11話 黒幕幼女はお金が欲しい
タイタン王国。逆さまにした壺のような領土を持つ王国だ。北は広大な平原が広がり、豊かな耕作地となっている。魔物が存在する平原のほんの一部ではあるが。
平原の周囲を長大な山脈に囲まれて、山から川がいくつも平原に流れてて生き物の生活を支えており、壺の蓋に置ける要所には王都が存在し、王都の東西は凶悪な魔物がひしめき合う森林が存在する。その為、北と南を繋げる道は王都を通らなくてはならなく、交易都市としても栄えているのだった。
本来は南の領土もタイタン王国のものであったが、以前に悪政をした王のせいで反乱が起こり、地域の独立を許し、以降は他国として隣接されているとか。
神器が都市である王都は落とされることがない強固な都市でもあり、南から北へと反乱軍は進めることができなかったらしい。
今は友好的な関係としているみたいだが、タイタン王国は再び領土を取り戻すために南征を諦めていないと、専らの噂。
そんな王都の北西、北東、南西、南東に存在する4つあるスラム街の1つ、南東のスラム街の小さな区画に変革の風が吹こうとしていた。
様々な人の迷惑を考えずに、幼女の風が吹こうとしていた。フーフーと幼女がおくちで風を吹いていたら、喜ぶ紳士がいるかもしれないけど。
アイはボロい今にも崩れそうな隙間風が吹く家の中で、不機嫌そうにやはり今にも壊れそうな椅子に座りながら考え込んでいた。
「お金がないでつ」
む〜んと幼気な表情を顰めて、悲しいことを口にする幼女。貧乏がいかんのやと、胡散臭い関西弁でテーブルを眺める。
テーブルにはジャラリと山程の通貨があるが、全然嬉しくない様子。なぜならばその殆どは銅貨であるからだ。銅貨を金貨に両替したら10枚ぐらいにしかならない。
「まぁ、社長が夢見る組織としては、ショボいよな。社員一名なんて、零細企業もいいところだぜ」
テーブルの銅貨を蹴って、妖精マコトが口を曲げて言う。
「金が無いと大変なんだぜ。あたしも昔どれぐらい苦労したことか……」
なにかしらマコトには悲しそうな過去がある模様。
「常に一発逆転を狙って、全財産をかけてきたのに、なんでこんなことに、畜生め。社長には期待しているんだぜ」
悔しそうに失敗する典型的な負け犬の言葉を吐くマコトに、悲しそうな過去はないなと、アイは思い直す。一発逆転を狙うのは一度きりじゃないとと、アイは持論があるのだ。
一発逆転を狙って、幼女になってしまったアイの言葉だから説得力は天元突破であるだろう。
「しかし、ねぇもんはねぇですぜ? 無い袖は振れないってやつでさ」
反対側に座りながらガイが言ってくるが
「そんなことはわかってるでつ。金稼ぎの方法がひつよーなんでつよ」
「ぐはっ!」
ていっ、と銅貨をちっこいおててで掴んで、ガイへと投げる。幼女らしからぬスピードの銅貨がガイの額に当たり、痛そうに椅子から転げ落ちる。
その様子を気にも止めないで、アイは困ったように机に突っ伏す。ちなみに幼女のために脚を高くした椅子なので、ちっこい身体でもテーブルに手が届く。
「唯一の社員として提案をしてやるぜ。異世界物のテンプレ、社長のスキルで砂糖とか香辛料を作って売れば大儲けなんだぜ」
マコトが銅貨の山にちょこんと座って、挙手をしてくる。ええっ、あっしは社員じゃないのとショックを受けた表情で、ガイが額を押さえながら椅子に戻っていたが、ガイは備品でしょ。消耗品として管理をしています。
非道なる幼女は、パタパタと手を振って妖精の意見を却下する。残念だけど、その考えは俺ももった。この世界がライトな異世界なら考えたんだけどなぁ。
軽く嘆息して、フリフリとちっこいおゆびを振りながら理由を語っちゃう。
「ハードな異世界だと、それは危険でつ。砂糖とか香辛料、この都市に到着して見たことがないでつ。高価なのはわかりまつよね?」
「あぁ、だから高く売れるんじゃないのか?」
マコトがコテンと首を傾げて、疑問を口にするが高価なのは間違いないと思う。いや、きっと高く捌けるはずだ。
「この異世界。砂糖とか香辛料があるか極めて疑問なんでつ。あるとしても、物凄い高価。それをふらりと現れた行商人が売るとしたら、どうしまつ?」
かてーきょーしアイ爆誕。眼鏡があったら、クイクイと動かしながら、得意げに説明していた幼女である。
「えっと、伝手は無いから都市の商人に売る、ですかい?」
幼女コインアタックは結構痛かったのか、額をさすりながらガイが答える。
「都市の商人は高価な砂糖とかを誰に売るんでつか? 平民では手が出せないとしたら」
「そりゃ、貴族……そっか、大商人のバックには必ず貴族がいるんだよな。貴族が金のなる木を見逃すはずがないか」
マコトがポンと手を打ち、ガイはどういう意味ですかいと俺とマコトを見てくるが、二人共スルーした。気にせずに話を続けちゃう。
「そのとおりでつ。ライトな異世界なら、相手の商人は秘密は守りますとか、特に出処を気にしないか、気にしても仕掛けてくるのは商人のゴロツキ程度だから、あっさりとやり返せまつが、この異世界はたぶん違いまつ」
「たしかにどこから来たのか、交易ルートを奪おうと貴族ならしてくるだろうなぁ。特に交易に力を入れている貴族なんかは」
「そうでつ。なので、取引するとなると貴族を押し返せる武力を持つか、取引のたびに完全に姿を隠せるスキルとかを持っているキャラでないと危険極まりないのでつよ」
あぁ、俺も優しい異世界が良かった。出処を全然気にしない商人がいる異世界が良かったよ。商人として、少しは出処を探らないのは失格じゃねと元行商人なウォーカーの俺は思うけど。
アイの祈りはそんなイージーモードな異世界じゃなかったから諦めてと、女神様の笑う声で返ってきた気がするが、気のせいと思いたい。
「そりゃ危険ですね。それじゃどうするんですかい?」
「だからそれを迷っているんでしょ。とりあえずケインたちを呼んでくだしゃい」
解決策は現地人へと尋ねるのが1番だと、ガイへと命令を下すアイ。きっとなにかしら金策が……あると良いなぁ。
おっと、謎の支部長を演じる準備をしないとね。皆がやってくる前に楽しそうに準備をする幼女であった。
ぞろぞろとガイに呼ばれた虎人たちがやってきて、部屋の中央を見て驚く。ボロい椅子に座って、黒いドレスを着込む可愛らしい幼女がいた。それに加えてその肩には妖精が座っており、しかも床には無造作に銅貨の小さな山が放置されていたからだ。
「ようこそきまちた」
アイはフンスと息を吐いて胸を張るが、銅貨の小さな山とボロい椅子に、ひび割れた壁で内装は燭台もなく灰だらけの暖炉がある部屋では、ごっこ遊びをしているようにしか悲しいかな見えなかった。
本当は金貨の山に、豪華な内装といきたかったのだが、何もないので仕方ないと幼女は我慢する。我慢ができる良い子な幼女なのだ。
アチャーとマコトが片手で顔を覆い、もう少し舞台は金をかけないと恥ずかしいぜと、呟いていたが、その金を稼ぐためなのだ。
子供のごっこ遊びに付き合うのは大変だろうと、マコトが虎人たちを見たが、意外なことに真剣な表情で緊張状態で身体を硬くしながら、膝をついた。
マジかよと、自分で用意しておいて、ショボさに呆れられるだろうとアイは少し思っていたので、驚いちゃう。驚くぐらいなら、やらなければ良いと思うのだが、幼女は黒幕をやりたくて我慢できなかったのだ。我慢できない悪い幼女なのだ。
だが、環境が違えば、常識の基準も変わる。ケインたちは銅貨の山を見て、こんなに大金がと驚き慄いていた。いや、一人だけ驚いていない女性がいたことにアイは気づく。
ララは頭が良かったので、側付きにしたのだが、同じくララを育てた母親も側付きにした。その母親は冷静であった。たしか……名前はマーサ。赤毛の女性で今は薄汚いが、磨けばそこそこの美女になりそうな細身の女性だ。
教養がある理由は元メイドだった母親から教わったと、ララはペラペラと話してくれたので、理由はわかる。その銅貨の山がどれほどの価値があるか冷静に判断しているのだ。
格差の大きいハードな異世界ファンタジー。貴族に仕えていたマーサにはたいした金額にも見えないのだろう。
「私は月光の支部長アイ。挨拶はいりまちぇんでしたか」
「あたしは副部長のマコトだぜ! よろしくな!」
くるくるとアイの肩の上で舞いながら、マコトはノリノリで決めポーズをビシッととると、へへーとケインたちは頭を下げる。そしてガイは副部長でもなくなり項垂れた。
アイたちは知らなかったが、後でなんであんなに驚いていたのか理由を聞くと、妖精が仲間にいたこともあったかららしい。
妖精族は滅多に人里に下りないし、皆がその小柄な体躯に似合わない騎士をも倒す強靭な身体能力と、熟練の魔法の使い手でもあるそうな。
小柄な体躯で素早く動き、敵をその身体能力と魔法で敵を倒す妖精は恐れられて、そして憧れもされていた。英雄と共に強大な魔物を倒す物語には妖精がしばしば出てくるので。
マコトは攻撃力を持たないのだが、言わなければバレないので、問題はないだろう。
なので妖精を配下にしている月光という組織を恐れたケインたちである。
たった2名の零細ブラック企業月光は、巨大企業に見た目は見せていた。詐欺師の作る幽霊企業とだいたいやり方は同じである。
「さて、君たちに尋ねたいことがありまつ。っと、とりあえず、試験をしまつね」
銅貨の山を指さしながら、俺は口を開く。ちょっと感心しながら銅貨を見るケインたちの視線に不安を覚えたのだ。金を稼ぎたいと尋ねたら、銅貨を稼ぐ方法を答えてきそうなので。
金を稼ぐ基準が大幅に違うと困っちゃうのだ。俺は金貨を欲しいのだ。
「この山は金貨にするといくらになると思いまつか? 近い金額を言った人間は褒美にこの山の銅貨を一掴みあげまつ」
その問いに、頭の悪い部下たちは勢い込んで答えてきた。ご褒美に釣られて身体を乗り出しながら、皆がそれぞれ答えを口にする。
「1000枚です!」
「1200枚?」
「1500枚!」
「たくさんです!」
素晴らしい答えに涙が出てくる。俺の部下なんだぜ、こいつら。
「はいっ! 20枚ぐらい?」
ララが手を挙げて元気よく答えてくる。その答えに他の奴らが馬鹿にしたように、そんなことはないだろと視線をララへと向けるが、お前らが馬鹿だからね。
ララだけかぁと、ガイが答えたくてソワソワしているのを無視しながら、ご褒美をあげようと思ったら、ララを手で静止してくる人がいた。
「恐れ入りますがアイ様。なぜこの程度しか資金がないか尋ねても?」
鋭い声で尋ねてくるのはマーサであった。国を超えてやってくる組織にしては資金がショボすぎるので、疑問に思ったのだろう。物怖じせずに俺を見てくるその視線に強い意志を感じる。スラム街で一人娘をあんなに歪まないように、元気に育てているだけはあるね。
なるほど、一人は使えそうな人間がいるなと、黒幕幼女はニヤリと嬉しく思い笑うのであった。




