスが倒せずに諦めちゃう幼女であった。
そうですかい、あれそんなに難しかったですかね〜と、ドヤ顔になるガイに、あれはラスボスが強すぎまつと悔しがる幼女という珍しい光景になっていた。
「そろそろ進みますぞ、姫、ガイ。敵はこちらをじっと見てますので」
苦労症なお爺さんが指を向けるその先には複数の頭をもつ門番がこちらをじっと見つめている。待ちきれずに、鈍い輝きのハルバードを両手で構えて、戦闘を始めようとニヤニヤと不気味な笑みを複数の頭がみせながら。
「仕方ないよね〜。久しぶりの人間なんじゃないかな?」
「ふぉぉぉ! リンも腕が鳴る! なんか楽しそうな感じがする」
「あたちはまったく興味はでましぇんが……ボーナスイベントかも!」
ググッと小さい拳を握りしめ、アイはウキウキと顔をキラキラと輝かせちゃう。たぶん素材を空にした幼女への救済措置だ。そうに決まった。反論は聞きましぇん。
「アイがそう言いたいのは気持ちはわかるが、違うと思うんだぜ」
「む? 女神様の仕込みではないんでつか? きっと素材集めをするための無限ステージを用意してくれたと予想してたんでつが」
マコトの言葉にコテンと首を傾げちゃう。違ったの?
「ん、待ちきれなくてくるみたい。他の天使たちも」
たしかにリンの言うとおり、門から多数の槍天使やデカ天使たちが出てきていた。門が開いているので素通りの模様。
あれが地下を徘徊していた天使たちかと納得する。どうりでルシフェル戦でいなかったはずである。
「来ますぞ、姫!」
ギュンターが鋭く声を発する中で、門にいたはずの多頭天使がいないことに気づく。いや、違った。
巨体であるにもかかわらず、重さを感じさせない動きで飛び上がって空からハルバードを振りかぶり落ちてきていた。
「ダイヤモンドダスト」
素早く状況を確認したランカが、杖を振りかざし宝石のように煌めく雪の粒を生み出す。一瞬のうちに天使たちは吹雪に覆われて、超低温の粒子により凍らされていく。
「ラララァ」
だが、空中から迫ってくる多頭天使は複数ある口から涼やかで綺麗な声音で歌う。
声音が響くと同時にダイヤモンドダストは溶けるように消えてしまい、痛痒を与えることはなかった。
「ふんっ!」
空中軌道を修正して、ランカへと攻撃を仕掛けようとする天使に、ギュンターが盾を掲げて間に入る。盾にぶつかると同時に轟音がして、突風が波紋のように広がる中で、歯を食いしばり盾にてギュンターはその攻撃を押し返した。
ズサッと地面に降り立つ天使にガイが斧にて攻撃を仕掛ける。胴体を狙った横薙ぎに天使は石突をすくいあげて弾く。
「説明しようっ! こいつの名前は五頭天使! 平均ステータス245。特性死角なき視界。その特性は全方位の視界なんだぜ! 五頭の口からの聖歌はあらゆる魔法攻撃を大幅減衰するな。槍、斧術9レベルなんだぜ! 旧仕様にも互換性をもたせることに成功したから、解析はばっちりだぜ」
天使のただならぬ力に警戒をする面々に、妖精がひらりひらりと飛びながら説明をしてくれるが、マジかよ……。
「はんにゃーはらみーたー、かーるびろーすー」
あまりの敵の強さにアイは混乱した。混乱して奇声を発しながらくねくねと不思議な踊りを踊り始めた。
「久しぶりの素材でつ〜、知識因子、知識因子が欲しいでつ〜」
目がドルマークになっちゃっている幼女である。敵が強くて怖がっているのだろう。興奮しすぎて寝っ転がって、キャーキャーと可愛らしい駄々っ子モードでじたばたし始めた。コロンコロンと転がり始めちゃう。最近まともな素材がなかったから興奮しすぎて混乱しちゃった幼女なのだった。
五頭天使はそんな幼女は放置して、かなりの重量があるであろうハルバードを暴風を振るたびに発生させながらギュンターたちと激闘を繰り広げていた。
取り敢えずランカは魔法攻撃が無意味っぽいので、混乱している幼女を抱っこして戦線から離れる。実に迷惑な幼女であると言えよう。嬉しすぎて痙攣を起こさないようにしないといけないかもしれない。
「こいつ、武技を使わないのに、武技っぽい攻撃をしてくるでやす!」
ハルバードで疾風のごとく、急激に加速された攻撃をしてくる五頭天使。その攻撃になんとか斧を合わせながら叫ぶガイ。一撃一撃が重いため、受けるたびに後ろへと押し下げられてしまう。
入れ替わり敵の攻撃を防ぐギュンター、ガイとリンがその間に相手を囲み斬りかかる。薄っすらと積もっていた雪はあっという間になくなり、砂埃が舞う戦場へと変わっていく。
「こいつは武技は使わないみたいなんだぜ。素のスキルだけで攻撃してきているぞ!」
「ん、仕様が違う敵だと予測する。通常攻撃が強い奴」
横薙ぎにハルバードを振るい、すぐに切り返して振り下ろしからの、突きへとコンボを繋げる五頭天使は、たしかに強力な威力を伴っており、ギュンターを盾ごと押し下げる。その様子からマコトが忠告して、リンが目を鋭くする。ランカがヨシヨシ落ち着いてと幼女の頭を撫でて、アイは抱っこをされながらキャーキャーと興奮して手足をぶんぶん振る。
久しぶりの激闘である。もしかしてパーティー戦は初めてかもしれないが、阿吽の呼吸で連携をしながらアイたちは戦っていた。誰かさんは己の加護と戦っているかもしれないが。
敵の巨体を利用し、リーチの長さを使った巧みなるハルバード捌きに味方は近寄ることもできないと思われたが、その均衡を崩すべくギュンターが動いた。
「騎士剣技 流連衝波」
繰り出されるハルバードの一撃に剣を合わせると、不自然なる衝撃波が発生して、ハルバードは弾かれる。怯まずに攻撃を繰り出す五頭天使のハルバードへと攻撃を合わせるたびに、衝撃波が発生して五頭天使は徐々に態勢を崩されていく。
敵へと攻撃をするたびに衝撃波が発生する武技である。ノックバックをさせていく地味だがパーティー戦では強力な技だ。
衝撃波に耐えきれず、遂に後ろへと下がろうとする五頭天使であったが、その動きに合わせてガイが大きく斧を振りかぶり懐に入り飛びかかる。
「斧技 ドラゴンブレイク」
竜をも砕く一撃。その攻撃を横に倒したハルバードで五頭天使であったが、その威力に耐えきれずにハルバードは半ばから折れて歪み、五頭天使の肩に斧が食い込む。
膝をつき完全に態勢の崩した五頭天使の頭の横に逆さまにふわりと浮いたリンが刀を振るう。
「適刀流 首切りクリティカル」
一瞬閃光が走ったかと思うと、チャキンと金属音がして五頭天使の頭の一つが切り裂かれて地に落ちる。
「グオオオ!」
役に立たなくなったハルバードを打ち捨てて拳を握りしめ素手で戦おうとする五頭天使だったが
「一つ頭が落ちるとどうなるのかな? 魔法操作 凝縮 ダイヤモンドピラー」
ランカの唱えた氷の魔法。無数のダイアモンドの硬さを持つ氷の槍が空中に生み出されて、周囲を凍らせながら五頭天使の頭に向かう。
「ラララァ」
聖歌の結界を張ろうとする五頭天使。周囲の空気が歪み、ダイヤモンドの槍をかきけそうとする。だが、一瞬ダイヤモンドの槍はその構成を破壊されそうにはなったが、勢いは衰えずに五頭天使を貫く。
貫かれた箇所から身体が瞬時に凍り、五頭天使は氷像となって砕けていくのであった。
「あぁ、時が見えまつ。巻き戻し、巻き戻しをお願いしまつ。ラララァ〜」
呆然とした表情で幼女は五頭天使が倒された光景を見て呟く。皆の力で勝ったので、喜んでいるのだ。たぶんそう。
五頭天使が倒されたと同時に、モニターを睨むように見ていたが、結晶石、オリハルコンとしか表記されていなかったから、やり直しを求めたいなんてことはあるわけない。
「あ〜、固定ドロップだけなんだぜ?」
「あぁ、時が見えまつ。これが新人類への覚醒でつね」
フラフラと小柄な体を揺らして、幼女は戦いの虚しさに涙するのであった。
「なんで? なんで固定ドロップだけなんでつか? ハッ! もしかちて扉をくぐり直せば、またポップしているかも!」
すぐに気を取り直して、考えを口にする。きっとそうに違いないと、元来た扉に急いで、てこてこと駆けていく。
もちろんポップはしなかったが。




