9話 エリックとミシエラ(エリック視点)
俺の両親は貴族だった。しかも父は、伯爵家の嫡男だったという。親が決めた婚約者を捨てて母を選ぼうとしたので、それまでの立場も爵位も失ったそうだ。
母は下級貴族の娘で、父と同じように全てを失った。しかも腹の中には俺がいた。
8年前。二人は僅かに残った個人資産を持って、平民として村に移り住んだ。ただし、定住する気はなかったそうだ。
父には、士官の当てがあったらしい。この地方の領主だか領主嫡男だかと親しかったので、文官として雇ってもらうつもりだったそうだ。
結果は散々なもので、父は打ちのめされた。
俺が産まれる少し前から酒に溺れるようになり、産まれてしばらくして家を出た。以来、母は一人で俺を育ててくれている。
「母さんの個人資産が尽きる前に、俺が働けるようになって良かった」
◆◆◆◆◆
俺がまだ5歳の頃のことだ。
父は帰らず、いよいよ蓄えが尽きそうになって、母は途方に暮れていた。母は下級貴族家の娘だったというが、恐らく裕福な家だったのだろう。
家事は出来るが、自ら外で働くという発想が無かった。しかも内気なせいで、人に頼るのが下手だった。
「旦那様が帰ってこない。ああ、もうどうしたら……」
俺を抱きしめて嘆く母に、俺はこう言った。
「母さん、父さんのことは諦めよう」
「エリック?あなた、何を言ってるの?」
「その代わり俺も働く。というか、もう働いてる」
「ええ!?貴方が!?」
一番いいのは、父親に金を入れさせることだが、それは難しい。
だから俺は、ジョンおじちゃんたち周りの人に相談し、村の細々とした仕事を引き受けることにした。
この村は農業も狩猟も盛んだ。常に人手が足りない。子供でもできる簡単な仕事でも、真面目にやれば役にたつ。役に立てば報酬がもらえる。
同じように働く歳上の子供に混じって、俺は精一杯働いた。
お使いをしたり、農作業したり、母と共に教会の手伝いをしたりした。
「エリック!この卵をトム爺ん家に持って行ってくれ!」
「こんな風に膨らんだ豆だけ摘むんだよ。たくさん摘んだらお礼を弾むからね」
「子供たちの面倒を見ていただきありがとうございます。私だけでは手が足りませんでした」
報酬は、小銭か食材だ。
俺は年齢の割に身体が大きく丈夫だ。しかも前世での記憶がある。上手いこと働けるようになった。
また、母は刺繍など針仕事全般が上手かった。針仕事を引き受けたり、教会を通じて刺繍を売り出したところ、かなりの報酬がもらえるようになる。
俺たちの報酬を合わせれば、無駄遣いしなければ充分に暮らせるようになった。
◆◆◆◆◆
今日も、母は温かい野菜シチューをよそいながら笑っていた。
「シシリーさんの話が楽しくて、あっという間に一枚刺し終わったわ。また注文も入ったの。エリック、何もかも貴方のおかげよ」
もともと両親は余所者で元貴族だ。周りと距離があった。
自画自賛だが、俺が積極的に周りと関わることで、本当の意味で俺たち一家は村に受け入れられたのだろう。
周りは、俺と母に同情して気にかけてくれるし、俺や母の仕事に感謝してくれる。
お陰で半年前、母が病に罹ったことをすぐに気づけた。
母は不調を隠していて、俺は気づけなかった。
もし、近所付き合いしていなければ、手遅れになるまで治療できなかったかもしれない。
その治療だって、教会の手伝いをしていたから安く受けれたのだ。
「俺はちゃんと生きている。生きれている。母さんも周りも良い人が多いし、クソ親父と【鑑定】のことを除けば不満はない。だけど……」
そんな母や周囲に打ち明けられない記憶がある。そのことがどうしても寂しかった。
◆◆◆◆◆
翌日、教会に行った。
神官様に、分割にしてもらった母の治療費を支払うためだ。
この村の神官様は、光魔法の一種である【治癒魔法】が使える。聖女の【神聖治癒魔法】ほどの威力はないというが、お陰で母は全快した。感謝している。
「エリック君、いらっしゃい」
「神官様、こんにちは。治療費を払いに来ました」
俺を応接室に通してくれた神官様は、まだ若くひょろっとした体型の男性だ。
柔和な顔に困惑の笑みを浮かべ、俺が差し出した治療費を受け取ろうとしない。
「もう充分頂きました。エリック君たちにはお世話になっていますし、これは君たちの生活に役立たせて下さい」
「それを言うなら、俺たちも神官様のお世話になっています。どうか受け取って下さい」
「ですが……」
「もらって頂かなくては、神官様の治療を受けにくくなります。お願いします」
「……わかりました。ではこれは、子供たちのために使います」
困ったように笑う神官様に、俺はちょっとモヤっとした。
「神官様、俺たち以外からもしっかり治療費をもらって下さい」
「それでは皆様が暮らしていけません」
「教会と孤児院もタダでは維持できません。現に、貴方は自分の食料を子供たちに回していますね?
否定しても無駄です。明らかに痩せていますし、子供たちからも話を聞いています。やめて下さい。貴方が倒れたら、この教会も孤児院もどうなるかわかりませんよ」
「た、確かにその通りですが……」
思わずため息を吐きつつ、治療費とは別に用意していた包みを渡す。母がパンとチーズを持たせてくれたのだ。
「夕方まで子供たちの世話をします。神官様は、これを食べてゆっくりしていて下さい」
「で、ですが……」
「いいですね?」
「は、はい。しっかり食べます……」
応接室を出て孤児院に向かいながら、俺はため息を吐いた。
神官様は、聖職者に相応しい善人だ。いつも孤児と村人のために活動しているし、俺と母さんのような新参者にも分けへだてない。
俺たちが村で受け入れられたのは、神官様のとりなしがあったのも大きい。
だが、あまりにも無欲で浮世離れし過ぎている。
司教が【鑑定】に来ない理由もそこにあるのだろう。神官様は、駆け引きをしたり賄賂を使う発想が無い。
というか、そもそも金がない。
恐らく、中央から回される予算が少ないのだろう。しかも、田舎なせいでお布施もなかなか集まらない。
先ほど言ったように、神官様の治癒魔法で稼ぐ手もある。だけど残念ながら、神官様は【治癒魔法】の名手ではあるが、わざわざ遠くから治療を受けに来るほどではないという。
患者は村人だけだ。正規の治療費を支払わせても、充分な額が集まるかあやしい。
「頭が痛くなってきた。ただでさえ、教会は孤児院を併設してるから費用がかさむのに」
しかも、孤児たちの数も多い。
胸糞悪いことに、わざわざ他所からこの村に捨てていく奴らがいるせいだ。
中には、明らかに高貴の血を引いている子もいる。
「あ!エリックお兄ちゃん!遊びに来たの?」
孤児院の談話室に入ると、馴染みの子供が抱きついて来た。
「おう。ミシエラ、今日も元気だな。いま何をしてたんだ?」
ミシエラは、俺より3歳年下の女の子だ。銀髪金眼で、恐ろしく整った顔をしている。
この世界はファンタジーらしく、様々な髪色瞳の色肌の色の人々がいる。中でも銀色と金色は、高位貴族に特に多い色だそうだ。
ミシエラの親は、高位貴族だろうと言われている。
そんな噂があり、見た目は神々しいほどキラキラしているが、中身は明るくて好奇心いっぱいの子供だ。神官様も俺も、他の子供と変わらず接している。
「歴史の勉強だよ!お兄ちゃん、この本読める?」
「どれどれ……大丈夫そうだ。読み上げるから、文字を目で追ってくれ」
「エリック!俺も勉強したい!」
「あたしも!」
いつも通り、年少の子供たちに勉強を教える。俺も神官様に勉強を教えてもらっているし、前世での経験がある。人に教えるのは得意な方だ。
体育教師時代を思い出すからか、この時間だけは寂しさを忘れられる。
昼過ぎまで勉強したら、年長の子供たちと食事の準備をして帰ろう。
頭の中で段取りをつけていた。その時だ。
「ん?教会の方が騒がしいな。叫び声か?」
子供たちには、ここにいるよう言って様子を見に行った。
教会から、神官様とお隣のシシリーおばちゃんが、慌てた様子で飛び出す。
二人は俺に気づかない様子で話している。
「神官様!アンを助けて!あの男、おかしいよ!」
「もちろんです。貴女は、ここにエリック君と共に残って……エリック君!?」
アンは母の名だ。母に何かあった。
気づけば家に向かって走っていた。
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