21話 アナベルの言い分
「アレクシス・デュラン男爵令息。8年前の件を改めて謝罪いたします。
令息が仰る通り、私の癇癪のせいで令息と姉の縁談は潰れ、令息は当家に近寄ることすら禁じられました。
これは私の罪です」
私はまず、デュラン男爵令息に謝罪した。
手紙で謝罪は済んでいるし、デュラン男爵夫妻からは「これ以上の謝罪は不要」と言われているけど、やはりケジメとして直接謝りたかった。
お姉様が何か言いたそうに……恐らく庇おうとしてくれてるけど、手で制する。
「癇癪を起こした原因は、魔炎病で思考能力が下がり錯乱していたからです。だからといって、私がやった事実は消えない。令息がお怒りになるのも当然です。信用がないのも当たり前です。
ただ、今の私が姉を慕っているのも、幸福を祈っているのも、また事実なのです。
少しだけで構いません。信用していただけないでしょうか?」
黙って聞いていたデュラン男爵令息は、油断なく私を見つめながら口を開いた。
「……謝罪を受け入れます。両親にも貴女を責めることは許さないと言われていますしね」
デュラン男爵夫妻との会話を思い出す。詳しく聞きたいけど話の途中だ。後で確認しなきゃ。
「しかし、私からの信用など貴女には必要ないでしょう」
「いいえ。必要です。令息は私の義兄になる方ですから」
「は?」
「あ、アナベル?何を言ってるの?」
デュラン男爵令息もお姉様も呆気に取られている。何を言ってると言われてもなあ。
「私は、デュラン男爵令息がお姉様の伴侶に相応しいと思う。というか、2人に結婚して欲しい」
「あ、アナベル!急になぜそんなことを?」
「……本気で仰っているのですか?」
狼狽えたり疑ったりする2人。何を今更。というか、そのために2人は動いてたんでしょう?
お姉様に至っては、デュラン男爵令息に名前で呼ぶよう言ったり、私と恋バナしてたのに。
散々「今でもアレクシスが好き。婚約を申し込もうと思うの」とか言ってたくせに。
私はちょっと呆れつつ微笑んだ。
「はい。デュラン男爵令息以上に、お姉様を大切にしてくれる方はいませんから。
お姉様もわかっているでしょう?だからドレスに令息の瞳と同じオレンジ色を……」
「い、今はドレスの色は関係ないでしょう!」
「いやいや、それは無理があるよ。大体お姉様って、小さい頃からデュラン男爵令息のこと大好きじゃない」
「〜〜〜!」
真っ赤になって黙り込むお姉様、お姉様の反応にソワソワするデュラン男爵令息。なんか初々しくて甘酸っぱい。
ああ、そうか。さっきから感情に振り回されてるこの2人は、まだ10代の若者なのだ。どんなにしっかりしていても、アラフォーの記憶がある私やルグラン様と違う。
おこがましいかもしれないけど、はっきりと言葉にして伝えないと、きっと伝わらない。
「お姉様、私はお姉様に幸せになって欲しい。
お姉様は、自分のことを弱いと言ったけどそれは違う。お姉様はとても強い。そして、身内に対して優しすぎる。身内のためなら理不尽に耐えて自分を犠牲にしてしまう。
お姉様の伴侶は、お姉様をこの世の何よりも大切にしてくれる人じゃないと駄目」
「アナベル……。でも、アレクシスは貴方に敵意を持っているわ。姉としても当主としても心配よ」
「多少敵意を持たれてるくらいで丁度いいよ。元両親みたいに、お姉様より私を優遇するような馬鹿はやらないだろうし」
それに、アラフォーだった前世の記憶で知ってる。生きていれば、自分を嫌いな相手とも関わらないといけない。
何を考えているかある程度わかる分、デュラン男爵令息はマシな部類だ。
「……まあ、さっきみたいに殺意増し増しだとキツいし、身の危険を感じるから嫌だけど。
デュラン男爵令息。そういう訳で、これからは程々にしてもらえますか?」
「……」
私の問いかけに対し、デュラン男爵令息はしばらく考えてから口を開いた。
「……善処します。ただ、貴女がマルグリットに危害を加えるようであれば、私は貴女を許さない。全力で排除します。例え、ルグラン卿に殺されるとしても」
オレンジ色の瞳が決意と覚悟に輝く。「いい度胸だな」と呟いたルグラン様の鋭い眼光と威圧を受けても、全く揺るがなかった。
「構いません。その代わり、何があっても姉を守ってください。そして今回のように、姉の心や立場を蔑ろにするような真似はやめて下さい」
「わかりました。マルグリットに誓います」
ここで神様ではなくお姉様に誓うところが、デュラン男爵令息らしくて怖いやら笑えるやらだ。ちなみにお姉様は感動したらしく、瞳が潤み頬が染まる。
ルグラン様がボソッと「破れ鍋に綴じ蓋」と、言ったので肘鉄を食らわせた。空気読め。
「アレクシス……」
デュラン男爵令息はお姉様の側に行き、跪いて手を差し出した。
「マルグリット。俺は君を愛している。
生涯をかけて君を支えて守りたい。
もう二度と君の誇りを傷つけないと誓う。
俺と婚約して欲しい」
「……私も貴方を支えたいし守りたい。貴方って器用で聡明なのに、肝心なところで不器用で思い込みの激しい。可愛い人なんですもの。
私も愛してる。貴方に伴侶になって欲しい」
お姉様の瞳から、真珠のような涙がこぼれる。
2人の手が重なり、柔らかな笑顔が浮かぶ。
ルグラン様の手が私の手をそっと握る。
そこで私はようやく、自分も感極まって少し泣いてることに気づいた。幸せな涙だった。
◆◆◆◆◆◆
お姉様とデュラン男爵は、いつまでも見つめ合っていた。ルグラン様がコホンと咳をし、甘い空気を壊す。
「ベルトラン子爵閣下、デュラン男爵令息。まだ話し合ってないことがあります。さっさと済ませましょう」
「え、ええ。わかったわ」
照れ笑いするお姉様が可愛い。
部屋の奥に控えていた侍女に紅茶を淹れてもらい、仕切り直す。
「デュラン男爵令息。先ほど貴殿は、話し合いを求めた理由が二つあると言ったな。一つはアナベル嬢の真意を確かめるためだった。もう一つは何だ?」
そういえば、そんな話をしていた。
「単純な話です。マルグリットから報酬を渡すという申し出があったので、直接会って断りたかったのです」
「なるほど。ベルトラン子爵閣下に、求婚の許可を得るためか」
「え?ルグラン様、どういうこと?」
ルグラン様はニヤッと意地悪く笑う。
「ベルトラン子爵閣下は、誠実で真面目な方だ。
報酬を受け取るか、その代わりの対価を申し出るよう言うだろう。この男は、それを狙ってたのさ。
ちなみに最初に言わなかったのは、君とベルトラン子爵閣下の現在の状況と関係性を探り、場合によっては他の対価を求めるつもりだったからだ」
「……色々とお見通しのようで」
気まずそうな顔になるデュラン男爵令息。お姉様は真面目な顔になった。
「アレクシス。報酬は受け取ってもらわないと困るわ。貴方のやり方に問題はあったけれど、私、いいえ、ベルトラン子爵家そのものが助けられたのよ。貴方と貴方の配下には相応の報酬が必要よ」
「わかったよ。配下への報酬は受け取る。俺には、大広間に戻ったら君と踊る権利をもらえないか?」
「……貴方は受け取る気はないのね。仕方ない人」
お姉様ったら、まんざらでもない様子。また2人の世界に入りそうなのを、ルグラン様が引き止める。
「アナベル嬢、君も確認したいことがあるだろう?デュラン男爵夫妻が言っていた……」
あ。そうだった。
お二人は8年前の件について「ベルトラン子爵令嬢。手紙でもお伝えしましたが、もう謝罪は充分です」「むしろ謝罪する必要があるのは、私たちとアレクシスです」と仰っていた。
デュラン男爵令息もそれらしいことを言っていた。
「デュラン男爵令息。先ほど触れていらっしゃいましたが、ご夫妻はなぜ私の謝罪が必要ないと仰ったのでしょうか?」
デュラン男爵令息の表情が変わった。また怒らせたかと緊張しかけて、違うと気づく。
あれ?もしかして気まずい?私に対して罪悪感を抱いてる?
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