第七章 エピローグ
本日一話目です。
「弓矢っすか? まあ簡単な物でいいなら作れますけど……」
「ユージさん……。防衛を考えるのはいいと思いますけど、今のままでも充分な戦力ですよ? 戦えない開拓民を連れてくる時には用意しますから。それよりも家を建てたり、開拓する方が先だと思いますよ」
ユージが掲示板に開拓地の防衛について相談した翌日。
ユージはケビンと木工職人のトマスに弓やボウガンのことを話したが、反応は芳しくなかった。どうやら二人は、既存の戦力でどうにかなると思っているらしい。
「そうですか……。いまいち実感がわかないんですけど、俺も含めて今の環境と戦力で、どれぐらい相手にできるものですか? よく出てくるゴブリンとオークで言うと、どれぐらいの数ならみんな無事で撃退できますかね?」
ユージとアリス、コタローは謎バリアがある家の敷地に逃げればいい。積極的に招く覚悟はできていないようだが、これまでユージは勝てない数のモンスターに襲われた場合、獣人一家はとりあえず庭には入れようと考えていた。
だが、ユージはいまや開拓団の団長である。役職付きなのだ。元冒険者パーティの四人も含め、これから増えるかもしれない開拓民の安全を考えなければならない。
「そうですねえ……。ちょっと本人にも聞いてみましょうか」
そう言って、ケビンは元冒険者パーティのリーダーを呼び寄せ、この環境でどれぐらいの数のゴブリンとオークを相手できるか尋ねる。
「ふむ……。獣人一家も戦力に含めていいか? この開拓地を守るだけだったら、ゴブリンとオーク程度なら100はいけるな」
想像以上の数字に絶句するユージ。
アリスはおじちゃんたちすごいんだね! と満面の笑顔である。褒められたリーダーは相好を崩し、だらしない笑みを浮かべていた。男の子もいいけど女の子もいいなあ、ちょっとがんばるか、いやいまは大事な時期だからまだ、などと呟いている。ギリッとユージが歯をくいしばる音が鳴る。
コタローは100はいけると答えたリーダーに近づき、ポンポンと前脚でリーダーの足を叩いている。のろけはいいからそこのところもうちょっとくわしく、と言いたいようだ。
「弓を使えるのはウチの嫁と斥候、それから猫人族のニナさん。三人には柵の内側からひたすら射る。俺ともう一人の男は、柵の外で斬りまくる。横を抜かれてもまあ柵と空堀でもたついてる間に仕留められるしな。50、50で二つの方向から来ても分けて対処できる。それで100ってところだ」
自信満々に答える元3級冒険者パーティ『深緑の風』のリーダー。3級という肩書きは伊達ではないようだ。ちなみにウチの嫁発言に、ユージはふたたび歯ぎしりしていた。器が小さい開拓団長である。
「あ……。そういえば伝え忘れてましたね。コタローさんは4級相当の戦闘力で、アリスちゃんも魔法は4級相当の威力だそうですよ。ギルドマスターのお墨付きです」
ケビンの言葉にギョッと目を剥くリーダーとトマス。
元冒険者たちの朝の鍛錬に加わっていたため、ユージの実力は知られていた。だが、コタローとアリスの戦闘力は知らなかったのだ。
ふふんと誇らしげに胸を張るアリス。コタローは何やら気取った表情で、前脚で地面を掻いていた。おんなのひみつはじぶんからしゃべっちゃだめなの、とでも言いたげである。しゃべれないクセに。
「このちっちゃい女の子と犬っころが!? いて、あ、いて、すまん、すまんって」
驚きに思わず言葉にしてしまったリーダーが、頬をふくらませたアリスにつねられ、コタローの前脚パンチを受けて謝罪の言葉を口にする。
「それなら……。三方向からも対処できるし、ゴブリンとオークなら150はいけるんじゃないか? いや、交代できるわけだしもっといけるか?」
森の調査依頼を受けた二人の冒険者『宵闇の風』の男が言っていた、これ僕たち要りました? という言葉の意味をようやく実感するユージ。
どうやらユージが考えていた以上に、今の開拓地は過剰戦力なようであった。
犬人族のマルセルとマルクがメインで進めている農作業。
元冒険者の四人と木工職人のトマスは、家を造るために伐採や建材造りを進めている。
猫人族のニナやコタローが狩りを担当し、商会の主となったケビンが護衛を引き連れて街と開拓地を往復する。
ユージやケビンが気にしていたゴブリンとオークが頻繁に現れる理由も、本職の冒険者たちが調査をはじめた。
ユージは元冒険者たちに混じって早朝に鍛錬を行い、以後はアリスと一緒に開拓地に柵を建て、空堀を作っている。
異世界で初めての街、いや、14年ぶりに街を訪問したユージ。
ケビンの協力もあって、というよりもケビンの手腕で開拓民の登録も無事に終わり、ユージは大手を振って街に入れるようになった。
有能だから役職付きになるのか、それとも役職が人を育てるのか。
農家から開拓団団長になったユージは、自分とアリスとコタローだけではなく、開拓地と開拓民の安全を心配するようになっていた。
まあ考えるまでもなく、役職がユージを育てているのだが。
異世界に家ごと転移してから4年目の初夏。
引きニートからニートへ、森の魔法使いを経て農家へ、そして開拓団長へ。
きちんと申請したため、いまや公式書類にも開拓団長ユージと記されている。まさかの役職付きである。組織の長である。
ともあれ、開拓団長ユージはこうして順調に日々を過ごすのだった。





