8話 ドレスアップとプレゼント
爽やかな初夏のある日、私たちは王都に到着した。
ベルトラン子爵家のタウンハウスで一晩過ごし、明朝から風呂と着替えに取りかかった。
私とお姉様の専属侍女たちはもちろん、タウンハウス中がピリピリしている。
当然だ。私とマルグリットお姉様が、 生まれて初めて王城に行く、プレデビュタントの日なのだから。
王国の貴族は、成人するまでは保護者の付き添いが原則だが、10歳から登城を許される。
茶会、夜会、演奏会など、登城の理由はなんでもいい。成人前の初めての登城は、プレデビュタントと呼ばれる重要な行事となる。
とはいえ、社交界への正式なお披露目前の予行練習という側面もあり、ある程度の失敗は目こぼしされるらしいけど……。
「本日お会いするのは、畏れ多くも国王王妃両陛下とお聞きしております。アナベルお嬢様もマルグリットお嬢様も、最高の状態で登城しなければなりません」
専属侍女たちの気合いがすごい。しかし、彼女たちの言葉は正しい。
謁見の良し悪しによって、新しいベルトラン子爵家の運命が決まる。
だから私たちは、半月前から食事内容、入浴方法、全身の手入れを徹底的に施されていた。
人に洗ってもらうのって、恥ずかしいし慣れない。
魔炎病に罹患していた間は、侍女かお姉様に体を拭いてもらっていたけど、治ってからは一人でお風呂に入っていたから余計に。
とか言ってる余裕はない。
侍女たちの目がギラギラしているし、恥じらう間もなくピカピカにされるのだ。
青髪の専属侍女オルスタンスが、うっとりとした眼差しで語る。
「絹のように白く滑らかなお肌、薄紅の薔薇より華やかで愛らしいお髪……このお肌とお髪をさらに輝かす為、最高の石鹸、香油、化粧品をご用意しました」
「最後の仕上げです。私たちが徹底的に磨きます」
「衣装も用意してございます」
「お、お任せするけど、出来ればお手柔らかに……」
無理っぽい。
まずは浴室。
クリーム色の髪の専属侍女カモミーユと赤髪のアザレが、私の肌を泡で磨いた。良い香りだし気持ちいいけど、鬼気迫る顔だから怖い!
全身をタオルで丁寧に乾かし、下着類を着たら浴室の続きの間に移動。ベッドに横たわって、オイルマッサージや髪のお手入れに入る。
初めて受けた時はテンション上がった。前世で経験ないけど、ブライダルエステってこんな感じなのかなって。
「しばしご辛抱を!」
「あだだだ!痛い痛い!」
何回受けても痛いし、今日は特に痛い!悲鳴しか出ないよおお!
「アナベルお嬢様、動かないでください。しっかりお髪に染み込ませなければ。後は爪も磨きましょう」
ひーん!歯を食いしばって耐える。痛いけど、確かに全身ピカピカになるし、調子も良くなるんだよね……。
身体はピカピカ心はシワシワになったところで、次の間に移動。
「まあ!流石はアナベルお嬢様!さらにお美しくなられましたね!
ああ、吸い付くように滑らかな肌……完璧なプロポーション……腕が鳴ります。後は、このオルタンスにお任せくださいまし」
「……うん。もう好きにして……」
青髪の専属侍女オルタンスが中心となって、着替え、髪を結いあげてセッティングし、化粧を施してもらう。
今日着るのは白いドレスだ。プレデビュタントとデビュタントの服装は、明確な決まりがある。
ドレスや礼服は白一色で、装飾品も白、銀、無色透明の貴金属だけしか使えない。過度な露出は厳禁。
今回用意してもらったドレスも、決まりに基づいたとても素敵なドレスだ。
ちなみに現在のこの国は、コルセットを使わないドレスが主流だ。そうでなかったら逃げてたかもしれない。経験済みの歳上の侍女曰く「気力で締め上げます。地獄です」らしいから。
などと考えている間に、ドレスの着付けが終わった。姿見で確認する。
「わあ!可愛い!」
「ええ、良くお似合いです」
ドレスの形は、前世でいうAラインドレスに近い。デコルテは鎖骨が見える程度で、我ながら形のいい膨らみは生地に包まれている。
上半身部分は白い刺繍があしらわれていて、シンプルなスカート部分はふんわりと広がる。とっても上品かつ可憐だ。
ドゴール監査隊長は『時間がないので、既製品を調整するしかなかった。せっかくのプレデビュタントだというのに申し訳ない』と、仰っていたけど、生地も仕立ても上質で美しい。
頂いた時、嬉しくて飛び跳ねて『はしたない』と、叱られてしまったなあ。
などと考える間も、支度は続く。
「では、こちらにお座りください」
「顎をもう少し上げて目を閉じて下さい。……よろしいです。このままじっとしていて下さいね」
鏡台の前に座り、全てをお任せした。
専属侍女たちが素早く動く。香油で艶の増した髪を編み込み優雅に結い上げ、銀と水晶で出来た花の髪飾りをあしらう。
化粧名人のオルスタンスが、いつもより大人っぽい化粧を施せば……。
「アナベルお嬢様!ご覧下さい!女神のような美しさと神々しさですわ!」
姿見で全身を確認して息を呑む。これから大人になる年齢特有の透明感と、完璧なプロポーション、そして可憐かつ上品なファッションとメイク……本当に、アナベル・ベルトランって美少女ね!
そしてこの美しさを引き出してくれたのは、間違いなく3人の専属侍女たちだ。
「カモミーユ、アザレ、オルスタンス。ありがとう。貴女たちのお陰で、安心してプレデビュタントできるよ」
「もったいないお言葉です!」
「ありがとうございます!」
「アナベルお嬢様からのお言葉!このオルスタンス、終生忘れません!」
うう!暑苦しい!特にオルスタンス。すごく恍惚とした顔で私を見るんだよね……。
でも、それくらい熱心に仕事をしてくれる。それにこの3人は、私が魔炎病に罹患して我儘MAXの時も見捨てなかった忠臣だ。
後でお姉様と相談して、給料アップするか臨時報酬を渡そう。
「いつも私の世話をしてくれてありがとう。これからもよろしくね。じゃ、行ってきます」
「アナベルお嬢様あああああ!」
オルスタンスの感激の悲鳴を聞きながら居間に行き、ルグラン様、お姉様、ドゴール監査隊長様と合流した。
時刻はちょうど正午だ。明るい光が居間に満ち、ソファに座る紳士淑女たちを照らす。
一人が立ち上がり、私に笑いかけた。
「アナベル嬢!ドレスも髪型も素敵だ!良く似合ってる!名前の通りアナベルの花の妖精みたいだ!」
「えへへ。ありがとう。ルグラン様もカッコいいし素敵だよ。やっぱり、騎士装束が一番似合うね」
ルグラン様は、初めて会った時と同じ聖騎士の騎士装束姿だ。純白の衣装が、後ろに撫でつけられ整えられた黒髪と凛々しい黒い瞳を引き立たせている。
おまけに背も高くて逞しくて……もうカッコ良すぎてくらくらする!
「本当に。二人が並んでいると絵になるわ」
微笑ましげに言うお姉様にハッとする。
優雅にソファに座るお姉様こそ絵画のよう!
ドレスは私と同じ色と型だけど、刺繍がドレス全体に施されていて、より豪華で気品と威厳がある。
最近まで青ざめていた白い肌は、あたたかみを取り戻して滑らかに美しい。
化粧によって引き立たされた理知的な美貌、魅惑的に輝く黒い瞳はブラックダイヤモンドか黒真珠か。結いあげられた黒髪も、星空を溶かして磨いたかのよう。
ああ!ダイヤモンドと真珠と銀で構成された髪飾りは、三日月と星がモチーフね!
私たちの髪飾りは、どちらもベルトラン子爵家が所有していたジュエリーだけど、どれを着けるかは専属侍女に任せていたの。
お姉様の専属侍女のみんなグッジョブ!最高に似合ってる!
「マルグリットお姉様こそお綺麗よ!夜を統べる月の女神様って感じ!」
「うふふ。ありがとう。私が月なら、アナベルは太陽ね。でもルグラン様の仰る通り、花の妖精も相応しい。まばゆく愛らしい私の妹……」
「お姉様……!」
ひゃー!スパダリっぽい!素敵!
「君たち、戯れは後にしたまえ」
二人の世界に入りかけて、礼装姿のドゴール監査隊長の硬い声に阻まれた。ドゴール監査隊長は呆れ顔、ルグラン様は少し拗ねたような顔だ。
ルグラン様のその顔、嫉妬しているのかな?ちょっと嬉しい。
いやいや、そんな場合じゃないよね。だって、これから王城で国王陛下に謁見するんだもの。
ドゴール監査隊長もお姉様も立ち上がる。このまま玄関に向かうのだろうと思った、その時だった。
「んんっ!……アナベル嬢」
ドゴール監査隊長様に肩を叩かれ、ルグラン様は表情を改めた。打ち合わせしていたのかな?隅に控えていた執事長が、紺色のベルベットに包まれた箱を、ルグラン様とドゴール監査隊長様に渡す。
「アナベル嬢、プレデビュタントおめでとう。どうか受け取って欲しい」
ルグラン様は、優しい笑顔でその箱を差し出して開けた。
「わあ……!綺麗!朝露を連ねたみたい!」
銀の鎖にカッティングされた水晶を連ねた首飾り!なんて素敵!
ルグラン様がホッとした顔になる。
「喜んでくれてよかった。君の髪飾りに合うよう選んだんだ」
うひゃー!はにかんだ笑顔!キリッと凛々しい美形がそんな顔したら!もう!惚れ直しちゃう!
「ありがとう。とっても嬉しい!」
「仲が良くて何よりだな。マルグリット嬢には私からだ。門出を迎える君に相応しい物を用意した」
ドゴール監査隊長は、大小様々な真珠が輝く首飾りをお姉様に差し出す。真珠は高級品だ。ドゴール監査隊長が、後ろ盾として心を砕いているのが良くわかる。
お姉様は感動したのか、瞳を潤ませて受け取った。
「素晴らしいお品をありがとうございます。この首飾りに恥じることのないよう、気を引き締めます」
「うむ。期待している」
あ。ドゴール監査隊長の眼差しがゆるんだ。とっても優しい顔。
なんだか親子みたいで和む。
「ドゴール監査隊長が私たちのお父様だったらよかったのに。なんでアレなのかなぁ」
「俺も元クソ親父と交換したい」
「うふふ。アナベルとルグラン様のお気持ちは良くわかるわ」
「君たち。光栄だが、時間が迫っている。さっさと首飾りを着けて馬車に乗りたまえ」
首飾りを着けると、一層豪華になった。
「なんだか自信が湧くね」と、お姉様と話しながら四人で馬車に乗り込み、王城へ向かった。
ちなみに、すでに両親の裁判は終わっている。今日の昼前に結審と同時に判決が言い渡され、両親の罪と私たちの無罪が公表された。
私とお姉様は、あえて裁判には出席しなかった。
理由は単純。国王陛下から今日の日付を指定され、「登城して謁見せよ」と命じられたからだ。
今日を指定されたのは、「私たちは両親の罪と無関係であり、親子の縁が切れている。国王陛下もそう認めている」と、知らしめる意図があるそう。
王城の敷地内に入り、馬車が止まる。ルグラン様とドゴール監査隊長が先に降りた。
私とお姉様は目を見合わせて、どちらともなく頷く。
「お姉様、いよいよだね」
「ええ。気を引き締めていきましょう」
巨大で豪華な王城に気圧されつつ、私たちは一歩を踏み出した。
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