157話 ドレスを縫う黒幕幼女
タイタン王国の王都にある月光街。その中で一際大きい屋敷がある。有名な月光屋敷である。とはいえ、下級貴族程度が住むちょっと大きな屋敷だ。元がスラム街にあった屋敷を改築したので、そこまで目立つ屋敷ではない。窓ガラスを嵌めてあるのが、自慢になるかもしれない程度だ。
ちょっとした庭にちょっとした屋敷、何も知らない人がこの屋敷を見かけたら、小金持ちの人が住んでいるのだろうなぁと思うだけだ。大商会の屋敷の方が大きな屋敷を持っている可能性もある。
だが、中に住む人はちょっとした小金持ちレベルではなかった。恐らくは王都でも有数の力を持つ人である。というか、幼女である。
黒目黒髪で、艷やかな髪の毛をおさげに纏めて、少しだけキツめのオメメをしているが、悪戯っ子に見えて可愛らしい幼女だ。
そんな幼女は裁縫部屋で、ふんふんとご機嫌におさげをぶんぶん揺らしながら、布を手にとって眺めていた。
「本国は大変な物を作りまちた……。結晶魔綿布でつ。キラキラで綺麗でつね」
綿布であるが、当たる光の角度によって、まるでシルクのように色艶を変える。感触も滑らかで、いつまでも触っていたい心地良さで、なんとなく聖なる感じを与えてくる。今は白いが染め方によって、また与えてくる感触も変わるだろう。
「凄いね、アイちゃん! これをドレスにするの?」
ララが興味深そうに、触らして〜と手を伸ばすので、どうぞと笑顔で渡す。
「ふわぁ〜、なにこれ? まるでまるで……生クリームを触っているみたい!」
「ララの語彙が貧困なのはわかりまちた。あと、生クリームをつまみ食いしてるのも」
つまみ食いでもしなければ、生クリームを直接指で触ることなんかないよねと苦笑するが、別にいっか。
周りのメイドたちもきゃあきゃあと騒いで、私にも触らせてと手を伸ばしてくるので、耐久性はあるけど気をつけてねと許可を出す。
皆が物珍しそうに見ている中で、数人のメイドが目つきを鋭くして眺めていたので、こういう何気ない行動でスパイってわかるんだよねと、内心でほくそ笑む。後でイスパーに調査してもらおうっと。監視スキルの無効化が可能になったので、ようやく情報漏洩を防ぐための行動がとれるようになったのだ。
「アイ様、これも綿布なのですか? なんというか、格が違う感じですが……」
躊躇いがちにマーサが聞いてくるので、頷き返す。たしかに見かけが違いすぎるから疑うのはわかるよ。
「最近、本国は新技術の開発にせーこーしたそうでつ。その内の一つがこの結晶魔綿布でつね。多少の魔法耐性を持ち、なにより見かけが美しい逸品。今なら二枚で2割引きに、っとと、そうではなく、通常の綿布の10倍以上の値段となりまつが」
ついつい商品紹介の商人になっちゃう幼女である。
「アイ様の母国は凄いですね……。このような物を作りあげるとは……」
言葉につまり、驚愕の表情を隠さないマーサや、他のメイドさんたち。ララはそんなに高価なんだと、布を眺めている。
「何気に魔法もかかっているよね、これ?」
魔眼を使ったのであろう、ララが俺へと確認してくるので、フンスと息を吐いて胸をそらしちゃう。
「当然、身軽、寒さ、炎耐性をつけてありまつよ。魔法付与はプロテクションとレジストマジックを予定していまつが……。魔法付与……付与したい魔法を覚えているか、他人に使って貰わないと付与できない弱点があるとは……。がっかりでつ」
当面、自身のみで魔法付与は使えないなと、意外というか、当然の仕様に肩を落としたアイである。まぁ、妖精たちに手伝って貰えば、魔法道具は色々と作れるだろう。アホそうに見えて、アホだけど魔法の知識が凄い妖精が一人いるし。
「ふわぁ〜。凄いね〜」
「魔法付与はドレスを本国に送る形ですか?」
「魔法付与ができる人材が来る予定でつので、その人にお任せしまつ」
自然に見える形でメイドがララの言葉に合わせて聞いてくるので、気軽に返しておく。一つのアイテムに魔法付与をする時間は数日で終わるのだ。タイタン王国の魔法付与の大家、フラ……フラ……フラダンス侯爵とはレベルが違うのだよ。ウハハハ。
フラダンス侯爵だと、踊りの大家のような感じがするけど、魔法付与スキルを手に入れた今、もはや必要はないのだ。
メイドたちがザワザワと驚きながら話し合う。魔法付与の人材がくるなんてと。
「ヘヘッ、あっしも魔法付与の使用許可がでましたからね。あっしも魔法付与が使えるんでさ。コンロとかできちゃうかもな〜」
裁縫室でただ一人女性の中に混じっているおっさんがさり気なく口笛を吹きながら呟く。ソワソワと周りを窺う小者っぷりを見せていた。チラチラと視線を向けて、斜め横の立ち位置で髭もじゃの顔を得意気にしながら。
そう、ついに新型へとガイは変わったのだ。強敵を前にしてとか、これからの苦難を前にしてとか、漫画や小説でよくある盛り上がるイベントもないまま。
さり気なく量産型の機体が配備されているように、モブなおっさんには相応しい。
新型を作るには、よく考えないとだしね。装備の問題もあるし。
と言う訳で、新型ガイはこんな感じ。
ガイ
職業︰山賊デルタ+
体力︰900
魔力︰900
ちから︰150
ぼうぎょ︰150
すばやさ︰150
特性︰呪い無効、精神攻撃無効、寄生無効、鷹の目、浮遊、怪力、ホバー疾走、身軽、万技
スキル︰格闘5、拳技5、蹴技5、斧術6、片手斧術3、剣術5、片手剣4、両手剣術4、短剣術4、弓術3、槍術4、鞭術3、盾術3、鎧術3、闘気法3、魔装2、操糸術5、投擲術4
火魔法5、雷魔法5、水魔法5、回復魔法2、支援魔法3、セージ4
無詠唱、魔法操作、空中機動5、騎乗術3、気配察知5、気配潜伏3、盗術4、罠感知3、罠解除3
鍛冶7、錬金術7、魔法付与5、魔獣工7
装備︰赤竜の斧(攻撃力215 斬撃+) イフリートのからくり武器(攻撃力75 剣、槍、弓、杖、鎚、糸に変形可能)、氷炎の毛皮(防御力80 炎氷大耐性)、赤竜の鱗帷子(防御力190 物理、魔法耐性+)、赤亀のシールドガントレット、(防御力60 物理耐性中)エアーポニー(ポニー、名はスレイプニル時速180キロ)、氷炎の角笛、自動修復、自動帰還
まずは特性。鷹の目はもったいないので、結晶小石100で取得。身軽も結晶中石10で取得。霊から浮遊、スノーオークウォーリアを使用して怪力、ホバー疾走を手に入れた。万技は職業ボーナスらしい。覚えている武技をどんな武器でも使用できるとか。でも、武技って、その武器にあった技だから、死にスキルっぽい。
問題はスキルだ。作ってみてわかったが、斧以外5以上に武器も魔法スキルも上げられない。たぶん職業制限なのだろう。生産系も魔法付与を5から上げられなかった。専門職でないと限界は5っぽい。山賊はサマルなキャラにしたいので、限界突破があるのを祈っておく。
武器は赤竜の骨とドレイクの爪を組み合わせて斧、イフリートの欠片、鬼の角7、赤鬼の角、赤竜の血にて、万能変形武器をゲット。通常は腕輪タイプとなっている。雪鰐の鱗、もふもふの炎の羊毛にて、羽織る毛皮を作り、赤竜の鱗で鱗帷子、赤亀の甲羅でシールドガントレットに。炎の羽でポニーを飛行可能にした。氷炎の角笛は炎の角笛に凍石と炎石を使ったものだ。使用すると一日3回だけ、氷か炎のレベル4相当のブレスを吐く、もしくは仲間に氷、炎耐性を付与できる。
ステータスも高くなり、これなら紅蓮を相手にしても、タイマンできそうな強さを手に入れたガイである。
紅蓮は試作初期型ってことは、コストを下げた量産型が大量にこれからの戦いで出現するかもだから、思い切って超高性能機体にしたのである。
ガイ本人はゼータじゃないのと、不服そうであったが。
竜の鱗帷子に毛皮を羽織り、角笛を首から下げるごつい体格の髭もじゃのおっさん。どこからどう見ても勇者にしか見えないので、幼女はパチパチと拍手をして、祝福したんだけど、なにが不服だったんだろうね?
とりあえずはガイだけ新型にしておいた。戦闘評価もしてみたいし。
ガイは常に試作型となるのだが、別に良いよね? デルタってことは金ピカの失敗作じゃないですかいとも言ってたけど、百な式より、飛行形態になれるデルタの方が俺的には優秀だと思います。
「ガイさんは魔法付与を使えるのですか?」
「素敵〜っ!」
「今度見せてください」
きゃ〜、と黄色い声をあげてハイエナたちが群がるが、持っている魔法しか使えないから。エンチャントを利用したコンロを作れるぐらいだから、その髭もじゃ。
ま、他にもしょぼくても生活に役立ちそうな道具は作れそうだから、いっか。チヤホヤされて、ついに俺の時代がと口元をによによさせるおっさんであるが
「ガイ様の魔法付与はアイ様の許可がないと使えないのですか?」
「魔法の道具は危険な物にもなるので、許可せ〜でつ。簡単には許可はだせましぇん」
冷たい口調でのマーサの問いかけに、幼女が舌足らずの口調で答えると、なぁんだと、ハイエナたちは元の立ち位置に戻るのであった。
ええっ、もうモテ期は終わり? とガイが悲しい表情で俺を見てくるが、その前にマーサの表情に気を使った方が良いぞ。
「まぁ、魔法付与なんてオマケでつ。それよりもドレスを作りまつよ! ガイ、気合いをいれなしゃい!」
ミスリル製の針を手に、アイはフンスと鼻息荒く立ち上がる。魔法付与なんて、ドレスの美しさにまったく関係ないのだからして。
「へい! お任せくだせえ! 幼稚園児に相応しいドレスを作りまさ!」
「あたしは応援するぜ!」
「妖精隊も準備は完了!」
マコトが捩りはちまきをしながら、応援のために扇子を振り、この間の訪問からちっとも帰らないセフィと縫製が趣味な妖精たちが、ワッと楽しげに声をあげる。
全員が布を持つと、好き勝手に裁断したり、縫ったりを始めてしまう。幼女がジョキジョキと布を切ると、その端から妖精が群がり縫っていく。山賊は人間を超えたステータスから生まれる器用さと速度で、フリルをつけて細かい刺繍をしていく。
まるで戦場のように忙しいその光景。縫製の光景とは思えないので、メイドたちは口元を引きつらせて、縫製ってこんなんだっけと顔を見合わせて戸惑う。
「おやつも持ってきたよ!」
ワゴンにドーナツとケーキにプリンを乗せて持ってきたララの言葉に、一斉に妖精たちが群がる。この3つは一緒に持ってこないと妖精たちは喧嘩をするらしい。
セフィが背中の白抜きの丸の中におかしと書いてある赤い服を着込み先陣をきっておやつにかぶりついていたが、以前よりもその動きが速くなっているのは気のせいだろうか。
アホなところがパワーアップしたのは、アホな妖精のせいで間違いない。
なんにせよ、一時間もしないうちに、幼女のドレスは仕立てあげられた。ガイが地道にバッカス都市から贈られた宝石をちまちまとつけているが、全体的には出来上がり。
「妖精とコラボして作り上げた逸品でつ。夜会で目立たなければ良いでつけど」
クフフと口元におててをあてて、満足気に黒幕幼女はほくそ笑む。貴族の夜会、楽しみである。以前とは月光も変わったのだ。もはや遠慮は少しだけすれば良いだろうと、ハウゼンからの招待を待つのであった。




