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雪と夜

まつ毛が、凍りそうだった。


ふーっと吐いた息が、思ったより長く残る。

白いまま、横へ滑っていく。

空気が、動いていない。


数日前の雪が、足元で氷になっていた。

踏むたびに、かすかに音がする。

だからバスが遅れていることは、もうわかっていた。


車の走る音が、遠くで一つだけする。

それ以外は、静かな夜だった。


自動販売機で買ったコーヒーを両手で包む。

もうぬるい。

熱は全部、指先に吸われていく。


飲んでしまえば、冷たさだけが残る気がして。

口元まで持っていっては、また戻した。


腕時計は、曇っている。

指でそっと露を拭う。

時間は、あまり進んでいなかった。


風が少しだけ、頬に触れる。


そのときだった。

遠くから、ディーゼルの低い音が、ゆっくりこちらへ向かってくる。



ディーゼルの低い音、タイヤのチェーンが氷を削るような音と共に、ゆっくり近づいてくる。

バスのライトが、白い息を透かした。



停留所の前で、音が沈む。

ドアが、ためらいなく開く。


目が、習慣みたいに窓を追った。

そこにいるはずの顔は、どこにもなかった。



手の中の開けていないコーヒーは、もうすっかり冷えていた。


バスから二、三歩離れると、ドアが閉まる。

バスは、ゆっくりと発車する。




赤いテールランプが、雪を影にちらつかせながら遠ざかっていく。その光だけが、夜の中をあたためていた。


息をひとつ吐く。

冬の空気に、白いまま残った。


足元の氷が、かすかに鳴る。

それが、歩き出す合図になった。


待つために止まっていた身体が、

ようやく動き方を思い出す。


理由はない。

理由は、いつも後からやってくる。


ただ、歩く。


その背中に、

雪と夜が、静かについてきた。


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