22話 夜会の終わり(第2部完結)
デュラン男爵令息は姿勢を正し、頭を下げた。
え?私に対して!?なぜ!?
「8年前。俺は魔炎病に苦しむ貴女に対し、無神経な言葉を吐きました。破談の主な理由は、そちらからの強い申し出でした。ですが、俺の発言を従者から聞いた両親は、破談されて当然だと受け入れました。薬師を目指す者として、あり得ない発言だったからです」
「え?そうでしたっけ?」
そういえば、当時の状況を覚えていない。お姉様も知らない様子だ。
「……先ほど貴女にぶつけた言葉と同じような内容です。「病気で辛いからとマルグリットな甘え過ぎだ」「まだ大して進行していないのだから、苦痛に耐えれるはずだ」「そんな怠惰な事だから治らないんだ」などと言いました」
ルグラン様とお姉様が顔を顰めた。
「無神経極まりない。最低だな」
「なんて酷いことを……!」
「ああ……思い出しました。そうでしたね」
そうだった。8年前のあの日がよみがえる。
魔炎病に罹患したばかりの私は、初めて大病にかかって苦しんでいた。
まだ性格が豹変する前だ。私は、大好きなお姉様にべったり依存してしまっていた。
お姉様は私がねだるまま、何時間も付きそってくれる。そこ間は、苦しみや不安が軽くなったから……。
デュラン男爵令息も、頻繁にお見舞いに来てくれた。当時、私にとって兄のような人だった。
いつも穏やかに優しく話してくれていた。お土産や楽しい話で、気を紛らわせてくれた。
だけど、デュラン男爵令息にと色々と思うところがあったのだろう。ある日お姉様が離席した時に、厳しい言葉を投げかけられたのだ。
私はショックで泣き喚いて、ひどい発作に襲われた。発作が治ってすぐ「二度とあの男に会いたくない!嫌い!」と、騒いだのだ。
それが原因で縁談は流れて、私は更に我儘になって……。
あ。もしかしなくても、性格が豹変するきっかけだったかも。
「……アナベル・ベルトラン子爵令嬢。私の8年前の発言と、先ほどの発言を謝罪します。
私は、マルグリットに愛されている貴女に嫉妬して、薬師としても人としてもあるまじき発言をしました。8年前、私とマルグリットの縁談が潰れたのは、私にも原因があります。
その事実を認めたくないあまり、貴女の苦しみを軽んじ、悪意をぶつけました」
正直言って、予想外すぎる展開だ。
私はしばし呆然と、「物事には色んな側面があるんだなあ」「視点が変われば真実も変わるんだなあ」などと考えていた。
お姉様とルグラン様は、デュラン男爵令息を冷ややかに睨んでいる。
まあ、2人が責めたくなる気持ちはわかる。
だけど。
「デュラン男爵令息。頭を上げてください。
貴方の発言の理由は、嫉妬だけではないでしょう?貴方はお姉様が心配だったんです。
あの頃、ベルトラン子爵家は祖父母を失い揺らいでいました。元両親のせいで、家政も、領地経営も、お姉様の立場も、日々悪化していきました。なのに私は、マルグリットお姉様に依存し過ぎていました。
先ほどの発言にしてもそうです。この8年間。私は酷い妹でした。姉のものを欲しがる妹で、虐待の加害者でした。
貴方の反応は当然ですよ。むしろ私の方にこそ非がある。貴方の大切な人であるマルグリットお姉様を傷つけてばかりだったのですから」
デュラン男爵令息は、まるで夢から覚めたような顔になった。
「ベルトラン子爵令嬢……。私は貴女を酷く誤解していたようです。改めて、申し訳ありませんでした」
「貴方の謝罪を受け入れます。私にも問題がありましたので、この話はこれで終わりましょう。
先ほどの誓いは有効ですので、引き続きお姉様のために私を見張っていて下さいね」
お姉様がデュラン男爵令息を睨みながら口を開く。
「アナベル、貴女はそれでいいの?当時も先ほども、とても辛かったでしょうに」
「うん。いいの」
結局、私もデュラン男爵令息も幼く未熟だったから起こったことだ。
私の性格が豹変するきっかけだったかも。ということは言わない。ただのきっかけに過ぎないでしょうし。
「だからルグラン様、怖い顔はやめて」
デュラン男爵令息を睨んでいたルグラン様が、深いため息をつく。
「君は寛容すぎる。だが、君が許すというなら俺は何も言えない」
私はルグラン様にだけ聞こえるよう囁いた。
「うん。やった事は無かった事には出来ないけど、どうしても許せない事以外は許すよ。その方が生きるのが楽だもん。
あと、ここで許して恩を売った方が『ざまぁ』回避率も生存率も高くなりそうだし」
「ははっ!君は大物だなあ」
笑い声に場の空気が柔らかくなる。お姉様の表情も明るくなった。
「そうね。私も色々と間違いを重ねたわ。そんな私をアナベルは責めなかったのに、アレクシスだけを責めるのは違うわよね」
「マルグリット……」
見つめ合うお姉様たち。うんうん。良い雰囲気だなあ。私もデュラン男爵令息から信用されたみたいだし、ハッピーエンドだよね。
と、和んでいたけど。
「でも三度目はないわ。また私の妹に、暴言を吐いたり殺気をぶつけたら縁を切るわ。結婚した後でも同じ。どんな手を使っても離婚して、二度と貴方とは会わない」
「はい!もう二度とベルトラン子爵令嬢に暴言を吐きません!肝に銘じます!」
お姉様の絶対零度の眼差しでの宣言に、深く頭を下げて従うデュラン男爵令息。
あー。なんか力関係が確定したっぽいな。遠い目をしてると、ルグラン様に囁かれた。
「ある意味で『ざまぁ』展開だな。デュラン男爵令息は、一生ベルトラン子爵閣下に頭が上がらないし、尻に敷かれるぜ」
そういうのは言わぬが花でしょ。私はルグラン様に肘鉄をくらわせたのだった。
◆◆◆◆◆◆
その後、私たちは大広間に戻った。
お姉様とデュラン男爵令息のダンスは大注目を浴び、お姉様に求婚しようとしていた令息たちが涙を飲んだのだった。
あとドゴール監査隊長は「君はどこの誰だ?デュラン男爵殿の令息か。ベルトラン子爵とはどういう関係だ?近日中に婚約するだと?男爵殿はご存知なのか?」と、娘の彼氏に警戒するお父さん状態になっていた。
私とルグラン様も何曲か踊った。ゆったりした曲も、激しい曲も、2人で楽しく踊った。
踊り疲れて、会場の隅にあるテーブルセットで休憩する。
そろそろ夜会も終わりだ。後味の悪い出来事もあったし、とにかく疲れた。けど、充実感に満たされていた。
「色々あったけど楽しかったね!」
「まあな。君の心配事も三分の一くらいになったし」
「確かにそうだね」
クズ担当イケメンことジョルジュ・トリュフォー伯爵令息。
腹黒担当イケメンことアレクシス・デュラン男爵令息。
私が警戒している3人のイケメンのうち、2人が警戒しなくてよくなった。
ジョルジュは破滅したし、デュラン男爵令息は腹黒からお姉様の忠犬……もとい忠実な婚約者候補になった。
彼らを含む小説における過剰『ざまぁ』の原因も、その大半が無くなったといっていい。
残りは正体不明のヤンデレ担当イケメンけど……。
「新しい心配事というか、厄介事の予感があるけどね。私たちの婚約のこととか」
ポワリエ侯爵ら、ルグラン様と聖女ミシエラ様をくっつけようとする人たちを思い浮かべる。
第二王子殿下の婚約者の座を奪うための企みだ。教会も王家も叩き潰す準備をしているらしいけど、油断はできない。
ルグラン様は凄みのある笑みを浮かべた。
「建国祭で全てが終わるさ。俺たちは引き続き、婚約者候補として仲睦まじくしていればいい。
それより、ついさっきミシエラから伝言が届いた。『例の申し出』について話があるそうだ」
「本当!?」
「ああ、もうすぐ王都に到着するから直接会って話したいそうだ。君も茶会や行事の参加で忙しい身だが、時間を取ってもらえるか?」
「もちろんお会いするよ!」
聖女ミシエラ様がベルトラン子爵家に滞在中、私はあることを申し出た。
前世。小説『聖女はドアマットを許さない』を読んで得た知識と、今ここで生きる私の経験をもとにした申し出だ。
ベルトラン子爵家の特産品である宝玉果を使った、魔炎病の特効薬開発。
上手くいっていたらいい。そうしたら……あの病で苦しむ人を減らせる。
「きっと上手くいってるさ」
「うん!」
色々あったけど、未来は明るい気がする。
引き続き、恋も社交も『ざまぁ』回避も頑張ろう!
◆◆◆◆◆◆
第2部おしまい。第3部に続きます。
第3部開始まで少しお時間頂きます。
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異世界恋愛小説です。ダーク、ざまあ、因果応報のハッピーエンドです。




