第2部 14話 ポワリエ侯爵の野望
ルグラン様と聖女ミシエラ様を恋仲に仕立てようとする敵とはいえ、いきなり喧嘩を売るわけにもいかない。
私はカーテシーをして、紹介されるのを待った。
「堅苦しい挨拶も紹介も結構だ。君たちも楽にしたまえ。……それにしても」
ポワリエ侯爵はねっとりとした眼差しで私、お姉様、ドゴール監査隊長を見つつ、挨拶と紹介を断る。
つまり「お前たち三人と話す気はない。黙っていろ」ということだ。
高位貴族とはいえ傲慢な態度に、ドゴール監査隊長が片眉を上げた。というか、伯爵かつ貴族院の役職持ちであるドゴール監査隊長に失礼すぎる。
それに気づいているのかいないのか、ポワリエ侯爵は朗らかにルグラン様に話しかける。
「君が聖女様以外をエスコートするとは驚いたよ。職務とはいえ大変だねえ」
ルグラン様いわく「何を言っても、自分の都合のいいようにしか解釈しない男だ。たまに話しかけられるが、適当に流して無視している」との事で、言い返したことは無かったらしい。
けれど。
ルグラン様は満面の笑みを浮かべ、私を抱き寄せた。
「確かに、ベルトラン子爵とアナベル嬢の護衛任務を仰せつかっております。ですが、今宵はそれだけではございません。愛しいアナベル嬢の婚約内定者として、彼女をエスコートしているのです」
「は?い、愛しい?」
唐突な愛しい宣言。私やお姉様たちは慣れているけど、ポワリエ侯爵はポカーンだ。ルグラン様は侯爵の様子を無視し、いい笑顔のまま続ける。
「ポワリエ侯爵閣下、ちょうどいい機会です。私の愛しいアナベル嬢と、その姉君と、素晴らしい縁を結んで下さった方をご紹介しますね。
こちらは婚約内定者のアナベル・ベルトラン子爵令嬢です。そちらにいらっしゃるのが姉君のマルグリット・ベルトラン子爵閣下と、私たちの縁を取り持って下さったシャール・ドゴール伯爵閣下です」
ルグラン様に戸惑うポワリエ侯爵。
私も「え?侯爵の意向ガン無視だけどいいの?」と困惑しつつ、腹をくくる。紹介を受けて挨拶しないのは失礼にあたる。
気合を入れてカーテシーと挨拶をした。
「聖騎士エリック・ルグラン様のご紹介に預かりました。ポワリエ侯爵閣下にご挨拶いたします。お初にお目にかかります。ベルトラン子爵が妹、アナベル・ベルトランと申します」
お姉様とドゴール監査隊長も続く。ポワリエ侯爵は不快げに顔を歪めた。
「私は挨拶も紹介も不用だと言ったが?」
「左様でございますか。それは失礼。
しかし、私が今宵の夜会に出席したのは、私と私が愛するアナベル嬢との婚約が内定したことを知らしめるためです。ご覧の通り素晴らしい淑女ですから、私が婚約内定者だと主張しなければ不安なのです。
……どこぞの誰かが意味不明な主張をして、想い合う二人を引き離そうとするかもしれませんからね」
ルグラン様は、ポワリエ侯爵が聖女ミシエラ様とルグラン様が恋仲だという事実無根の噂を流し、相思相愛の聖女ミシエラ様と第二王子殿下の婚約を壊そうとしていることを、かなり露骨に当てこすった。
一瞬、ポワリエ侯爵は真顔になる。が、すぐに朗らかな笑みを浮かべた。
「仲がよろしくて何よりだ。しかし、無理をしているのではないかね?子爵の前でいうのは憚られるが、問題のあった家のご令嬢だよ?
おまけにご令嬢は、魔炎病に罹患していたせいで、社交もしていなかったそうじゃないか。子が産めるほど回復したかもあやしい。貴族令嬢としては致命的な欠陥だ。
華々しいご活躍の聖騎士殿には、もっと相応しいお相手がいるのではないかね?」
おうこのクソ親父。言うにことかいて、人様の家庭事情と身体の事情をほじくり、明確に侮辱しやがった。もちろん腹が立ったけど、同時に疑問に思う。
あれ?侯爵閣下の嫌味にしては、あまりにも直球で下品過ぎない?
挨拶回りでも嫌味を言われた。
私たちの元両親のこと、身体のこと、経験不足であることを散々悪く言われた。今後の付き合いは遠慮すると言った人も少なくない。だけど、こんな露骨で品のない言い方じゃなかった。
お姉様とドゴール監査隊長も、怒りよりも呆れがまさっている様子だ。
あれ?周りの人も呆れ顔だ。
まさかポワリエ侯爵は、腹芸とか社交が苦手?侯爵だよ?そんな事ある?
えーと。私は学んだ知識を思い出す。
ポワリエ侯爵は、かなり大きな領地を持つ大領主で、令息は財務省の役職持ちだ。本人も侯爵位を継ぐ前は、財務省の役職持ちで今も影響力がある。
ポワリエ侯爵家自体も歴史があり、寄子貴族も多い権力者だ。
だから、第二王子殿下と聖女ミシエラ様の婚約に反対し、噂を流して妨害しても、王家も教会も強く言えなかった。そんな大人物の割にはお粗末だ。
ひょっとして罠かなにか?
「お言葉ですが」
ぐるぐる考えていると、ルグラン様の声のトーンが一段と低くなった。
「ポワリエ侯爵閣下におかれましては、国王王妃両陛下が臣下とお認めになられたベルトラン子爵と子爵令嬢に対し、何か含むところがおありですか?
さらに私とアナベル嬢の婚約は、教会も推していることですが……王家と教会の決定に異を唱えるだけの覚悟と根拠を、閣下はお持ちでいらっしゃるのでしょうか?」
「な、何を大袈裟な。私はただ君が心配で……」
「アナベル嬢との婚約が内定して幸せなので、ご心配頂く必要はございません。
ああ、子供についてもご安心を。授かれば大切に育てますし、そうでなければその分アナベル嬢を大切にします。
といいますか、子供が欲しくて結婚するのではなく、アナベル嬢と幸せになるために結婚しますので、どちらにせよ問題ありません。
それでは、御前を失礼いたします」
ルグラン様はポワリエ侯爵の発言をぶった斬り、私をエスコートしながら離れた。お姉様たちもそれに続く。
そのまま軽食コーナーに移動した。飲食と歓談のためのテーブルと椅子もある。
私たちは適当な卓につき、給仕に指示して軽食と飲み物を運んでもらった。
給仕が離れてから、ルグラン様に小声で訊ねる。
大広間で勝手に魔法を使うのは禁止だ。魔法で会話を誤魔化せないので、慎重に言葉を選んだ。
「ルグラン様、さっきのアレ大丈夫なの?その、気持ちはとても嬉しかったけど、罠か何かじゃ……」
ルグラン様は、ローストビーフを切り分けながら微笑んだ。
「いや。あの方にそんな意図はないよ。いつもの事さ。ご自分に媚びへつらう者しか周りにいないせいか、配慮と良識が麻痺しているようだ」
辛辣さに絶句していると、ドゴール監査隊長が失笑した。そして、ルグラン様の発言を否定しない。
「え?マジ?そんな事ある?」
思わず砕けた言葉が出て、お姉様とドゴール監査隊長から「はしたないですよ」「夜会の最中だぞ。弁えたまえ」と、指導が入る。
仰る通りです。ごめんなさい。ルグラン様はローストビーフを食べながら、話を続ける。
「信じられないだろうけど本当だよ。
まあ、自分より身分の高い相手には礼儀正しいし、大きな問題は起こさなかったから目こぼしされてたんだろう」
えええ。ドン引きだ。要するに、上に媚びて下に当たるパワハラクソ野郎じゃん!
「黙って聞き流してやるのは終わりだ。関係各所から「いい加減鬱陶しいから切り捨てる。もう気を使わなくていい」と、言われているしな」
ん?という事は……。
ドゴール監査隊長が、やれやれと言いたげに白ワインのグラスを揺らす。
「あの方もいよいよご勇退か。血筋と家柄に見合わぬ人格をされているが、実務能力はそれなりにあったのだがな」
ルグラン様は美味しそうに赤ワインを飲んでから、ニヤリと笑った。
「無粋な雨雲は、天に輝く星から光を奪おうとしたのです。星はもとより、太陽、満月、光の園の主もご立腹です。
幸い、奥方、嫡男殿、長女殿は賢明だ。愚かな真似はしない。ご勇退されても大勢には影響がないでしょう」
【無粋な雨雲】【天に輝く星】【光】【太陽】【満月】【光の園の主】
全て暗喩だろう。恐らく無粋な雨雲はポワリエ侯爵、星は第二王子殿下、光は聖女ミシエラ様、太陽は国王陛下、満月は王妃陛下、光の園の主は教会のトップである大司教様だ。
要するに【ポワリエ侯爵による第二王子と聖女ミシエラの婚約妨害に対して、王家と教会が激怒している。侯爵は失脚し、表舞台から引きずり落とされる】という事だろう。
私の隣に座るお姉様が、こっそり耳打ちした。
「部外者であるドゴール伯爵閣下にも教えたということは、すでに根回しが終わっているという事でしょう。あるいは閣下が巻き込まれないよう、お伝えするよう言いつかっていたか。
どちらにせよ、今期の社交シーズンは荒れるわね」
「ひええ。怖い」
震えていると、ルグラン様が苦笑した。
「流石はベルトラン子爵閣下。両方とも当たっています。
アナベル嬢、安心して。出来るだけ荒れないようにする予定だよ。ただまあ、このまま放置しておくのは不味すぎるし、どなたもお怒りが凄まじいからな……」
そういえば、第二王子殿下と聖女ミシエラ様の婚約は、本人たちが相思相愛だからだけでなく、政略的にも重要なんだっけ。
王家と教会の関係強化、絶大な人気のある聖女ミシエラ様を王家に迎える利点、第二王子殿下が大貴族と縁づくことによる権力の偏りと王位継承権争いの回避。
他にも沢山理由があり、様々な調整を経て実現した。なのに、ポワリエ侯爵は反対し、娘を第二王子の婚約者にするべきだと主張している。
ポワリエ侯爵は、【娘の血筋の良さ】【見返りに第二王子殿下の後ろ盾になる】【持参金も弾む】と言ってるらしいけど、王家にとっては利点が薄く欠点がはるかに大きい。
しかもポワリエ侯爵の真意は、「娘を王族と縁付かせて権力を強めたい」だもの。そりゃ偉い人たちが怒るわ。
「ふむ。星にかかる薄雲はどうなるのかね?」
「さて。ずいぶんと星にご執着のようですが、まだお若い。立場を弁えて改めれば良しだそうです」
【星にかかる薄雲】ポワリエ侯爵の次女であり、第二王子殿下の婚約者に推されてる令嬢のことだろう。父親と同じく破滅するか否かの瀬戸際ということか。
うわー。殺伐としてるなあ。横恋慕の代償が大き過ぎる。
私とお姉様は顔を見合わせて、この大広間の何処かにいる令嬢に同情した。どうか穏やかな選択を選んで欲しいものだ。
……なんか不穏なフラグっぽいけど。
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