第2部 10話 新緑月の夜会
夕刻。ベルトラン子爵家タウンハウスの居間にて。
私とマルグリットお姉様はソファに並んで座り、お互いのパートナーを待っていた。
「アナベル。今日も素敵ね。咲き始めた薔薇のようだわ」
「ありがとう!マルグリットお姉様も神秘的で綺麗だよ。夜の女神様みたい」
今日は夜会だ。
例によって、二人ともピカピカに磨かれてドレスアップしている。
私が着ているのは、髪と同じピンク色と黒のドレス。ドレス本体はピンク色の生地。胸の切り返し部分を結ぶ大きなリボンは、同じ生地に黒いレースを被せている。
裾にも黒いレースがあしらわれていて、愛らしさと大人っぽさが同居したデザインだ。ちなみに、今回のドレスも既製品を手直ししたものだ。元はピンク一色だった。
あれはあれで愛らしくて素敵だけど、こっちの方が好き。だって。
「うふふ。アナベルって、明るい色だけじゃなくて黒も似合うのね。そのリボンとチョーカーも似合ってる。ルグラン様の喜ぶ顔が目に浮かぶわ」
「え、えへへ。そ、そう?」
お姉様の意味深な笑みに照れてしまう。
黒は、今夜もエスコートしてくれるルグラン様の髪と瞳の色。私たちの婚約が内定していることを示すため、黒をあしらってほしいと頼んでいたの。
専属侍女のオルスタンスは、「黒色ですか。アナベルお嬢様には暗すぎるのでは……」なんて反対してたけど、出来上がりを見て黙った。
髪をハーフアップにして、黒地に大粒の水晶があしらわれたリボンで結び、同じ色合いとデザインのチョーカーで首を飾っている。
どちらも、ドレスのデザインを聞いたルグラン様からのプレゼントだ。めちゃくちゃ嬉しくて涙ぐんじゃった。ルグラン様が涙に動揺してたのが可愛かったなあ。
それにしても私ったら、中身がアラフォーだからか涙腺が弱くなったなあ。または、それだけ嬉しくて感動したというか……。
思い出すと更に照れそうなので話題を変える。
「黒が似合うのはお姉様もだよ。特に今宵のお召し物は素敵。黒薔薇の貴婦人って感じ」
お姉様は、3日前の謁見の時以上に大人っぽい装いだ。
黒髪をシニョンにまとめ、化粧で目鼻立ちをはっきりとさせている。
ドレスはマーメイドラインで、デコルテを大胆に見せつつ上品だ。生地は光沢のない黒い布地で、裾にオレンジ色のフリルを重ねている。
そして黒真珠と黄金のパリュールが、全体を調和させていた。
私はうっとりと見惚れてしまう。
「そのパリュール、まるでお姉様のために作られたみたい」
「ありがとう。でも、このパリュールを着けていると緊張するわ。ベルトラン子爵家の歴史を背負っているようなものだもの」
髪飾り、耳飾り、首飾り、指輪で構成されているパリュール。
花と葉の形に彫刻した黄金に、虹色の照りがある大粒の黒真珠をあしらったそれは、ベルトラン子爵家の家宝だ。
五代前のベルトラン子爵家当主が作らせもので、その当主もお姉様と同じく女性かつ黒髪黒目だった。
かなりのやり手だったらしく、領地を拡大して現在の富の礎を築き上げ、子爵まで陞爵したそうだ。
だからこの黒真珠のパリュールは、ここぞという時にだけ当主かその妻だけが使う。
社交界でも、そう周知されているという。
ちなみに小説の私は『黒なんて地味で嫌!いらない!』と言って、身につけることなく売り払った。もったいない。
まあ、パリュールにしろドレスにしろ、お姉様以上に着こなせる気はしないけど。お姉様自身はあまりわかってないようなので、きちんと言葉で伝えた。
「大丈夫。ドレスよりパリュールより、お姉様自身が輝いてる。それにお姉様は、すでにベルトラン子爵家そのものを背負ってるじゃない」
背負わせた側である私が言うのはアレだけど、心からそう思う。ドレスもパリュールも、あくまでお姉様の引き立て役でしかない。
本当に素晴らしいのは、マルグリット・ベルトラン子爵その人なのだから。
「アナベル……貴女の言葉はいつも真っ直ぐで、私に力を与える」
お姉様は背筋を伸ばした。心なしか瞳の輝きが増す。
「ええ、貴女の言う通りよ。私はマルグリット・ベルトラン子爵。ベルトランの全てを背負う者。このパリュールは私にこそ相応しい」
きゃー!素敵!
堂々たる笑みと自信が、お姉様をさらに輝かせる。
思わずオタクめいた悲鳴を上げかけたところで、ルグラン様とドゴール監査隊長がやって来た。
「アナベル嬢、マルグリット嬢、待たせてすまない。……ああ!今日のアナベル嬢も素敵だ!ピンクはもちろんだが、黒も似合う!何に例えたらいいかわからないくらいで……アナベル嬢?」
「アナベル嬢?固まっているがどうしたのかね?」
私は、感動のあまり気が遠くなり息が止まりかけていた。いや、止まってたかもしれない。
それくらいルグラン様がカッコいい!
いつもの騎士装束じゃない!夜会用の礼服だ!黒に銀の縁取りと刺繍のジャケット、灰色のズボン、白いシャツ、光沢のある白いクラバット。
クラバットを飾るブローチはアクアマリン?大きな空色の宝石が輝き、繊細な銀の縁取りが施されている。
よく見るとカフスピンも同じ宝石だ。
私の瞳の色だ。
全身で私が好きだと主張するファッションだ。
ルグラン様は、私へのプレゼントはもちろん、自分の衣装も装飾も急いで準備したはず。色々やる事がある中で、きっと大変だったろう。
ルグラン様って本当に素敵だ。頼りになる大人で、面白い人で、恋には健気で。
あ、目頭が熱い。
うっかり泣きそう。
「あ、アナベル嬢?どうした?また泣きそうになっているが」
ルグラン様が差し出した手に、そっと触れる。
「まだ先だけど、貴方と婚約出来るのが嬉しいの。……言ってなかったけど、私も貴方が好き」
「っ!アナベル嬢!」
ルグラン様の顔がパッと赤くなった。ああ、照れた顔も好きだ。
ああ、そういえば贈ってもらったジュエリーのお礼がまだだ。この素敵な人に相応しい何かを贈りたい。贈らなくちゃ。
愛しさがあふれて抱き締めそうになって……。
「あらあら。二人とも可愛らしいわね」
「そうだな。すぐ二人の世界に入るのはどうかと思うが」
「っ!ご、ごめんなさい」
「す、すまない。つい……」
お姉様とドゴール監査隊長の言葉に我に返った。
「ドゴール監査隊長。この二人はこれが普通なのですから、あたたかく見守って差し上げましょう」
「それもそうだな。出発まで時間はある。続けたまえ」
「「続けられません!」」
私たちはたっぷり揶揄われてから、王城に向かったのだった。
◆◆◆◆◆◆
今宵の王家主催の夜会は、【新緑月の夜会】と名付けられた大規模なものだ。
主だった貴族家の当主夫妻と15歳以上の子女が招待されるので、重要な発表やお披露目をすることも多い。
そんな夜会の会場である王城の大広間は、絢爛豪華としか言いようのない空間だ。
謁見の間も広かったけど、その倍以上はある。
眩しく輝く魔法仕立てのシャンデリア。色とりどりの大理石を敷いた床。金と赤を基調とした調度品、壁沿いに置かれた技巧を凝らした料理。
何より着飾った紳士淑女たちの華やかなこと!
流石は異世界恋愛小説の世界だ。
お姉様と私も美少女だし、ルグラン様も美形だけど、多種多様な美男美女がゴロゴロしてる。
それに、ドゴール監査隊長みたいな渋カッコいい紳士淑女もいる。
国王陛下の開会の挨拶を待ちながら目の保養をする私に、ルグラン様が囁く。
「君、やっぱり度胸があるな。3日前のプレデビュタントはあんなに緊張してたのに、今日は余裕だ。……周りに注目されてると気づいてるか?」
確かに、周囲は私たちを観察している。私たちの見た目もさることながら、お姉様が爵位を継ぐまでの一連の事件のせいで注目されてるのだろう。
周囲に聞こえないよう扇子で口元を隠し、声をひそめて囁いた。
「余裕じゃないよ。緊張してるし、周りの目も気になる。あの謁見に比べたらマシってだけ。もうちょっと気を引き締めた方がいい?」
「いや、今の方がいい。変に力を入れない方が、姿勢も所作も美しいからな。……まあ、君を他の男に見せたくないけどな。さっきから下心丸出しで見てる奴らがいる」
言いながら鋭い眼差しを周囲に向ける。何人かがビクッとして目をそらした。
「嫉妬深いなあ。でも確かにアナベルは美少女だから気をつけないとね」
「そうだ。君はあまり男と話さないように。中身まで魅力的だと知られたら、本気で惚れられてしまう」
「そ、そう?ありがとう」
ルグラン様、こういう事をサラッと言えるのが凄い。ちょっと照れてしまう。
話している間に全ての招待客が入場し、国王王妃両陛下による開会の挨拶が始まった。
挨拶の後は重要事項の発表だ。その中に、新たな襲爵者と叙爵者の発表もある。また、爵位を得た理由も発表された。
お姉様がベルトラン子爵を襲爵したことと、前子爵夫妻が多数の貴族法違反を犯し、お姉様を虐待していたことが発表される。広間が少しどよめいた。
すでに公示されてはいるけど、まだ知らない人も多いらしい。情報収集能力の差だろう。
モロー監査官の淑女教育では「貴族たるもの情報収集能力も高くなくてはなりません」と、口酸っぱく言われたっけ。
国王陛下の発表はさらに続く。
「すでに監査と裁判は終わった。前ベルトラン子爵夫妻の罪は明らかとなった。刑罰内容も決まっている。
それに伴い、マルグリット・ベルトラン子爵がベルトラン子爵位を襲爵したのだ。成人前の襲爵は異例だが、これはベルトラン子爵が優秀ゆえだ」
次いで、王妃陛下の柔らかくも凛とした声が響く。
「皆も、近年のベルトラン子爵家と子爵領の発展について、聞き及んでいるでしょう。手堅い領地経営、宝玉果という新産業を軌道に乗せた手腕。その全てが、マルグリット・ベルトラン子爵によるものです」
この情報に関しては伏せていたため、今度は広間中が大きくどよめいた。
「静粛に!名ばかりの前子爵夫妻は全てをベルトラン子爵に押し付け虐待し、甘い汁を啜っていた。魔炎病に罹患していたアナベル・ルグラン子爵令嬢の治療が遅れたのも、前子爵夫妻の散財ゆえだ。
もちろん、前子爵夫妻の罪は二人には関係ない。
ベルトラン子爵の努力によってベルトラン子爵領は発展し、ベルトラン子爵令嬢は快癒した。
そしてベルトラン子爵令嬢は、聖女ミシエラに前子爵夫妻の罪を告発し、己が姉と子爵家を救ったのだ。
マルグリット・ベルトラン子爵、アナベル・ベルトラン子爵令嬢。二人は余と王妃が認めた臣下である。相応に扱うように」
広間中の貴族全員が礼を取り「御意」と述べる。壮観だ。私たちも礼を取る。
ホッとした。表だって反対する人はいない。新しいベルトラン子爵家は、ひとまず社交界に認められたのだ。
ただし、あくまで表向きだ。気を引き締めなければならない。
実際に、マルグリットお姉様に危害を加えようとする相手もいるのだから。
その筆頭であるジョルジュ・トリュフォー伯爵令息の顔を浮かべながら、私は背筋を伸ばした。
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