第2部 15話 愛と踊る
その後は気を取り直し、王城の料理に舌鼓を打った。
ローストビーフは柔らかくてジューシー!芸術品みたいなケーキは味も最高!
「大海老と白身魚のソテー、チーズのスフレ、ローストチキンも美味いぞ」
「アナベル。このチョコレートムースも美味しいわよ」
「全部食べたい」
「では給仕に頼もう。ああ、そうだ。ベルトラン子爵閣下、あと少しで宝玉果を使ったデザートが出来上がるそうです」
「まあ!ぜひ頂きたいわ!」
「君たち、食べるのはほどほどにしたまえよ」
私たちは楽しくお喋りしつつ英気を養い、大広間の中央に出た。ダンスを踊るためだ。
ダンスは夜会の花形。私たちも、これまで必死で練習してきた。ダンスの先生であるモロー監査官も「まだまだ荒いですが及第点です」と言っていたから、きっと大丈夫。
だけど夜会で実際に踊って周りから値踏みされるのは初めてだ。
「うう……緊張する」
「俺もだ。特訓の成果を出せるといいが……。いや、弱気は駄目だ。モロー師匠が「そんな事で騎士爵家を維持できるとでも?」と、叱る声が聞こえる。というか、この辺りにフワッと浮かんで見える」
「ふふっ!ちょ、想像しちゃったじゃない!」
吹き出したら余計な力が抜けた。ルグラン様も柔らかくまなじりを下げている。
そしてそのタイミングで、スタンダードで踊りやすい曲の演奏が始まった。
ルグラン様はコホンと一つ咳をして、かしこまって手を差し出した。カフスボタンとクラバットを留めるブローチがキラリと光り、綺麗な仕草と顔立ちを引き立たせる。
私の瞳と同じ空色の宝石が、世界一似合う人だと思う。
「アナベル・ベルトラン子爵令嬢。どうか私と踊って下さい」
「喜んで」
二人で笑い合い、音楽に身を任せながらステップを踏んだ。
少し離れた場所で、お姉様とドゴール監査隊長も踊っている。
シャンデリアの灯りがキラキラして、ルグラン様の優しい眼差しが嬉しくて、リードしてくれる逞しい腕にドキドキして。
「うふふ。なんだか楽しい」
「俺もだ。ずっと踊ってたいくらいだ」
さっきまでの緊張はどこかに行って、まるで世界に二人きりになった気分。
正しいステップを踏むよりも、今を堪能するために身体を動かす。パートナーの体温と力強さを全身で感じる。リードされるばかりでなく、私もリードする。
あれ?練習の時より伸び伸びと身体が動く。ルグラン様も、とっても上手!リラックスしていて、とても満たされた表情で……ああ、そっか。
「夜会の前に、私がルグラン様が好きって言ったから自信がついた?……わっ?」
「っ!」
ルグラン様がビクッとして、バランスが崩れる。腕が支えてくれたから転ばずに済んだけど、より密着した態勢になった。
お互いの心臓の音が聞こえる。まるで抱き締められているみたい。
待って!刺激が強い!
ぐわっと体温が上がって、慌てて身を離した。お互い何とか姿勢を正し、ステップを踏む。
「ご、ごめんなさい。変なことを言って……」
「い、いや。俺こそすまない。……単純で恥ずかしいよ」
ああ、お互い顔が真っ赤だ。中身はアラフォーなのに、小っ恥ずかしい恋をしている。
「いいよ。私も単純で恥ずかしい奴だから。ちょっと密着しただけで、こんなにドキドキしてる」
「アナベル嬢……」
今度は意識的に抱き寄せられ、唇が近づいて……。
「いや、キスはまだ駄目だってば。人前だし」
一気に冷静になったので、ひらりと躱した。
「もう冷静になったのか。残念だ」
「ごめんね。こんな女は嫌?」
「まさか。しっかり者なところも好きだよ」
「あはは!私もルグラン様の正直なところ、好きよ」
嬉しくて、くるくると身体が回る。ドレスの裾が花のように広がる。ピンクと黒。私とルグラン様の髪色のドレスを大広間中に見せつけるように。
間違いなく今までで一番上手で、そしてお互いの心が通じ合ったダンスだった。
◆◆◆◆◆◆
何回か踊って、私たちはまた軽食スペースに移動した。
「楽しかった!」
「後でまた踊ろう」
周りからの評価も上々だ。
「ベルトラン子爵は社交に疎いはずだが、会話も所作も申し分ない。ダンスの腕前もなかなかだ」
「おまけに美しい。子爵閣下と婚約解消した男は、本当にもったいない事をしたな」
「ご令嬢はまだまだ初々しい。おや、まだ15歳なのか。その年齢にしては卒なく振る舞えているな」
「聖騎士エリック・ルグランといえば、社交嫌いで有名だ。まさか、ダンスを踊れるとは思わなかった」
「というか、ルグラン卿のあんな満面の笑みは初めて見たぞ」
「相思相愛でお似合いです。素敵!」
「ルグラン様は聖女様とお噂があったけれど、やはり嘘だったのね」
んっふふ!もっと言ってくれて良いのよ。
もちろん陰口もあるけど、概ね好評だ。鼻が高い。初めての夜会は大成功と言っていいんじゃないかな?
浮き浮きな私たちに反し、お姉様とドゴール監査隊長は疲れていた。
「貴女たちは元気ねえ。私はもう踊りたくないわ……」
「私もだ。聖騎士であるルグラン卿はともかく、アナベル嬢はどうしてそんなに元気なんだ」
確かに。小説のアナベルも、魔炎病が治ってからは体力お化けだったみたいだし、体質かな?
たわいもない話をしていると、若い男性が話しかけてきた。やや顔色が悪い。
トリュフォー伯爵の侍従と名乗り、お姉様と小声でやり取りする。お姉様の瞳が一瞬、険しい光を帯びた。
「伯爵閣下に「お約束通り談話室でお待ちしています」と、お伝えしなさい。アナベル、ルグラン卿、行きますよ。ドゴール伯爵閣下。申し訳ございません。私どもは席を外します。こちらでお待ち頂いてもよろしいでしょうか?」
「構わん。閉会までには戻ってくるように」
私、お姉様、ルグラン様は大広間を後にした。
談話室は、大広間からやや離れた場所にある。使用するには予約が必要で、大広間と違ってある程度魔法を使っていい。つまり、密談に向いた部屋だ。
控室もある程度の魔法を使えるが、子爵家の控室に伯爵閣下をお招きするのは気が引けるので、予約しておいたのだ。
使わないで済めばよかったんだけどね。
トリュフォー伯爵から使いが来て、談話室を使うということは……。
愚かなジョルジュ・トリュフォー伯爵令息が、私たちに危害を加えようとして罠にかかったという事だ。
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