6話 小説と現実 ジョルジュ・トリュフォー
私は小説のワンシーンを思い出す。
小説の私が、ジョルジュ・トリュフォー伯爵令息に融資を頼んだシーンだ。
◆◆◆◆◆◆
アナベルの自室。ベッドの上で絡み合う男女がいた。
片方はもちろんアナベルだ。一戦終えた気怠さをまといながら、トリュフォー伯爵令息に甘える。
『ねぇジョルジュう。貴方のお父様にお願いして欲しいのぉ。お金を用意できないと、ベルトラン子爵家が、ぼ、ぼつらく?して、私もお父様たちも困るんですって。ね?私も新しいドレスが欲しいし……私を愛してるなら助けてぇ』
令息は、綺麗な顔を信じられないくらい歪めて言い放った。
『はは!この僕が、君みたいな下品な馬鹿を愛してる?冗談はよしてくれ』
『え?な、何を言っているの?……きゃ!痛い!何するのよ!』
『うるさいなあ』
令息はアナベルの身体を引き剥がし、ベッドから出た。
『君、顔と身体はそれなりだけど飽きたよ。それに僕には真実の愛がいる」
『はあ?!ジョルジュ!何を言ってるの!?』
小説のジョルジュ・トリュフォー伯爵令息は、マルグリットお姉様という婚約者がいるくせに浮気していた。予算も浮気相手のために使っている。
令息の浮気相手は平民だ。幼馴染で、出会いはお姉様との婚約よりさかのぼる。
令息は浮気相手を本気で愛し、結婚したいと思った。親が用意した縁談も断ろうとしたが、『その場合は、貴族をやめて平民になければならない』と言われてしまう。
もともと、ジョルジュ・トリュフォー伯爵令息は三男だ。跡取りである長男も、スペアである次男も健在で優秀。
予備爵位も余っておらず、伯爵夫妻は貴族らしい合理主義者だ。自分で身を立てるか、他家への婿入りをしなければ、いずれ貴族身分を失う。
『この僕が平民だって?冗談じゃない!』
生粋の貴族である令息には無理だ。かと言って、身を立てるだけの能力もない。
だから令息は、お姉様との婚約を受け入れた。そして、その立場を徹底的に利用することにした。
お姉様はもとより、アナベルへの愛なんて一欠片もない。アナベルと婚姻前に肉体関係を持ったのも、確実に婿入りするためと肉欲を満たすためだった。
『しかし、ベルトラン子爵家の没落は残念だ。せっかく馬鹿な妹が婚約者になるようにしたのに』
『ば、馬鹿ですって!?』
『ああ、君だけじゃない。ご両親も馬鹿だよな。
有能なマルグリットを後継者から外して、無能な君を後継者にしたんだから。お陰で、僕と真実の愛は美味しい思いをさせてもらったけど、君たちは用済みだ』
令息は、アナベルと婚約してからベルトラン子爵家の金を着服していたのだ。しっかり者のお姉様が居た時には出来なかったことだ。
クズにも程がある。
しかも令息は、ベルトラン子爵家が没落しなかった場合、いずれアナベルと両親を殺害するつもりだった。殺害後はベルトラン子爵となり、愛人を正妻にするつもりだったのだ。
犯罪だしお家乗っ取りじゃん!最低!
『君より都合の良い相手が見つかったんだ。恋愛ごっこはおしまいだ。じゃあね』
『ちょっとジョルジュ!待ちなさいよ!ジョルジュー!』
こうしてジョルジュ・トリュフォー伯爵令息は、借金に苦しむベルトラン子爵家を真っ先に見捨てて逃げた。
というか、ベルトラン子爵家が借金苦になった理由の一つが、コイツが着服したり高価な物をねだったりしたからだ。
本当にクズだ。絶対許せない。
まあ、この後で苛烈な『ざまぁ』を受けて破滅するんだけどね。『都合の良い相手』は、もちろん令息を破滅させるための罠だし。
◆◆◆◆◆◆
それはともかく、小説でこんなクズな上に、現実でもあんな手紙を私たち姉妹に送りつけるくらい、お姉様への扱いが酷い。
意識を現実に戻した私は、誓った。
「お姉様の幸せのために、絶対にお姉様とジョルジュ・トリュフォー伯爵令息を婚約解消させてみせる!」
お姉様たちも頷き、引き続き話し合った。
とりあえず私は手紙の返信はしないし、令息と接触しない事になった。主な対応は、間もなくベルトラン子爵を継ぐお姉様がする。
お姉様の負担が大きいので反対したけど、私が出ると余計に話がややこしくなるので、大人しくするよう言われてしまう。
ちょっと凹んだ。
「お姉様、お任せしてごめんね。あんなクズと関わりたくないでしょ?」
「気にしないで。ベルトラン子爵を継ぐ者として、しっかり対処するわ」
とはいえ、出来るだけ穏便に婚約解消するはずだった。
トリュフォー伯爵と伯爵家は、私たちに対して無関心ではあったけれど、実害はなかった。失礼をしたのもクズなのも令息だけだ。
事を荒立てないよう、トリュフォー伯爵家と揉めないよう、慎重に動く予定だった。だけど……。
四人での話し合いから数日後。
トリュフォー伯爵令息が、とんでもない計画を立てていることがわかり、そうも言ってられなくなった。
◆◆◆◆◆◆
昼過ぎ。私、ルグラン様、私の専属侍女二人がいる図書室にて。
窓を春の雨が叩く。外は薄暗く、微かに雷の音がしている。図書室の中は灯りが付いていて明るいけれど、外以上に重苦しく暗い雰囲気になっている。
その原因は、先程ルグラン様から聞いた報告だ。
私のドスが効いた声が響く。
「は?トリュフォー伯爵令息が、お姉様と既成事実を作ろうとしている?ベルトラン子爵家に確実に婿入りするために?既成事実を作るための媚薬も手に入れた?」
「ああ、マルグリット嬢が手紙で『王家主催の夜会に出席するが、トリュフォー伯爵令息のエスコートは不要です』と、手紙で知らせただろう?それでマルグリット嬢が襲爵することと、彼女から愛想を尽かされたことを悟ったらしい。
しかも、すでに媚薬を手に入れて計画を立てているらしい。『彼』からの情報だ。俺の人脈の方でも裏を取った。間違いないだろう」
「あのクズ潰す」
「もちろんだ」
私たちが参加する王家主催の夜会は規模が大きい。主だった貴族と貴族子女は招待されているそうだから、令息も招待されているのだろう。
夜会のエスコートを出来なくても婚約者だ。いくらでも接触できる。お姉様の隙をついて媚薬を盛り、既成事実を作るつもりだという。
「令息の交友関係と予算の使い道についても裏は取れた。君の予想通りだ」
「なるほど。なら、色々と動けるね」
「ああ。そして『彼』……アレクシス・デュラン男爵令息は、俺たちと協力することを了承した。この酷い計画と、計画を潰すためデュラン男爵令息が関わることを、マルグリット嬢に知らせないことが条件だが」
「そっか。やっと、腹黒担当イケメンが交渉の席についたんだ。……私の罪を許したわけではないだろうけど」
デュラン男爵令息は、小説の中でも屈指の腹黒かつ黒幕ポジションだ。敵に回したくない相手だけど、味方になれば心強い。
「それにしても、やっぱりお姉様に本性を知られたくないんだね」
さて、デュラン男爵令息の条件を飲むかどうか。
私は、小説と現実のデュラン男爵令息について思いを馳せた。
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