109話 冬の精霊対黒幕幼女
妖精樹が離れた場所に聳え立つ中で、リンの身体を操作する侍アイと精霊らしき少女は対峙していた。
二人共気迫を見せずに、視線ものんびりと緊張もなく、自然体で立っている。
「え、と、貴女の力はどれぐらいなんですか? 教えてくれると嬉しいです」
気弱そうな声音で尋ねてくる少女だが、その言葉にアイは騙されない。たった今、ダツたちをあっさりと少女は倒したのだから。
「あいつは精霊王だな。まだ力が弱い新型だ。季節を司る精霊ということにした、ゲフンゲフン、冬の季節を司る精霊だぜ。特性は変身、平均ステータスは53。スキルはえっとたくさんだな」
「53……嫌な能力つきでつね」
嫌な数値だしな。一気にパワーアップしそうな予感。それになにか変じゃなかったかマコトの奴? いつもは主要なスキルは教えてくれるのに。
「ん、だんちょーとのコンビなら負けない」
フンスと鼻息荒くリンがモニター越しに胸を張る。今のところ、ステータスはこっちが圧倒的だ。一気に倒せるかなぁ。
「ゲームの始まりでつ。勝利をこの手に!」
「勝利をこの手に、なんだぜ!」
アイとマコトがちっこい腕を振り上げて、元気に叫ぶ。そうしてアイはリンの身体へと意識を移すのであった。
雪の平原にて、のんびりとした微笑みを浮かべ少女はふわりと柔らかな動きで地を蹴る。
空をクルリと回転して、アイスゴーレムの足元へと移動する少女に合わせて、アイスゴーレムも立ち上がり動き始めた。
「ふふっ、これこそ氷の高位精霊。アイスゴーレムです。貴女はこの精霊アイスゴーレムに敵いますか?」
アイスゴーレムの肩へとふわりと降り立ち、柔らかな笑みを浮かべる冬の精霊。
「ち、ゲフンゲフン、冬の精霊王の言うとおり、あいつは上級精霊アイスゴーレム! 平均ステータスは110。ちからが強くて」
「適刀流 マグネット碁盤斬り!」
マコトのセリフを最後まで聞かずに、大上段から一気に刀を振り下ろす。マグネットの碁盤もあっさりと斬れるパワー系の技である。
「なっ! 早すぎますっ」
冬の精霊は慌てて肩から飛び降りて、アイスゴーレムは腕を掲げ守ろうとするが、強力な刀の一撃は腕ごと真っ二つに胴体を斬る。
滑らかに縦に刀が入り込み、ゆっくりとアイスゴーレムは雪の中に崩れ落ち、雪煙が噴き上がり周囲へと広がっていった。
「ん、人形に用はない。雑魚も一気に片付ける」
侍アイは地へと降り立つと共に、再びジャンプをして冬の精霊に刀を構えて迫る。
「スノーです。雑魚かどうかは試してください」
スノーは余裕の笑みにて拳を持ち上げて半身となり身構える。完全に強者のそれであり、リン以外は連れてこなくて良かったと思う。
「シッ」
スノーが地に降りるタイミングを狙い刀を横薙ぎに振るが、手の甲にてそっと刀に触れられて、その軌道を変えられる。
その動きに僅かに目を見開き驚くが、侍アイは怯まない。
「刀技 満月!」
圧倒的なステータス格差でも受け流されるその腕前。やばいと瞬時に判断して、範囲攻撃へと切り替える。幼女の正々堂々の戦いとは、手持ちのスキルをフルに使うことなのだ。
光が周囲をドーム状に覆い、スノーは身体の各所を剣撃にて斬り裂かれてバラバラになる。
だが、すぐにその身体は雪へと変化して、人型に集まっていく。
「おとなしく待つほど間抜けではありませんので。刀技 半月!」
ここは戦場、敵の変身シーンを待つほど、幼女はお人好しではないのだ。
アイの振り下ろす刀から放たれた光の半月が人型を斬り払い、雪が吹き荒れ、周囲へと散らばっていくが、いくつかに別れて、いくつかが再び集まろうとしていく。
「くっ、考えましたね」
ダミーが混じっている。いっぺんに攻撃しようにも、距離が離れており、すべてを倒すことはできないと理解してしまう。
「ん、だんちょー。敵は戦い慣れている」
「たしかに慣れてまつね。新型だから戦いの経験はないはずなのに」
いくつかの人型が集まり、一つだけが実体化する。青い涙滴の兜に、神秘的なハーフプレートの鎧を着込み、氷の翼を装着した少女が顕現した。水色の髪が雪の中ではためき、ニコリとほんわかした笑みにてスノーは口を開く。
「変身を一回無駄にしました。なかなかやりますね。ですが、変身の弱点は把握済みなんです」
「あいつのステータスは290まで跳ね上がったぜ!」
マコトの言葉に苦々しい表情になる。やっぱり変身を複数回持ってたか。たぶんもう1回あるよなぁ。こっちは3倍幼女拳で終わりなのに。
「顕現、スノーハルバード!」
スノーが手を掲げると、その手の中に氷でできたハルバードが生まれる。ヒュンとハルバードを回転させて身構えるスノー。
「武器もクリエイトできるのですか。氷砂糖でできた武器なら笑いをとれますよ」
チャキッと刀を中段に身構えて、アイは氷のハルバードを見つめる。霧氷刀程ではなさそうだが、強力な武器っぽい。これ、ちからは負けていそうな予感。ぼうぎょはこちらが上で、素早さもこっちが高いかな?
「え、と、第三段階の変身はまだ実装されていないから安心してください。このモードを倒せばリンの勝ちです」
「……そうですか。それは残念ですが、それもまた戦場の習いです。バージョンアップまで待つ程、気は長くないので」
侍アイは地を蹴り、右脚を雪原へと踏み込むと、小さな動きで刀を振るう。様子見とわかる攻撃に相手もハルバードを腰だめに構えて、コンパクトな動きで合わせるように振ってくる。
「小手調べ、その動きではハルバードについてはこれないです」
霧氷刀の一撃はハルバードにて受け止められて、お互いの攻撃は跳ね返る。スノーが腰をひねり身体を回転させると、勢いを増してハルバードは再び迫ってくる。
くるくるとコンパクトに旋風を巻き起こし、連続攻撃にてアイを叩き斬ろうとするスノーのハルバード。
「むむっ」
アイも負けずに踏み込み、腕を素早く振り対抗する。小刻みに剣撃を繰り出していくアイの刀とハルバードが火花を散らし、数十合も打ち合う。
「リペア、リペア、リペアっ」
だがその打ち合いは互角ではなかった。ハルバードの攻撃は刀を削り刃こぼれを起こし、ヒビを入れてくる。質量と攻撃力、さらに刀の脆さがアイを不利に陥らせていた。自動修復がなければとっくに刀は砕けていただろう。
「ふぉぉぉぉ〜! リンの技を上回っている! 技が負けているから、刀が削られる!」
モニター越しに興奮する刀馬鹿な侍少女。なるほどねと、アイは戦いながら納得する。
でも、なんだかリンぼでぃの動きが変だ。強敵との打ち合いをしてわかったけど、アイの動きとリンぼでぃの動きがズレるというか……。
「刀技 満月」
「斧技 武器砕き!」
光のドームがスノーを覆うが、それに合わせてスノーはハルバードに銀の粒子を纏わせて振るう。
「むむっ、やりますね」
その一撃は光のドームを打ち砕き、ガラスのように砕く。武技が防がれたことに驚きつつも、強めの一撃を振るったことによるスノーの隙を見逃すことはなく、アイは突きを放つ。
「甘いです」
スノーはハルバードを手放して、その一撃を半歩横にずれるだけで躱してきた。そのまま腕をとられたと思ったら視界がぐるりと回転して、背中に強い衝撃を受ける。
そして、衝撃を耐えて、なんとか目を開けるアイにスノーは手を突き出して
「スノーウェイブ」
膨大な雪を生み出し、ドドドと雪崩のように噴き出された雪は凶悪な威力を発して、小さい丘ぐらいまで積み重なり、あっという間に侍アイを埋めてしまうのであった。
雪崩の如き攻撃にて、雪による小さな丘が生まれたことを確認して、スノーは肩をすくめる。
「え、と、残念ですが、私の相手ではないです。リンのスキルはチグハグです。基本の格闘術とリンの本来持つ格闘術に差があるので動きがチグハグとなり阻害されていて、刀も術も活きていない。もう少し身体に慣れることをお勧めします」
さてと、帰りますかと呟くスノーは歩き始めるが、その足をピタリと止めて振り返る。
「まだ戦えるんですね……少し甘く見てたかな、氷の無効を使っておいたんですね」
ハルバードを構えて、スノーは丘へと声をかける。
雪でできた小さな丘が爆発して雪が周囲へと舞い散り、侍アイが飛び出してきて、肩に刀を担いでニヤリと笑う。
「あ〜、リンの知識が動きを阻害してたのですか。納得しました。どうも動けると考えて行動してもワンテンポ遅れることが多かったので」
「むぅ、スノーの言うことは正しい。ごめんなさい、だんちょー。師匠にこの身体に慣れとけと言われた意味を本当には理解していなかった」
しょんぼりとするリンに、アイはモニターを見ながら、ニカッと犬歯を見せて笑う。
「気にすんな。そういったフォローも団長の役目だぜ。なるほど、ゲームキャラのスキルがリンの力を制限してやがったのか。だが、問題ねぇな」
「……でも、あの人にはこの身体じゃ敵わない。技の流れがチグハグなのが今はわかるから」
気弱そうな声でのリンの返答に、なんでもないように飄々とアイは答える。
「そんなことを言うお前じゃないだろ。それこそ、こういう時は笑って言ってやるんだ」
侍アイはスノーへと戦意を見せるように大声で叫ぶ。
「俺たちは団だ。ガイが金を落として破産しそうな時も、食料をリンたちが食べ尽くして旅が頓挫しそうな時も、爺さんの適当な案内で迷子になって強敵が現れた時も、団の皆で解決するとな! そして俺は団を率いる団長だ! 負けるわけはないんだよ!」
常に部下のトラブルに巻き込まれているおっさんの心からの叫びである。地球での苦労がわかる体験からの叫びであった。
「ふぉぉぉぉ! だんちょーの言うとおり! 団の絆で敵を倒す。それに加えて夫婦の絆も入れておく!」
リンがアイの言葉を聞いて、ふんふんと興奮する。目を輝かせて嬉しそうに。
そして少女の声音で轟き叫ぶその強い言葉に、スノーはパチパチと拍手をして感動して目をウルウルさせてきた。
「す、凄いです! 私は感動しました。主人公みたいな人って本当にいるんですね。皆に自慢しないと。言葉の制限も破る熱い心を感じました!」
「ねぇ、なんでスノーさんは感動してるの? おかしいよね? おかしくない? なんでなんだろうね? 倒したら聞くとします!」
なにか変だよね、あからさまにリンの知り合いだよねと思いながら、右脚を強く踏み込み、一気にスノーへと肉薄する。スノーはハルバードを構えてくるが気にしない。
「んん、ウォーカーの戦いで相手をしてあげましょう。驚かないでくださいね」
スノーが間近に迫る中で、侍アイは手を掲げる。
空中から丸太がガランゴロンと大量に出てくるので、それを掴みとり、槍のようにスノーへと投げ飛ばす。
「なな」
スノーはアイが10メートルはある丸太を手で掴み、あるいは蹴り飛ばしながら、こちらへと投擲してくるのを見て、慌ててしまう。リンでは絶対に使わない戦法だからだ。
それでも卓越した技能を持ったスノーは、ハルバードでちょんと迫りくる丸太をつつく。ただそれだけの動きにより丸太は軌道を変えて、あとから飛来する丸太らと絡まり合い、スノーには当たらずに周囲へと散らばっていく。
「私のモットーは敵に技を使わせない。武人ではありませんので」
スノーの上空に移動していたアイの言葉に、ハルバードを構えながら、ほへーと口を開けて感心する。
「そ、そういえばそうでした。でも私には敵わないと思うんです」
気弱そうな声音とは違う、絶対の自信を持つスノーの言葉に、侍アイは手を掲げることで答える。
「初見ならそうでしょう。ですが、リンが何回戦ったと思っているのですか? 他者視点ならわかることもあるんです」
冷静に淡々とした口調で告げると、侍アイの手のひらが光り輝き、またもや無数の丸太を倉庫から取り出して、スノーへと落とすのであった。




