228話 お疲れの黒幕幼女
月光街。タイタン王国の元スラム街を開発した街区である。王都どころか、他国でも見たことがない様々な商品を取り扱い、斬新なお店が建ち並ぶ。
その中で下級貴族程度のお屋敷が建っている。小さなパーティーぐらいなら行える程度の広さを持つ、センスが良いお庭。ガラス窓を使われている煉瓦仕立ての小さなお屋敷。
知らない人ならば、下級貴族が持つよく見るお屋敷だと気にもせずに通り過ぎるだろう。だが、実際は違う。
王都50万人を支配しているといっても過言ではない者が住んでいるのだ。
巨万の富を持ち、並外れた武力を抱える月光商会。
その当主である幼女が住んでいるお屋敷である。紳士たちなら、支配してくれてありがとうございます。幼女万歳と、幼女党を作るに違いない。
そんな凄いお屋敷の寝室にスヤスヤと可愛らしい寝顔を見せてちっこい幼女がベッドで寝ていた。とっても可愛らしい幼女である。中の人? 中の人は永眠したかもしれないから、幼女である。誰に聞いても幼女しかいないと答えるに違いない。
可愛らしい黒目黒髪、ちょっとキツめの目つきがやんちゃさを思わせる世界一可愛らしいちっこい体躯の幼女である。
その幼女の名前はアイ。アイ・月読といった。月光商会を統べる世界を裏から支配しようとする黒幕幼女である。
黒幕が幼女なんて、なんて素晴らしいのだろうか。素晴らしい幼女の世界である。幼女の世界と言っても、幼女だらけというわけではない。紳士たちは血涙を流して悔しがるだろうけど。
ふわぁと欠伸をして、アイはお目々をぱちくりと開けた。窓の外をちらりと見ると明るい陽射しが差し込んでおり、もうお昼ちかくだとわかる。そろそろ起きなきゃと、ふわふわ羽布団を押しのけて、ん〜と、腕を上げて伸びをする。
とっても可愛らしい寝起き姿に、盗撮者はバタリと倒れてしまうだろう。カメラドローンを防ぐ方法はないのかな?
「最近忙しかったでつし、ゆっくりするのも良いでつね」
幼女らしからぬセリフを呟いて、んしょとベッドから降りる。最近はお休みもせずに働いてばかりであったので、久しぶりにお休みを取ることにしたのだ。しばらくは休暇の予定。幼女は働きすぎは駄目なのだ。
南部地域はディーア王国の破綻で混乱しているらしいが、スノーからのヘルプはルーラとザーンにお任せした。ブンカンたちもいるし、新しく雇ってもいるし、なんとかなるだろう。
「結局、ディアナ女王とは会いませんでちたね」
てこてこと洗面台に向かいながら呟く。
「まぁ、オープンワールドゲームとかでよくある話だよな。たくさんあるストーリーをこなしていくと、放置されちゃうストーリー。高レベルになった後にそのストーリーをやるとレベルが高すぎて楽勝になっちゃうの」
もぞもぞとアイの髪の毛から妖精マコトが寝ぼけ眼で顔を出す。踏み台に乗り、蛇口を捻り水を出しながら、洗面台の姿見越しにマコトへと視線を向ける。
「おはようでつ、マコト」
「おふぁよ〜。う〜眠たい」
挨拶を返して、歯ブラシを持って歯磨き粉を塗り塗りして、歯を磨き始める。いくら寝たら健康体になると言っても、身だしなみは整えないとね。
異世界で流行らせたい一つ。歯磨きをゴシゴシ幼女はし始めて、今日はどうしようかなと考える。しばらくはのんびりとする予定だ。商売のことは忘れよう。幼女はお遊びしちゃうのだ。
「市場に行って、どんな様子か観光しまつか」
「全然仕事から離れていないんだぜ」
マコトが呆れた声で、フヨフヨと浮いて自分用の爪楊枝みたいな歯ブラシで歯を磨き始める。
俺的には観光なんだよ。良いじゃん。
「おあよ〜」
ナイトキャップを被って、ぶかぶかのパジャマ姿の幼女は部屋に入ってきたメイド二人に挨拶をした。もう自分一人で歯磨きをできるんだよと、ムフンと得意顔だ。
アイ5歳。一人で歯磨きをできる良い子なのである。
「おはようございます、アイ様。もう歯磨きは終えたしまったのですね?」
メイドの一人、マーサがにこやかな笑みで言ってくるので、コクリと頷く。
「顔も一人で洗えまちた。あたちは良い子なので」
ムフフと幼女スマイルで威張っちゃう。凄いでしょ。
「魔道具がないなら凄いと思うよ、アイちゃん。でも歯磨きって歯がピカピカになって気持ち良いね」
もう一人のメイド、ララが元気に言ってくるので、そうでしょと笑みで返す。何気に歯磨きの習慣もこの世界にはなかったのだからして。ちなみに魔道具がない場合は、水を汲むところから始めないといけないので、幼女には無理である。
歯磨き粉の開発に苦労したよ。一番人気は驚きのミント味。やっぱり定番が一番受けるんだね。何より口臭が無くなるのは画期的らしい。貴族にも平民にも大人気となっています。
そりゃいつも焼き肉とか、獣臭いもんを食べてれば口臭はきつくなる。歯磨きが流行るのは当たり前の結果であったか。
テンプレ異世界小説で、歯磨きを流行らせた話はなかったなぁと思いながら、身だしなみを整えてもらうために、椅子に座る。マーサが櫛で髪を梳いてくれたあとに、おさげに結ってくれるのを、ボーッと待つ。
最近は忙しかったから、こういう時間は貴重だ。
おさげに結って貰ったら、うんしょと服を脱いで食堂に向かう。メイドたちが早くも窓拭きや床掃除をしているのが目に入るので、労りの声をかけちゃう。
「お疲れしゃまでつ。疲れた時に食べてくだしゃいね」
いつも食糧倉庫に大量にストックしているマカロンを取り出す。マカロンはサクッとして、フワッと溶ける感触が良い美味しいお菓子だが、作るのが凄い面倒なので、お高いお菓子である。
「ありがとうございます、アイ様」
「わぁ、とても嬉しいです」
「大事に食べますね」
「マカロンって、高すぎですよね」
メイドたちが集まってくるので、どうぞどうぞと渡す。受け取ったメイドたちは満面の笑みだ。何気にちゃっかりとララも並んでいたりした。
「皆さん、早く仕事に戻りなさい」
パンパンと手を叩いてマーサが注意するので、はぁいと仕事に戻っていくメイドたち。
ふむ、マーサも成長したなぁと、俺は当初の頃から成長したなと感慨深くする。知り合った頃のスラム街で生きていた苦労をしていた母娘の姿はない。
肌艶も良く元気にしており、部下たちの掌握もしっかりとしているしね。
ポテポテと食堂に向かい、朝食兼昼食を食べることにする。メイドたちがワゴンに料理を乗せてやってくる。むむむ、タイミングばっちりだ。マーサは予想以上に仕事ができるようになっていたか。
「おはようでしゅ。アイおねーちゃん」
んせ、んせ、とワゴンを押しながらポーラが頑張って持ってきた。父親が優しい微笑みを浮かべながら、後ろからワゴンを押すのを手伝っていた。
んしょと椅子に座り、マコトがテーブルに置いてある専用のちっこい椅子に座る。
テーブルにポーラが頑張って置いてくれるので、のんびりと足をパタパタさせて待つ。
フレンチトーストに、ハムエッグ、サラダにヨーグルト、そしてミルクの木から採れたミルクである。ヨーグルトには黄金色の蜂蜜が垂らしており、美味しそうな上に、センスも良い。
「頑張ったりゅ!」
もう一品と、ポーラが顔を輝かせて、鰹節のかかった冷奴を置いてくれた。
「……豆腐を作れるようになったのでつね!」
「うん、レシピどおりにしたら、作れたよ!」
「お〜、おめでとうでつ! 豆腐を作れるようになるとは凄いでつよ」
パチパチ拍手をして、喜んじゃう。どんどん地球の料理を作れるようになってきて素晴らしい。
「この料理に冷奴は」
マコトがヨーグルトの中に身体を滑らせてしまうが、寝ぼけているのかな。仕方ない奴だなぁ。ドロドロになっちゃうぜと余裕の表情でヨーグルトにパクついていた。
「お味噌汁も研究中です。出汁の割合と、煮込む時間、それに味噌とかけ合わせるタイミングも重要ですし」
キリっと真剣な表情となるシェフポーラ。相変わらず、料理のこととなると別人みたいになる幼女である。
「次は料理全体のバランスも教えてあげまつよ。それじゃいただきまーつ」
フォークとナイフを持って、幼女は朝食にかぶりつくのであった。
モキュモキュと朝食を食べ終えて、お昼も過ぎたので市場へと足を運ぶことにする。
月光屋敷の中を歩いていると、大勢の商会員たちが歩き回り忙しそうにしているのが目に入る。屋敷は下級貴族レベルの広さでしかないので、通路を歩く際にぶつかりそうになっちゃう。
「ここも手狭になってきまちたね〜」
「今や南部地域を丸ごと商圏として活動しているからなぁ。新しい屋敷が必要だとは思うんだぜ」
俺の言葉に隣を飛ぶマコトが同意してくる。たしかにそのとおりなんだけどな。躊躇っちゃうんだよな。
「なんだかんだいって、愛着湧きまちたしね。この屋敷。だいぶ手を加えまちたし」
魔道具を始めとして、調度品やら何やら苦労して揃えたのだからして。主に優しい勇者が。
だが、新しい屋敷は必要なこともわかる。それならば、陽光帝国首都サンライトシティに建てようかな。もうあそこを新拠点としても良いし。ここは住居のみとするとか。
「テレポートが使えるようになりまちたしね。このアドバンテージは大きいでつよ」
「テレポートポータルを作るなら、素材はミスリル以上だけど、作ったら問題にならないか?」
拠点と拠点を結ぶポータルテレポート。魔道具で作れるかもだけど……。
「なりまつよ。ちょっと洒落にならないでしょー。バレたら絶対にヤバいやつでつ」
だよなぁと、マコトが頷くが、この話は後にするかな。とりあえずサンライトシティには拠点を建てておくけど。
ま、とりあえず、散歩に行きますか。今の市場がどうなってるか興味深い。あらゆる商品を取り扱っているが、それを手に入れた行商人たちとかも気になるし。
「というわけで、遊び人のアイさんとなりまつよ」
「桜吹雪は幼女には禁止なんだぜ」
お互い顔を見合わせて、ムフフと笑いあい服装を法被に変更する。なぜか祭りでもないのに法被である。背中には幼と刺繍もされている。
「んじゃ、しゅっぱーつ!」
「おう。しゅっぱつだぜ」
二人は手をあげて、意気揚々と街へと散歩に繰り出そうとする。
「親分、少し話があるんですが〜?」
どこかの勇者が声をかけてきたが、今はお休みなのと、キャーと手をあげて、笑顔で逃げちゃうのであった。




