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10年ごしの引きニートを辞めて外出したら自宅ごと異世界に転移してた  作者: 坂東太郎
閑話集 4

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閑話7-4 マルクくん、がんばる。

副題の「7-4」は、この閑話が第七章 四話目ごろという意味です。

「ユージさま、いってらっしゃいませ!」


「ユージさん、アリスちゃん、気をつけてね!」


 ユージが異世界に来てから4年目の春。

 犬人族のマルセルとその息子のマルクは、初めての街へ向けて出発するユージとアリスたちを見送っている。

 獣道を歩くアリスが振り返り、ぶんぶんと手を振るマルクに負けじと大きく手を振り返す。それを見たマルクは顔を赤くしていた。青春である。


「さてっと……。じゃあ畑仕事だな! マルク、手伝ってくれるか?」


「うん、おとーさん! ボクがんばるよ!」


 元気に返事をするマルク。だが、彼にはアリスがいない今こそ叶えたい野望があるのだった。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



 ユージたちが旅立ってから二日目の早朝。

 マルクは、ユージの家のホースから流れる水を受け止めていた水瓶を取り替える。水が溜まったら空の瓶をセットするのがマルクの仕事であった。冒険者三人組を含めて六人が足りる程度ということで、ホースから出る水はユージに調整されていた。一日に三つ、大きな水瓶をいっぱいにするほどである。


「よいしょっと。ううん、重いなあ……。でも水の心配をしなくていいなんて、ユージさんはすごいなあ……。ボクもがんばらなきゃ!」


 どうやらマルクはユージのことを過大評価しているようである。すごいのは家とその機能であって、ユージではない。


 重い水瓶を持ち、よたよたと歩くマルク。突然、水瓶が軽くなる。


「重そうだね坊主! 俺が持つよ!」


 留守番に残された冒険者三人組のうち、両手剣を使う派手な鎧のエクトル。彼が横から手を出し、水瓶を持ってくれたようだ。


「え、でも、それはボクの仕事だし……」


 子供がそんなこと気にするなって! などと言いながら、すたすた歩いていくエクトル。あいかわらず人の話は聞かないが、根は善良であるようだ。


 獣人一家が住むテント、ヤランガに水瓶を置くと、じゃあね! とエクトルが去っていく。どうやら日課である朝の訓練に向かうようだ。

 マルクはその後ろ姿を見て、何かを言いかけては止めてを繰り返していた。言いたいことがあるのだが、なかなか踏ん切りがつかない。握りしめられた拳が、そんな気持ちを表しているかのようだった。



 カンカンと木を打ち合う音が響く。

 ユージの家の南側、森を伐り拓いた場所と農地の間のスペースで、留守番組のエクトルと大柄な男、ジョスがたがいに木の枝を使って訓練していた。


 木陰からそっとその様子を覗き込むマルク。どうやら何か彼らに言いたいことがあるようだ。だが出ていくタイミングが掴めず、まごまごしている。

 どうしよう、迷惑じゃないかな、そう悩むマルクの背後から人影が近づく。静かにマルクの後ろに立ち、ポンと肩を叩く。


「ひゃっ! あ、おかーさんか、ビックリしたあ……」


「マルク……。言いたいことがあるニャら、ニャやむより言ってきニャさい。男の子ニャんだから!」


 驚いて文字通り飛び上がったマルクに、母親の猫人族のニナが真剣な眼差しで告げる。真剣な眼差しだが、あいかわらず『な』は『ニャ』になるようだった。締まらない。


「うん……うん! ありがとうおかーさん!」


 ニナの言葉で、ようやくマルクの心も固まったようだ。訓練を続ける冒険者たちに向けて走っていく。その後ろ姿を見て、うんうんと頷くニナ。やはりユージのまわりは女性陣が強いようであった。



 駆け寄るマルクの姿を見て、訓練の手を止めた二人の冒険者。かたわらで弓を手入れしていたイレーヌもマルクに目をやる。

 大柄な男、ジョスとエクトルの前で立ち止まり、思いを告げようとするマルクだが、なかなか踏ん切りがつかないようだ。拳を握りしめ、耳を伏せ、尻尾を足の間に巻き込み、プルプルと震えながら二人を見たり地面に視線を落としたりしている。

 何かを感じ取ったのか、ジョスとエクトルは黙ってマルクを見つめ、その言葉を待っていた。


「あの、あの……。ボ、ボクも訓練に入れてください!」


 キラキラと輝く目に決意を乗せて、ついにマルクが冒険者たちに言葉を告げる。

 破顔する二人の男たち。


「そうか坊主! 俺に憧れちゃったか! いやあ、まだ小さいのにわかっ」


 大きな声でマルクに話しかけ、ポンと肩を叩くエクトル。だが、その言葉は途中でイレーヌに遮られ、そのまま手を引かれて連れ去られていった。マルクの対応はジョスがやるようだ。ケビンの専属護衛に鍛えられた連携プレーである。しかしエクトルに口を開かせたため、もし専属護衛に見られていたら全員に拳が飛んできたことだろう。とりあえずソイツは最初にしゃべらせるな。それが専属護衛とケビンが言葉と拳で三人にお話しした一つ目の注意事項だった。


「マルクくん、どうして訓練したいんだ?」


 腰を屈め、本人はにこやかな表情を作っているつもりでマルクに話しかけるジョス。だが、でかい体は圧迫感を生み、口を歪めた表情は凶悪だった。

 ヒッと後ずさるマルク。トン、とマルクの背中が何かに当たる。見上げたマルクの目に入ったのは、母親のニナの姿だった。優しい笑顔を浮かべ、マルクを無言で後押しする。ジョスに笑顔の作り方を教えてほしいものである。


「ボ、ボク……強くなりたいんです! おとーさんもおかーさんもボクが守るんだ!」


「お父さんとお母さんだけニャのかニャ?」


 勢い込んで叫ぶマルクに、母親のニナがすかさず突っ込む。先ほどまでの慈母のような微笑みは引っ込み、ニヤニヤと意地悪い笑みを浮かべている。さすが猫人族。ニナはイタズラ好きであった。


「う……ア、アリスちゃんも守りたいんだ……」


 もじもじと、小さな声で告げるマルク。にんまりとニナが笑う。どうやら息子の初恋を面白がっているようだ。

 ところで、マルクにとって上位者であるコタローはいいとして、マルクの守りたい対象からユージが外れていた。


「よし、わかった。では我らがマルクくんを鍛えよう。盾の使い方は私が教えるとして、武器は決まっているのか?」


「ありがとうございます、おじさん! 武器は剣にするつもりです!」


 ニナのからかいから助けるべく早々に声をかけたジョスは、ショックを受けていた。おじさん呼ばわりである。実は彼、老け顔だがこれでも21才なのだ。冒険者は実力を高めるためであり、ケビンと契約したのは護衛としての実績を積むためであり、いずれは騎士を目指している若人なのだ。

 マルクの曇りなき眼で見つめられ、告げられたおじさんという事実は、彼の心に大きな傷跡を残すのだった。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



 ユージたちが旅立ってから三日目の朝。

 留守番の冒険者三人組に、マルクが加わった訓練がはじまる。


 マルクがかまえた盾に、木の枝がぶつかる。

 ガンッと音を立てて受けるが、勢いを殺せずマルクがゴロゴロと転がっていく。地に伏せ、尻尾を丸め、おびえた表情で攻撃してきたエクトルを見上げるマルク。大柄な男、ジョスは腕組みしてエクトルとマルクを見つめている。

 ご、ごめん、やりすぎちゃった! だ、だいじょうぶ? 動揺して話しかけるエクトルだが、その時、大きな声が響く。


「どうしたマルク! それで終わりか! 強くなるんじゃなかったのか! 何度でも喰らいつく犬人族の誇りを忘れるな!」


 訓練場所の木陰から見守るマルクの父親、マルセルの声である。隣には母親のニナの姿があった。心配なのか、二人して陰から見守っていたようだ。

 それにしても。一目見ただけでコタローに腹を見せた犬人族の誇りとはなんなのか。喰らいつこうともしなかったようだが。


 父親の言葉に奮い立ったのか、足を踏ん張ってマルクが立ち上がり、盾を構える。

 そうだ、がんばれ! がんばれマルク! とマルセルの声が飛ぶ。ちょっとうるさいニャ、そんな表情でニナがマルセルを見つめていた。


「もう一回お願いします!」


 表情から怯えが消え、キリッとした顔でエクトルを見つめるマルク。


「マルクくん、正面で受け止めるんじゃなくて受け流すんだ。それに君は犬人族。足を使って動きまわったり、耳や鼻を活用することも考えるといい。あとエクトル、訓練なんだからゆっくり振れこのバカが」


「よし、いい気合いだ! いくぞマルクくん!」


 ジョスのアドバイスを聞いて、盾の陰に完全に体を隠すのを止め、わずかに顔を覗かせるマルク。忠告を聞き、いろいろ試してみるつもりのようだ。

 一方で、木の枝を大きく振りかぶるエクトル。忠告は聞いていないようだ。


 おとーさんとおかーさんを守るために。

 アリスちゃんを守るために。


 そんな決意を胸に秘め、マルクは訓練、農作業、水の管理、留守番の日々を奮闘しながら忙しく過ごすのであった。


 もっともその決意はまったく秘められておらず、本人が口にしたうえ周りにもバレバレであったが。



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