10話 聖女の覚醒(エリック視点)
「エリック君!待ちなさい!」
俺は神官様とシシリーおばちゃんを振り切り、走って家に帰った。
「ーーー!ーーー!」
男の怒鳴り声、物が壊れる音が外まで聞こえる。気づかれないよう中に入った。
「離せ!これは私の金だ!」
「違う!そのお金は貴方のものじゃない!私とエリックが真っ当に稼いだお金よ!返して!」
「うるさい!真っ当だと?笑わせるな!お前のような無能な女は、盗むか身体を売るぐらいしか出来ないだろう!この売女め!私はお前のせいで全てを失ったんだ!」
居間は無茶苦茶になっていた。机や椅子がひっくり返り、壁が傷だらけになっている。
その中で、母が知らない男の腰に縋り付いて止めようとしている。
いや、知らないと言ったのは嘘だ。初めて姿を見るが、一目でわかった。
たるんで赤らんでいるが、元は整っていたであろう顔は、嫌になるほど俺に似ている。
クソ親父が!金をせびりに帰って来たのか!
運悪く、ジョンおじちゃんたち腕に覚えのある者は魔獣狩りのため出払っている。
だから、シシリーおばちゃんは神官様を呼んだんだな。
俺が母さんを守らないと!
そう決心するが早いか、クソ親父は母さんを振り払って手をかざした。
「いいから離せ!……風よ斬り裂け!【風の刃】!」
「母さん!」
風魔法が放たれるより早く、俺は二人の間に飛び込んだ。
ザシュッ!ドシャッ!
「エリック!いやあああああ!」
「なっ?!子供?!……ま、まさか、俺の子か?何故こんなことを……!」
母の絶叫、クソ親父の狼狽えた声、そして激痛で何もかもわからなくなった。
「神官様!こっちです!エリックを助けてください!」
どれくらい意識を飛ばしていたのか。
母の悲痛な声と激痛に意識が戻る。
身体が痛い。燃えるようだ。どんどん血が出てる。
ああ、瞼が重い。目の前が霞んでいる。
「エリック君!気を確かに!寝てはいけない!光よ!この者を癒やしたまえ!【治癒魔法】!」
柔らかな光が身体に当たり、ゆっくり痛みが引いていく。血が止まっていく。
「がはっ…!ううっ…!」
でも、また痛みと出血がぶり返す。
ああ、この感覚。知っている。
死んでいく感覚だ。
もう助からない。
「しっかりしなさい!光よ!この者を癒やしたまえ!【治癒魔法】!」
「神様お願いします!エリックを助けて下さい!」
まあ、いいか。母さんは助けられたし、もう寂しい思いをしなくて済む。
ああ、でも、俺と同じ転生者には会ってみたかったな。
だけど無理だよなあ。
俺は全てを諦めて、目を完全に閉じ……。
「エリックお兄ちゃん!死んだら駄目!生きて!」
幼い声と共に、眩い光があふれた。
「ミシエラ?何故ここに……!まさか、この光は……!」
「し、神官様!エリックが!」
光が身体の中に入り、広がっていく。痛みが消え血が止まり、死の気配が遠ざかっていく。
「俺……は……」
視界がはっきりする。俺はガバッと身体を起こした。母たちの驚いた顔、ぐちゃぐちゃのままの部屋が見える。
「エリック!傷が治ってる!」
「奇跡だ!」
母と神官様の言葉。俺の身体は血塗れだが、あったはずの傷は綺麗に消えている。
治っている。生きてる。生きてる!
「エリックお兄ちゃん!」
俺にしがみつくミシエラ。涙を流して神に感謝する母、大喜びする神官様。
皆が俺の生存を喜んでくれている。
自覚した途端、心が喜びでいっぱいになった。
「ミシエラ、ありがとう。俺、死ななくてよかったよ」
さっきまで生を諦めていた癖に、我ながら単純だ。だけど、人間なんてそんなものだろう。生きれる限りは生きたいと願うものだ。
それに俺が死んだら、どこかに居るかもしれない転生者が寂しがるしな。
なんだか面白くて、揉みくちゃにされながら笑ってしまった。
◆◆◆◆◆
それからは大騒ぎだった。
母は俺に感謝したが、「二度と私を庇うような真似はしないで!貴方はまだ7歳の子供なのよ!」と、泣いて叱った。
神官様もお説教モードだ。
「貴方は私たち大人に任せて教会にいるべきでした。シシリーさんは、貴方が大怪我をしたと知って倒れたのですよ」
俺はシシリーおばちゃんに平謝りし、「この馬鹿たれ!」と怒鳴られ、めちゃくちゃ痛い拳骨を食らったのだった。
そして。
「神官様、俺は完治しているからベッドから出て良いですよね。じっとしているのはヒマで……」
ベッドサイドに座る神官様は、にっこり微笑んだ。とても圧のある笑顔だ。
「駄目です。確かに傷は治りましたが、貴方は働き過ぎです。この際ですから、しっかり休みなさい」
「はい……」
あれから3日経ったのに、教会のベッドで静養している。
無茶した俺への罰であり、労りだ。母をはじめ大人たちは俺を心配してくれていたらしい。
というか、「もう生活に困ってないわ。もっと遊んでいいのよ」「学校に通ってみませんか?」とか言われてたのは、働き過ぎを心配されていたかららしい。
大事にされていることが嬉しくて、でも照れ臭い。
「とにかく、今日はこのまま寝ていて下さい。明日からは普通にしていいですよ」
「やった!神官様、わざわざそれを伝えに来てくれたんですか?」
お忙しいのに申し訳ない。そう思ったが、神官様は首を振った。
「貴方のお父君の処遇が決まりましたので、その説明にきました。他にもお伝えすることがあります」
クソ親父は、俺に大怪我を負わせてすぐ逃げた。が、あっさり捕まって衛兵団に引き渡されたという。
「エリック君とアンさんへの殺人未遂、傷害、脅迫、養育の義務放棄はもとより、他にも余罪がたっぷりあります。少なくとも、50年以上の懲役はまぬがれないでしょう」
殺人未遂については、『脅すだけで当てるつもりはなかった』などと言ってるらしい。最後までふざけた奴だ。
息子に命に関わる大怪我を負わせた。しかも原因は、妻を脅すため放った風魔法だというのに。
「事件は映像と音声で記録されています。言い逃れはできません」
「え?映像と音声?まさか、魔道具を使ったのですか?」
神官様は頷き、経緯を説明してくれた。
この国は、離婚も絶縁もしにくいようになっている。余程の理由があり、大量の手続きをこなさなければ出来ない。
だから両親は離婚していなかったが、あまりにクソ親父の行いがクソなため、速やかに離婚が成立したという。
「もちろんエリック君も絶縁済みです」
「やったぜ!ありがとう神官様!」
「私だけの力ではありません」
こんなにもすんなりと事が運んだのは、大人たちが離婚と絶縁成立に向けて動いていたからだ。
実は、クソ親父……絶縁したから父じゃないな。クソだ。クソが金をせびったのは、今回が初めてじゃなかったそうだ。
半年くらい前から、母が用事で街に出るたびに脅していたという。
母は拒絶したがクソは諦めない。おまけにクソはどんどん精神が不安定になっていく。
母は、「このままでは自分もエリックも危ない」と危機感を抱き、村の皆に相談していたのだ。
皆は協力し合い、密かにクソの現状を調べ、養育義務放棄の証拠を集め、母を脅す様を記録していたのだ。
映像と音声を記録する魔道具は、教会にあったのを神官様が貸してくれたという。
「本来は神事などを記録するための魔道具ですが、こういった使い方をすることもあります。信者を守り助けるのも教会の大切な役割ですから。無事に離婚と絶縁が成立してよかったです。
……それはそうと、まさか聖女覚醒の瞬間を記録できるとは思いませんでしたが……」
その言葉に、部屋の空気が張り詰めた。
「やっぱり、ミシエラは聖女様なんですか?」
「はい。間違いありません。貴方を癒した光、あれは間違いなく【神聖回復魔法】です。複製した映像を大司教猊下に送りましたので、直々に鑑定とお迎えにいらっしゃるでしょう」
予想してたが、えらい事になったな。
この国の教会は、王都にある中央教会が最も権威がある。
大司教はそのトップであり、国中の教会と聖人聖女と聖騎士団のトップでもある。
ちなみに、司教は大司教の下だ。大司教を補佐する司教と、教区ごとに分かれて複数の教会を監督をする司教に大別される。
司教の下には助祭と神官がいる。
助祭は大司教や司教を補佐する。神官は助祭以上の神職や聖人聖女を補佐をするか、各地の教会に派遣されて教会の管理と祭事を行う。
聖人聖女は、大司教と同等に近い権威を持つ。信仰の対象でもある。
大司教が直々に迎えに来る聖女様。もしこの世界が物語なら、ミシエラが主人公なのだろう。
高位貴族のご落胤の孤児が、聖女として成り上がるストーリーだろうか。
俺の役割は差し詰め、主人公であるミシエラの力が発現するきっかけ。要するにモブだな。俺が主人公かも?なんて思ったのが恥ずかしいぜ。
なんて思っていたが。
「貴方も、恐らく中央教会に迎えられるでしょう」
「は?なんで俺が?」
「……貴方が受けた傷は、内臓まで到達した酷いものでした。出血も多く、本当なら即死していたはずです」
「えっ」
「それにミシエラは、【神聖回復魔法】だけでなく、【神聖祝福】もかけていました。
どちらも意図的ではなく、貴方を『治したい』貴方の『身体を強くしたい』と、強く願ったからでしょう。
エリック君、貴方の身体は【神聖祝福】に耐えられた。ほぼ間違いなく、聖騎士の適正があります。聖騎士候補生になるかどうかは、貴方の意思にゆだねられますが……」
大変なことになった。
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