第十四話 ユージ、移住予定の元冒険者パーティを案内する
「いやー、昨日はすいませんでした」
ペコリと頭を下げるユージとアリス。
ユージたちが家に帰り着いた翌朝のこと。
昨日、ユージとアリスは同行していた元冒険者たちと木工職人のトマスを案内せず、軽い挨拶で家に駆け込んでいた。
二週間ぶりの快適なトイレとお風呂の誘惑に逆らえなかったのだ。アリスもだいぶ毒されているようである。
「いやまあ、俺らのことはいいですよ。ユージ殿は旅慣れてないようで疲れたでしょうし、アリスちゃんはまだ子供ですからね。ただ、アイツのことは……」
元冒険者パーティのリーダーは特に気にしていないようだ。ただ、口ごもってチラリと隣に目をやる。
「ユージさん! なんすかこれ! なんなんすかその屋敷! あ、あのテントも初めて見た形っす! 説明! 説明してください! しかも近くで見たかったのになんか入れないんすよ!」
木工職人のトマスは、初めて見る建物に興奮さめやらない様子だった。ユージの奴隷の犬人族、マルセルに家の周囲と仮設住居のヤランガは案内してもらったようだが、彼が見たいのは見慣れない屋敷であった。
「あー、トマスさんすいません。家の敷地には俺とアリスとコタローしか入れないんですよね」
愕然とした表情を見せるトマス。よっぽどショックだったようである。地面に両膝をつき、さらに両手をついてうなだれる。
「あ、で、でも興味があるならそのうち間取りとか作り方とか見せますから。参考になるかわかりませんけど……」
フォローのつもりでトマスに声をかけるユージ。それを聞いてトマスはひとまず立ち直ったようである。だがいくら20年以上前に建てた家とはいえ、建材やガラス窓、サッシなどはオーバーテクノロジーだ。ユージが言うように、参考になるのは間取りや作り方ぐらいだろう。
コタローが静かにユージとアリスの下へ駆け寄ってくる。帰ってきた昨日に引き続き、周辺の見まわりに出ていたようである。勤勉な女であった。犬だけど。
「うーん、じゃあ見たかもしれませんが、いちおう開拓地を案内しましょうか」
「まず、ここが水場です。俺が住んでいる家からずっと水を流しっぱなしにしているので、瓶でもなんでも置いておいてください。水浸しになっちゃうんで溜まったらどこかに捨てるか、俺を呼んでください」
そう言って、ホースの先からじゃばじゃば水が流れ出る場所を見せるユージ。チラリと水瓶を覗き込むが、まだまだ余裕があった。それを見たユージは、これぐらいのペースでいいかな、と呟く。目を丸くする元冒険者パーティと木工職人のトマスの反応には気づいていないようだ。
アリスは瓶から水をすくってぱちゃぱちゃと遊んでいた。コタローに水をかけようとしては避けられ、きゃっきゃと喜んでいる。華麗にかわすコタローの身体能力についてはもはやスルーだ。
「と、とりあえず、この程度の人数なら水には困らなさそうですね……。ユージ殿、水の量はこれが限界ですか?」
開拓団のメンバーとして、元冒険者たちのリーダーが問いかける。
「いえ、勢いとしてはこれの倍ぐらいまでいけますね。あと、それとは別にお湯も出せますよ」
何気なく答えるユージ。一行はふたたび目を丸くしていた。
お湯はぽかぽかして気持ちいーよねー、というアリスの無邪気な声が森に響いていた。
「ここは昨日見ましたかね? これはヤランガという簡易テントです。細い木を組み合わせて支え、布で覆ったものですね。組み立てるのも解体するのも簡単ですし、これでも冬を越えられるぐらいあったかいんですよ」
獣人一家が住むヤランガの前でそんな解説をしたユージは、中に一声かけてからバサリと入り口の布をめくる。
昨日、犬人族のマルセルに案内されて元冒険者とトマスは中を見ていたようである。あらためての驚きはなかった。
「ユージさん、これスゴイっす! このままでもいいんですけど、丸太の支柱を建てるか木を中心にすればもっと頑丈になりますよ! とりあえず俺とみなさんの家はこれを造るっす! これならちょっと手伝ってもらえばすぐですから!」
勢い込んでユージに語る木工職人のトマス。どうやら移動性は捨て、支柱をプラスしてさらに安定させ、家を建てるまでの仮設住居にするつもりのようである。
「え、でも余った布がそんなにないかも……」
そんなユージの言葉に、トマスは激しく首を振る。
「とりあえず葉っぱがついたままの枝を重ねるんで大丈夫っす! ただその、冬になる前にはケビンさんに布を頼んでほしいなって……」
どうやらこの世界にも茅葺きに似た技術はあるようであった。地球においても断熱のため、雨を避けるために木の枝と葉を乗せるのは古くから各地に存在した知恵である。この世界にあっても不思議ではない。
ともあれ、ひとまずの簡易住居は目処が立ったようである。
「ここが開墾中の畑です。おーい、マルセル!」
開墾し、麦やイモの栽培がはじまっている畑を案内するユージ。とはいえユージに知識はない。作業していたマルセルに声をかけ、説明してもらうつもりのようだった。
農作業の手を止めて、犬人族のマルセルとその子供のマルクが駆け寄ってくる。どうやらマルセルの妻、猫人族のニナは留守番組の冒険者の一人、弓士のイレーヌと狩りに出かけているようだ。
「ユージさま、アリスさん、お帰りなさいませ。ご無事でなによりです!」
うれしそうにゆっくり大きく尻尾を振って、マルセルがユージに挨拶する。隣のマルクと尻尾の動きがシンクロしていた。さすが親子である。
マルセルの話によるとひとまず畑は順調のようだ。このままいけば、秋にはユージとアリス、獣人一家が冬を越す分の食料は確保できるらしい。
「そうですか、それはよかった! ところでマルセル、なんか……開拓地が広くなってない?」
「ええ、がんばりました! 残っていただいた冒険者のみなさまも快く手伝ってくださいまして……。今も切り株を処理してくれているんですよ! それに、マルクもがんばってくれましたし」
マルセルはまた尻尾を振り、うれしそうに農地が広がることを報告する。おおそうかー、偉いなマルク君、と父親から褒められて笑顔のマルクの頭を撫でるユージ。マルクは目を輝かせ、誇らしそうに胸を張っている。お手伝いえらいね! というアリスからのお褒めの言葉に、マルクはさらに頬を染める。青春である。
「おおユージ殿! お帰りなさい!」
切り株を担いでやってきた大柄な男、ジョスがユージに声をかける。ケビンの護衛にして、獣人一家を守るために留守番組となった三人の冒険者パーティ。マルセルの言葉にもあったように、彼らは健気に働いているようであった。
「そちらは開拓団になる方々ですか? ……え? あ、あの『深緑の風』の皆様ではないですか? 3級冒険者の……」
目を剥いて、おそるおそる尋ねるジョス。隣にいた派手な鎧の男、エクトルも驚きで固まっている。今日はあの白地に赤いラインが入った派手な鎧は着ていなかったが。
そうだ、だが引退してここの開拓民になるつもりでな、と告げる元冒険者のパーティリーダー。ジョスとエクトルはすっかり畏まり、握手など求めている。
「あれ? ジョスさん、知り合いだったんですか?」
「ユージ殿! ああ、ユージ殿は今回の訪問で初めてプルミエの街に行ったんでしたな。この方々は、プルミエの街でも数少ない3級冒険者パーティ『深緑の風』の皆様です。実力もさることながら、誠実な人柄で依頼主からの信頼も厚く、10級から8級といった我ら初級冒険者の憧れです。私自身は騎士志望ではありますが、それでもその評判は自ずと耳に入ってきたものですよ」
あ、ああ、有名な人たちだったんだ、とどこか暢気なユージ。アリスも驚いていたが、おじさんたちすごいんだねーとニコニコであった。コタローはじっと彼らを見つめていた。まるで、その隠された実力を測っているかのように。
元3級冒険者パーティの四人。片や戦闘力、片や魔法の威力だけなら4級相当とギルドマスターに太鼓判を押されたコタローとアリス。この規模の開拓地には過剰な戦力である。魔法による高い殲滅力とコタローの機動力、元3級冒険者たちの攻撃力。やはり、戦闘におけるユージの役割は肉壁しかないようだ。
「あの、ところでユージ殿……。ケビンさんから我らがどうすればよいか聞いていないでしょうか?」
ひとしきり挨拶を終えたところで、大柄なジョスがユージに問いかける。
「あ……。あの……えっと……」
どうやら、留守番組の三人の冒険者たちはケビンに忘れられていたようである。
完璧超人などいないのだ。
戸惑うユージ。首を傾げるアリス。ジョスとエクトルの表情が哀しみに歪んでいく。
ワ、ワンッ! と、珍しくコタローも動揺した鳴き声である。き、きにしちゃだめよ、と言いたいようだ。
と、とりあえず近いうちに来るって言ってたので、ここで待ってたらいいと思います。
静まりかえる空間に、力ないユージの声が響くのだった。
次話、明日18時投稿予定です!





