第2部 16話 愚者の独り言 前編(ジョルジュ視点)
ジョルジュ・トリュフォー伯爵令息視点。
時は少し遡る。
◆◆◆◆◆◆
(何故?どうしてだ?計画が台無しだ!
この僕が平民?しかも土に塗れる農民だって!?冗談じゃない!)
ジョルジュ・トリュフォー伯爵令息は、兄たちに引きずられ、大広間からトリュフォー伯爵家の控室に連れて来られた。
控室と言っても部屋数は一つではない。
廊下に面したドアを開けると、まず大きめの部屋にはいる。その部屋はくつろげるようソファセットなどがあり、奥の壁にドアが二つある。それぞれが小部屋に通じていて、男女別に身支度や化粧直しができるようになっているのだ。
ジョルジュを引きずる長男が、男性用の部屋の扉を開け「中に入れ」と命じる。
「兄上!待ってください!僕の話を聞いて……うわぁっ!」
長男はジョルジュを突き飛ばす。大理石の床に倒れた。
「黙れ。この恥知らずのクズめ。夜会が終わるまで大人しくしていろ」
「夜会の後はお前もタウンハウスに帰るけど、明日の朝には領地に送る。言っておくが、私物や財産を持っていけると思うなよ」
「は?な、何故ですか!?身一つで農民になれとおっしゃるのですか!?」
「当たり前だ!お前の私物も財産も、お前が稼いだ金ではない!トリュフォー伯爵家の財産か、ベルトラン子爵家からの贈り物だ!持ち出すことは許さん!」
ジョルジュを見下す兄たちは氷のごとく冷ややかで、聞く耳を持たない。
(クソ!いつもいつも僕を見下しやがって!)
内心で歯軋りする。兄たちは、ジョルジュにとって劣等感を刺激する存在だった。
嫡男である長男は、王城に勤務する騎士だった。
昔から体格が良く剣術と馬術に優れており、実力で騎士爵を賜った。現在は伯爵位を継ぐため職を辞し、伯爵である父親の指導を受けつつ、すでに多くの執務を担当している。
スペアである次男は、王城に勤務する魔法使いだ。昔から魔法が得意で、魔法学校で研鑽を積んで出仕した。順調に出世し男爵位を賜っている。
華々しい兄たちに比べ、ジョルジュは平凡だった。無能ではないが、何をやっても平均か平均以下の能力しかない。
兄たちより優れているのは王子めいた見た目だけで、その見た目も両親からは頼りないとされた。
家族や使用人から虐げられた訳ではない。だが、期待されず発言権は低い。また、両親も兄弟も貴族らしい貴族で、身内に対する情愛が薄い。
ジョルジュは、寂しさと情けなさを拗らせ、物心着く頃には捻くれてしまった。良い子のふりをして楽をし、立場の弱い者に己のすべき事を押し付け、悪い遊びをするようになってしまう。
上手に家の権力と財力を使ったのと、ジョルジュにつけられた侍従や家庭教師らが日和見なので露見しなかった。
成人した今では、罪悪感を感じることすらない。
(なにが恥知らずだ!僕は何も恥じるようなことはしてないし、悪いことなんてしてない!僕を認めないコイツらと、僕の思い通りにならないマルグリットたちが悪い!)
内心で罵っていると、次男が口を開いた。
「兄上、コレに恥を感じるような知性はありませんよ。さあ、早く大広間に戻りましょう。挨拶回りすら終わってないのですから」
「……!」
屈辱と怒りで吠えそうになったが、なんとか弱々しい顔と声を作ってすがった。
「ま、待ってください!誤解なんです!僕は何も悪いことなんてしてない!」
しかし、兄たちの表情は変わらない。いや、ますます冷ややかになった。
「とぼけても無駄だ。お前の婚約者への虐待と不貞行為は、明確な証拠がある」
「婚約者との交流予算を、お気に入りの娼婦に使っていた証拠もね」
次男の侮蔑たっぷりの言葉。ジョルジュは、ほぼ無意識のうちに怒鳴っていた。
「ユリアは娼婦なんかじゃない!僕の恋人だ!」
「フッ。恋人ね。堂々とした不貞宣言だ。
ところでその恋人とは、ベルトラン子爵と婚約する前に別れるよう父上に命じられたはずだけど?」
「あ……。い、いや、違います!間違えました!彼女とは別れています!」
次男の言う通りだ。マルグリットと婚約する前に、ユリアと結婚したいと父親に話した。
父親は「平民の娘と結婚したい?ならば、お前は家を出て平民になるのだな。構わん。多少の資産はくれてやろう。……は?何故だと?継ぐ爵位が無いお前は、己で身を立てるか婿入りしない限り平民になるしかない。そんなことも分からないのか?」と、言った。
(平民になんてなりたくないから、マルグリットとの婚約してやった。ユリアと別れるのが条件だと言われたから、バレないようこっそり会っていた。これまで隠し通せてたのにしくじった!)
兄たちは顔を見合わせて、深いため息をついた。
「こんな間抜けに騙されていたとは、俺たちも間抜けな馬鹿だったな」
「全くです。反省を今後に活かしましょう。
……ああ、確かにお前の恋人は娼婦ではないね。平民の尻軽女だ。
貴族令息をたぶらかし、婚約者ができてからも関係を続け、股を開いて金を搾り取り、恋人面をして「妻にしてくれ」と強請る。その癖、誘われれば誰とでも寝る。
仕事として弁えている分、娼婦の方がはるかにマシだね」
「……っ!」
(ユリアはそんな女じゃない!僕の真実の愛だ!)
怒鳴りたいが、出来ない。
(なんとか兄上たちを味方につけなければ!その上でマルグリットと交渉すれば、まだ何とかなる!)
この期に及んで、ジョルジュはまだ足掻こうとした。ジョルジュの中のマルグリットは、いつも暗い顔で仕事をしているだけの女だ。
頭はいいし金銭感覚はしっかりしているが、家族の言いなりで虐げられている。
どうとでも扱える女だ。ジョルジュとユリアのための踏み台の一つでしかない。
(マルグリットはつれないことを言ってたけど、きっとドゴール伯爵あたりに言わされてるんだ。いつも寂しそうに僕を見てた。僕を好きなはずだ!)
しかし、そんなジョルジュの内心などお見通しなのだろう。兄たちは蔑みを強くし、見下した。
「ここが王城で無ければ殴っていた。お前もこれ以上面倒を起こすなよ。己のやった事と向き合い、夜会が終わるまで大人しくしていろ。
でなければ本当に破滅する。
それと、間違ってもベルトラン子爵閣下にすがろうとするなよ。証拠を揃えたのも、婚約解消を申し出たのも、閣下本人だ」
「ベルトラン子爵閣下は素晴らしい女傑ですよね。領地経営の手腕も確かで、あの若さで堂々と振る舞い父上たちと渡り合った。ジョルジュなんかにはもったいない婚約者だったのに、惜しい事をしたものです。まあ、閣下にとっては百害あって一利もない婚約でしたが」
「全くだ。それにベルトラン子爵令嬢も立派だ。つい最近まで魔炎病に罹患していたというのに、淑女として申し分なく振る舞っている」
「ま、待ってください!話を聞いてください!兄上!」
兄たちはマルグリットとアナベルを称賛しながら、振り返ることなく出ていった。
後に残されたのはジョルジュと、見張りを命じられた父の侍従たち五人だ。
彼らの眼差しも冷ややかだった。
「ジョルジュ様。どうかお静かにお待ち下さい」
「逃げるなら拘束しろと命じられています」
ジョルジュは椅子に座らされた。夜会が終わったら邸に監禁される。
そして、間をおかず領地に送られるだろう。
(クソ!こんなのおかしい!平民、しかも農民になんてなりたくない!なってたまるか!……ん?待てよ。あいつは……!)
見張りの侍従の一人に気付く。密かに借金を重ねている男だ。以前、金を握らせて言うことをきかせた事がある。
(あいつは借金を踏み倒すため、外国に高飛びする気だったな。使えそうだ)
男も意味深な眼差しでジョルジュをみている。そして、ジョルジュはまだ拘束されていない。
身体検査もされてないので、礼服の中に潜ませた複数の薬品も取り上げられてない。薬品は、媚薬、睡眠薬、痺れ薬などだ。
マルグリットを説得できず、既成事実を作らなければならない場合、使う予定だった。
(しめた!僕はついてる!薬を使ってここから出てやる!そしてあの生意気なマルグリットを従わせてやる!)
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