164話 小悪党な勇者は怒る
キツグー家の娘。貴族名簿にも乗せられない、召使いの一人が産んだ娘マユは悲惨な生い立ちだ。
キツグー家に仕えていた母。寄り子である騎士爵の家系の三女として産まれた母は、騎士の三女という貧乏な立場から、同じような立場の者と同じ人生のレールを歩むことになった。
即ち、寄り親や知り合いの貴族の侍女として仕える、である。別にそれ自体が悲惨な人生というわけではない。そのような人生を歩む者はいくらでもいるし、貴族の侍女として仕えるのは、その後の婚活に非常に有利だ。貴族の侍女というブランドはそれだけの価値と出逢いが保証されているのだから。
マユの母親の人生が狂ったのは、顔立ちがそこそこ良く、クズな貴族に仕えてしまい、なおかつその美貌に主人が注目してしまったこと。運がかなり悪かったとも言える。その館にはマユの母親レベルの美貌の持ち主など侍女にはいくらでもいたのだから。
マユの母親を主人がなぜ気に入ったのかはわからない。好みであったのかもしれない。
お決まりのパターン。主人は夜伽を命じ、母親はマユを妊娠して産んだ。さすがに騎士の娘をそのまま捨てるのも外聞が悪いと思ったのか、主人は老いた自分の騎士の一人と母親を無理矢理結婚させた。
そこで騎士と幸せに暮らせればそこで話は終了であったのだが、騎士と母親は数年後に魔物に襲われて死亡した。常日頃領地にいる魔物を間引きをしないために、スタンピードが起きてその際に死亡してしまったのだ。マユのみが幼くか弱い存在であるのに生き延びた。
なぜかというと……。マユには固有スキルがあったのだ。希少なるスキル精霊の愛し子が。その力により救助に来た騎士団が見つけるまで、姿隠しの精霊魔法を無意識に使い、魔物の目から逃れられたのである。
その力を知ったヌウマ伯爵は、マユを引き取った。精霊の愛し子は固有スキルとして希少であり、鍛えれば強力な精霊を操ることができるからだ。
引き取られたマユはその後、数年間、無理矢理に精霊魔法を教えられて……。精霊の愛し子スキルがさらに希少なるスキル。小さき精霊の愛し子スキルだったと判明してしまった。マユは初級精霊を扱える腕には特筆するものがあったが、中級以上の精霊は扱えないスキル持ちだったのである。多少の水や炎、風を操ることしかできないマユに、ヌウマ伯爵は怒り狂いそれでも多少は役に立つかと、そのまま捨てることもしなかった。
マユのスキルはデメリットがあるが、それでも希少なるスキルであったことと、マユを引き取る際に周りへと美談めいた話として吹聴していたからである。
捨てられていた方がマシであったろう。スキルの力は初級精霊魔法しか使えないが、それでも他の人は使えもしないのだし、色々と役に立つかと思われた。捨てられれば、もしかしたら幸せに生きる道が見つかったかもしれない。
実際は籠の中の鳥であり、餌を与えることを渋るヌウマ伯爵により、カチカチの黒パンと薄味の塩スープが毎食であり、召使いのように使われて、希少なる精霊魔法使いが手に入るかと思ったのにと、ちょくちょく殴られていた。
そして、その悲惨な人生は今日という日に極まっていた。急に機嫌の悪いヌウマ伯爵に呼び出されたのだ。……ヌウマ伯爵を父親だとは思ったことはない。いつも出来の悪い家畜だと罵る男を父親とは思えない。
呼び出されてなんだろうと考えていたら、どう見てもマトモな職についていなさそうな髭もじゃの大柄な体躯の小悪党にしか見えないおっさんの妻になれと言われたのだから。
ヌウマ伯爵とあくどい作戦を話し合うこの男の嫁になるのかと、この間12歳になったマユは己の身を嘆く。
「好色そうで、金遣いが荒そうで、乱暴そう……。私の人生はここで終わりかぁ……」
呟いて、お腹が空いて身体をふらつかせる。枯れ木のような細い身体がめちゃくちゃにされるのだろうと、目に涙を湛えさせて、二人の会話をマユは聞く。
「月光屋敷にあんたらを誘い入れろってのか? あそこには腕の良い傭兵がたくさんいるぞ? 近所で評判の勇者ガイと噂のあっしには大幅に劣るがな。あっしは超有能な男だし、比べるのが悪いんだが」
超無能そうな、勇者と名乗る小悪党。ガイと言うらしい。勇者ってなんだろ? 頭の悪そうな小悪党のことを言うのかしら?
ガイが目を細めて、静かな声音でヌウマ伯爵へと尋ねると、ヒキガエルでもマシな鳴き声だろう酷くくぐもった声音でヌウマ伯爵は良く肥えた豚のような身体を揺らす。
「ふん、安心しろ。手強い奴らだとの情報は得ている。潜入には私の息子も一緒に行く。セクアナ神の神器、浄化の水剣の使い手がな。それに私の手駒たる騎士団もだ。こいつらは潜入に慣れている。不意をついてあっという間に月光屋敷の者たちを皆殺しにできる」
そろそろブヒーと鳴き声をあげたらどうかしらと、マユがぼんやりとその話を聞いていると、髭もじゃの小悪党は真剣味が混じった視線に変わる。
ヌウマ伯爵の息子。相手を甚振ることが趣味な最低の性格の男だ。自慢げに腰に手をあてて、これみよがしに神器を見せびらかしている。
なぜこんな男が神器を使えるのか不思議に思う。そこらのゴブリンでも使えるんじゃと疑っていたが、以前に反抗しようと神器を盗んだ召使いが鞘から抜くこともできなかったことから、持ち主は選ぶらしい。セクアナ神の男の趣味は最悪なのだろう。たぶんマッチョが趣味なのだ。オーガなら操れるんじゃないかと、疑っている。
「はぁん? それで偶然生き延びたあっしがナンバーワンになると?」
ジッと神剣を見つめて小悪党が尋ねると、気色の悪い笑みでヌウマ伯爵は話を続ける。
「神器を使うのは業腹だが、あそこには魔道具が揃っているからな。万一があると困る。どうだ? 良い話だろ?」
用心深い男なんだよね……。見かけによらず。傲慢な所がなければ、もっと悪どくなっていたと思う。
「あっしが月光商会のトップになって、賭けで手に入れたあんたの塔や湖の賃貸権を還すってわけか」
「話が早いな。貴様の商会となったら、商品は私が扱ってやる。そこのマユを嫁に迎えれば、形式上親戚と言うことにしておく。貴様にとっては降って湧いた幸運だろ? 場末の酒場で酒をすすることもなくなるだろう」
あぁ、どうやら悪巧みの内容は商会乗っ取りらしい。私でも聞いたことのある月光商会を乗っ取る悪巧みだ。私は餌みたい……。嫌だと泣き叫んでも無駄だろう。でも……悲しい。
小悪党がこちらにのしのしとやってきて、ごつい手を向けてきて、殴られるのか、髪の毛を引っ張られるのか、なにか酷い目にあうのだろうと、ギュッと目をつむり拳を握る。
だが、予想と違って、ポンポンと優しく頭を撫でられた。え? と、その予想外のことに目を開くと、小悪党は髭もじゃの顔に優しい目をして私を見ていた。
「子供を助けられて良かったぜ。これだけで来た甲斐があったな」
肩をすくめて、口元を笑みに変える小悪党な髭もじゃ。
「もう大丈夫だ。あっしたちが助けてやるからな。セフィ、豚貴族たちを片付けるから、その間、この嬢ちゃんのことを守ってくれ。っと、マユだっけ? あっしは勇者ガイ。子供たちを守る勇者でさ」
「えっと……私はマユです?」
その力強い微笑みに、私は思わず小首を傾げてしまうのあった。全然悪どそうに小悪党さんは見えなかったので。
「ガイ、相手は神器持ちですよ。その力は普通の敵とは違います。私がやりましょうか?」
何もない宙から突如として声が発せられてギョッとする。何もない空間から滲み出るように、翅を生やした小人が現れた。妖精だ! 妖精が現れたのに、私以外は誰も妖精を見もしないし、気にする様子もない。なぜなのだろう?
「何言ってんの? ここは勇者ガイの活躍するイベントだから? 時と地下行きの扉の中で鍛えたあっしの力を見せる時ですぜ」
肩をぐるぐると回して、首をコキコキと鳴らしてやる気を見せる小悪党さん。でも、相手は神器の使い手。弱そうな小悪党さんでは、一撃でバラバラになっちゃう。妖精は強いと聞いたことがあるから、小悪党さんを助けてくれないかと見つめるが
「ほう……たしかに以前とは別人のような強さになっていますね。わかりました。私はこの少女を守りましょう。見せてもらいましょう、ライバルの成長というものを」
腕組みをして、私の肩にちょこんと乗ってしまった。助ける気はないらしい。小悪党さんは強いのだろうか?
「ライバルはやめておきます。お返ししておくからな? マコトだけにしてくれ」
早くもヘタレっぷりを魅せてくれる小悪党さん。やっぱり弱そう。
小悪党さんは、斜に構えて豚蛙伯爵を睨んで口を開く。
「だが断る! あっしはNOと言える男なんでね」
ハッキリとした口調で、ヌウマ伯爵へと返答を返すと、伯爵は呆れたように口を開き、ガイの返答を鼻で笑った。
「スラム街では多少やるみたいだが、神器の使い手の力を知らないみたいだな。まぁ、良い。おい、そいつを少し痛めつけてやれ。すぐに意見を変えるだろうからな」
クイッとブヨブヨの顎を上げて合図を出すと、ガイの後ろに立っていたチンピラたちがニヤニヤと薄ら笑いを浮かべて、拳をパキパキと鳴らす。
「へい。こんな小悪党に騎士様の手を借りるまでもありませんぜ。俺らが傷めつけてやります」
5人はいるだろう。チンピラとはいえ小悪党さんは負けそうだ。強そうなハッタリは効かないよと、妖精さんに小悪党さんを助けてもらえないかと見つめる。
「ふむ……観戦にはポップコンコンという物と、祭壇が必要らしいのですが、持ってますか?」
たしかセフィという名の妖精さんは呑気そうに変なことを言う。なにそれと、そんな場合ではないと抗議の声をあげようとしたら
「塩味と甘いキャラメル味があるぜ。どっちを食べる? ちなみにサイダーな、祭壇だと儀式になっちゃうだろ」
宙から滲み出るようにもう一人妖精が現れて、食べ物らしきものをセフィさんに手渡してきた。え? え? と周囲を見るが、妖精の姿が目に入っているのに誰も気にしてはいない。な、なんで?
「ありがとうございます。甘い方で私は良いです」
セフィさんはパクリと自分の顔ぐらいあるへんてこな豆みたいのを頬張り始めて私を見る。
「ゆっくりと見物しましょう。認識除外の魔法を唱えましたので邪魔は入らないでしょうし」
「それに、ガイの奴。珍しく怒っているみたいだからな。お、このポップコーン良く出来てるな」
のほほんとアホそうな雰囲気の妖精さんがポップコーン?を食べながら言う。
あの小悪党さんはパンチ一発でやられちゃうと言おうとしたら
「げ」
「がふっ」
「グヘッ」
苦悶の声をあげて、チンピラたちが蹲り倒れていた。え? なにが起こったの?
「あっしは少し怒っているんでね。命を失っても文句を言うなよ」
恐ろしい程の殺気を見せて、周囲を小悪党さんが睨むのであった。……どうして弱そうだと思っていたのだろう。
マユは戸惑う。
なぜならばそこにいるのが竜だと言われても納得する程の威圧感を小悪党さんは出していたので。




