1 うちは、そういう店じゃ(定期)
「“サラ・オルタネイル。ノルヴァの冒険者ギルド長ハリー・オルタネイル氏の養女にして元孤児。現在は同都市において『星明かり亭』を営むかたわら、Bクラス冒険者でもある”――身上書に間違いはないな? アルゼリュート」
「は。陛下」
アルゼリュートは立ったまま、肯定の意を込めて礼をした。
半端に伸びた赤毛が視界を塞ぐ。その長さのぶんだけ過ごした辺境での日々をかみしめ、垂れていた頭を戻す。
壇上からは何も言われていない。
にもかかわらず勝手に顔を上げたのは、ここが私的な空間であり、相手が父親だからだ。
アルゼリュートの父――ベルナンド・セアドール・ベアトリクス。つまりこの国の王は私室で大儀そうに肘をつき、いつの間に臣下に用意させたのやら、サラの身上書を読んでいる。
数枚綴りの書類に目を通し終えた王は、胡乱なまなざしでそれを振った。
「優秀なのは認めよう。が、平民である」
「すばらしい女性です。命の恩人ですし」
「それは理解しておる」
ぐぬ、と歯を食いしばって背もたれに後頭部を当てた王は、天を仰いでいるようにも見えた。
国王の末子にして不肖の息子を自認するアルゼリュートは、さらに追撃を送る。
「そこには書かれていないと存じますが、彼女は陛下もお気に入りのAクラス冒険者パーティー『竜狩り』とたいそう親しい友人であり、辺境伯シリウス閣下とも懇意にしています。ハリー殿も非常に頼りにしており、傑出した辣腕家です。先だってはセザルク公爵令嬢のことも助けましたし、ね」
「わかった、わかった! そなたの言いたいことは」
「は。何でしょう」
スン、と表情を身構えた末子にベルナンドが途方に暮れる。
さて、こんなに頑固な息子であったろうか……とも。
国王は後退してきたかもしれない生え際の髪を撫でつけ、片側の肘置きに体重をかけて身を乗り出した。
「そなたは婿入りする身であろう」
「お言葉ですが、承諾しておりません」
「パールレティアの何が不満だと言うのだ」
(まさか不満な点を列挙せよという意味だろうか……)と、眉をひそめたアルゼリュートだが、流石にそこまで嫌いおおせているわけではない。
パールレティアは多少わがままではあるが、道理の分からない少女ではない。懐かれている自覚はある。情もある。
――それでも。
アルゼリュートは、ぐっと顎を引いて宣言した。
「彼女は妹のようなものです」
「贅沢者め」
「否定はいたしません。ですが、この身は彼女がいなければ、今ごろ魔性の餌食でした」
「……それは……しかし」
王は口ごもった。
たしかに、黒靄の夢魔の件は凶事であった。
王宮内にあって魔物の干渉を防げなかったなど前代未聞。事態の深刻さは痛感している。
おまけに当時は誰も気づいてやれなかった。ただの夢だと一笑に付した。
そんななか、出奔した王子をとやかく責められないのは、そうしなければ彼自身が死んでいたと皆が認識しているからだ。
幸い、治世はまぁまぁ安定している。
戦でもなく、誰が子どもを失いたいだろう。否。できれば目の届く範囲で幸福になってほしい。頼りになる後見も得てほしい……
そんな願いを世間では子を思う闇と言うのだろうが。
「アルゼリュートよ」
親馬鹿はさておき、ベルナンド王は息子を説得しようとした。
が、王子は片手を挙げてさらりと阻んだ。
「陛下。こうお考えください。もし――もしも。未だ、魔性の脅威が去っていなければ?」
◆◇◆
薫風かおる芽吹きの季節。
ベアトリクス王国の雅びやかな王都、その中枢の城にアルゼリュートは呼び戻された。
雪融けのころグレイシアにお忍びで行ったことはすでにセザルク公爵から報告済みらしく、すべてをすっ飛ばして迎えの馬車がノルヴァまでやって来たからだ。
もともと、春にはいちど帰還するつもりでいたアルゼリュートがこれを拒むことはなかった。
星明かり亭では、もっぱら貴族の若様と噂されていたこともあり、あからさまに家紋のない箱馬車が宿の前に乗り付けられたときも、お役人っぽい(※王城勤務の本職)男性が現れたときも、本人や周りの人間が騒ぎ立てることはなかった。
――客や従業員たちから、興味津々のまなざしで見送られたとしても。
迎えの男性は、アルゼリュートが厨房からコック服で現れたことに驚きを隠せずにいたが、ちゃんと余計なことは漏らさずにカウンターのサラに礼を述べた。
やれやれとこぼしたアルゼリュートはコック帽をサラに預け、顔を寄せると、そっと囁いた。
『すまない。何の前触れもなかった』
『でしょうね。ハリーも明日はびっくりよ』
『ギルドにも内緒で? 困った父だ。行ってくる』
『行ってらっ…………え!? 戻ってくるの?』
『戻ってはいけない?』
『いえ、そんなことは』
『なら、良かった』
ホッと微笑んだ赤毛の長身青年に、給仕の女の子たちはこぞって黄色い声をあげたが、サラはそれどころではなかった。
そんな約束をしては。
(大丈夫……? 国王陛下だって、たとえ末っ子でも王子をいつまでも野放しにはなさらないでしょう。ましてやアルゼは)
『サラ?』
『あ、はい』
考え事に没頭しかけた女将の顔を覗き込み、アルゼリュートが首を傾げた。
そうして、何か物言いたげな。うずうずと堪えるような仕草をして去って行ったのだ。
それが、三日前。
(ひとの噂は速いわね……)
日没間際のかきいれ時。
辺境都市ノルヴァの宿界隈は賑わい、今日も煩雑な様相を見せている。星明かり亭は、あくまでも路地裏にひっそりと構えるちいさな食事宿。
にもかかわらず客が多い。――正確には、宿泊や食事を目的としない客が。
テーブル席ではなくカウンターに詰めかける冒険者たちに、サラは溜め息をついた。
「お客さんがた。申し訳ないけど、うちはそういうの、一切お断りしてるんですよ。いくらご厚意でも」
「まぁまぁ〜、気持ちだからさァ。受け取ってくれよ女将」
「つうか、もう独り身だろ? 固いこと言わずに」
「ちょ、お前! よくそんなしけた兎肉なんかで口説けたな? 恥知らず」
「ンだと? 貴様こそ薄っぺらい魔石ちらつかせてんじゃねえぞ。この、たわけ!」
「……はあぁ」
サラは瞑目した。キュッ、と音が鳴るほどぴかぴかに磨きあげたグラスを握り割りかねない。
絶妙に喧嘩に発展しない罵詈雑言の応酬は、流石と言うべきか。
昨日あたりから、ちらほらとこんな客が増えた。
今までも給仕の女の子にプレゼントを渡し、あわよくば連れ出そうとする輩はいた。
だが、あいにく星明かり亭はそういう店ではない。どの客にも『勤務外にしてくれ』と頼んでいるし、応じない分からず屋は古参の客が撃退してくれた。
いま、サラが頭を悩ませるのは、その古参勢が高い割合で言い寄ってくることにある。甚だ疑問である。
(実力行使は、できればしたくないんだけど)
宿の売り上げよりも自身の心の平安を選び取ったサラが、意を決して息を吸った――次の瞬間。
入り口のベルがチリリンと鳴り、どよめきを湧かせて新規の客が入店した。サラはぽかんと口を開ける。
「え……ハリー?」
「おうよ。息災だったか」
「おかげさまで」
「そりゃ良かった。ここ、いいか」
「もちろん。どうぞ」
空いたカウンター席に腰を下ろした強面のギルドマスターに、ほかのカウンター客はすごすごと出ていった。
お久しぶりです! ゆっくりですが、新章始めました。
のんびりとお付き合いいただけると幸いです(*´ω`*)




