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10年ごしの引きニートを辞めて外出したら自宅ごと異世界に転移してた  作者: 坂東太郎
『第七章 ユージは農家から開拓団団長にジョブチェンジした』

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第十話 ユージ、ギルドマスターからの紹介で木工職人を勧誘する

交渉回? になるのかな?

「どうやらこの工房のようですね。入りましょうか、ユージさん」


 冒険者ギルドでのあれこれを終えた翌日。ケビンとユージは、アリスとコタローを連れて工房を訪ねていた。

 ケビンの手にはギルドマスターからの紹介状、ユージの手にはいつもの外装に覆われたカメラ。さらに、今日は小さな袋を持っているようだ。


 中からはカンコンと小気味よい音が聞こえてくる。そう、ここは大工兼各種木材加工の工房である。家を建てる、道具を作る、壊れた道具を修理する。開拓の初期に何よりも必要になるのが木工職人だ。

 鍛冶職人も欲しいところだが、炉が必要な鍛冶職人を招くにはまだまだ準備がいる。金属製品に関しては、しばらく街で購入・修理して対応するつもりのようだ。



「開拓村、それもまだ一軒しか建ってない状況、ねえ……」


 ギルドマスターからの紹介状とケビン商会の名前が効いたのか、ユージたちの対応に出ているのはこの工房の親方だった。だが、状況を聞いた親方は乗り気ではないようだ。当たり前だ。ギルドマスターの紹介状には防衛戦力は心配するなと書いてあったようだが、開拓に危険は付き物。まして、この工房は仕事には困っていないようなのだ。ギルドマスターが腕の悪い工房を紹介するはずもなく、ある意味では必然だろう。


「そうなんですよ。……ところで親方、新しい技術に興味はありませんか?」


 事情説明をケビンに任せ、これまで黙っていたユージが切り出す。

 そう。

 これからの開拓に必要な物を掲示板に相談した際、圧倒的多数からあげられたのが『大工』であった。農作業はユージの奴隷のマルセルに知識がある。人手はあればあるほどいいが、なければ開拓のスピードが遅くなるだけで特に困ることはない。だが、簡単なものでも家を建てられる大工はどうしても必要という答えだった。なにしろ獣人一家はとりあえずで建てたテント、ヤランガに今も住んでいる状況なのだ。


「うん? 新しい技術だと?」


 どうやら職人として、親方も興味があるようだ。


 ユージは持ってきた小袋の中から小さな箱を取り出す。

 それは縦12cm横8cm、高さ5cmの小さな木製の箱。

 幾何学模様が美しい箱根土産の定番。

 寄木細工である。


 ユージの両親が箱根旅行に行った際に、母親が買ってきた物だ。両親の部屋で見つけ、掲示板の住人たちのアドバイスによって持ってきたのだった。


「なんだこの箱は……? 美しい模様だが……。うん? まさか、ぜんぶ木なのか! 信じられん!」


 親方の大声が聞こえたのか、ちょうど休憩していた職人がわらわらと集まってくる。親方から見せられ、沸き立つ職人たち。なんだこれ、木目が違う木を組み合わせてるのか、それにしても……、うおおおスゲエ、なんすかコレ! とワイワイがやがや盛り上がっている。


「あの……この箱、開くんすか? 模様だけで開かない感じすか?」


 騒いでいた職人たちの中でも若い男がユージとケビンに話しかけてくる。どうやらユージが持ってきたのは、いわゆる秘密箱のようだ。


「もちろん開きますよ。見ててくださいね」


 木箱を受け取り、手元に注目させるユージ。親方や職人はもちろん、ケビンやアリス、コタローもユージの手元を覗き込んでいる。


 一つ目の仕掛け。木目の一部がズレる。おおーとどよめく親方と職人。

 二つ目の仕掛け。さらに別の箇所を動かす。ふたたび観衆がどよめく。

 三つ目の仕掛け。今度は側面を上にして、模様の一部を動かす。うおおおーと歓声が上がる。どうやら親方や職人、それにアリスはだいぶ興奮してきたようだ。

 四つ目の仕掛け。模様に指先を当てるユージ。お、と気の早い職人の声が聞こえる。模様は動かない。フェイントだった。コタローが冷たい目でユージを見つめる。なにしてるのよこのおばか、と言いたいようだ。

 気を取り直して別の模様に指先を当て、動かすユージ。一度溜めた分、おおおおおお! と、周囲の声はいっそう大きくなっていた。ユージの浅い考えにキレイにひっかかっていた。

 最後にフタをスライドさせ、ユージが箱を開ける。箱は空だった。

 親方と職人たち、ケビンとアリスの拍手と歓声に包まれるユージ。なぜかユージは得意気である。もちろんユージの功績ではない。


「ちょ、ちょっと貸してくれ! おお、おお? ううむ……」


 表面を触り、パーツを動かし、わずかな隙間から覗き込む親方。職人たちはそんな親方の姿を固唾をのんで見守っている。息はピッタリである。


「ダメだ、わからん……。ユージ殿、分解してもいいだろうか?」


「え、いやあ、それはちょっと……。俺も直せませんし……」


 まるでお通夜のように落ち込む親方と職人たち。息はピッタリである。芸人か。


「か、開拓団の仕事をすればこの技術を教えてもらえるんすか?」


 先ほどユージに開け方を聞いてきた若い職人が身を乗り出し、ユージに問いかける。どうやら親方でもわからない技術に興味津々のようだ。あーおいずりーぞ、コイツ抜け駆けしやがった! と彼の後ろでは大騒ぎである。


「え、ええ、もちろん。うまく教えられるかわかりませんし、夜とか時間がある時だけですけど……」


 うおおお、とさらに盛り上がる職人たち。先ほどまで渋っていた親方もその中に混ざっていた。テンションが高すぎる。

 あ、あとそうだ、これも言うんだった。小さな声でユージが呟き、職人たちにさらなる爆弾を投下する。


「あと、興味があるなら釘とか金具を一切使わないで家を建てる方法も教えますよ」


 バッと、一斉にユージの方を向く親方と職人。息はピッタリである。コントか。


「そ、それは何かこう、秘伝の接着剤とか、魔法が使えるとか特殊な才能が必要だったり……? あとはこう、建つには建つけど脆いとか……?」


 おそるおそる、親方がユージに問いかける。どうやら金物を使わない伝統構法は、この世界では発展していないようである。


「いえ、必要なのは木を加工する技術だけですよ。これもうまく教えられるかどうかはわかりませんが……」


 静まり返る工房内。

 反応ないな、あんまり響かなかったかな、とユージが思ったその時。

 爆発するかのように、親方と職人たちの歓声が響き渡った。


 おおおそんな技術が、おいちょっとおまえ俺の仕事やっとけよ、なに言ってんすか受けた仕事は自分でやってくださいよ、おうお前ら後は任せた、ちょっ親方こまります、などと大騒ぎである。木工職人たちが鍛冶工房と仲が悪かったり、金物が嫌いなわけではない。だが、木を加工して家や物を作る職人として、木材だけで家を建てられると聞いて興奮しないわけがない。


「ちっ、くそ。おい、家を建てられるヤツでいま手があいてるのは誰だ?」


 親方が自分で行くことは諦めたようである。ひとまず。ぐるりと職人を見渡し、問いかける親方。どうやら基本的に、一人前になったら職人がそれぞれが仕事を請け負うスタイルのようだ。


「よっしゃあ! お、俺あいてるっす!」


 手があがったのは一人だけ。ユージに秘密箱の開け方を聞き、開拓団に入れば教えてもらえるのかと問いかけた若い男だった。


「トマスだけか。まあいいだろう。おう、俺が行くまでしっかりやっとけよ」


 どうやら親方もいずれ行く気満々のようである。

 よっしゃあ、と大きくガッツポーズするトマス。職人たちは怨嗟の目でトマスを見つめている。まったく気にしない様子のトマス。ハートはかなり強いようだ。


 ユージ兄、この箱すごいね、おもしろいね! お、気に入ったかアリス、じゃあプレゼントするな、と言って寄木細工をアリスに手渡すユージ。やったーと大喜びするアリス。コタローも身をすりよせ、よかったわねありす、と言いたいようだ。

 パッと親方と職人が振り向き、アリスの手元に移った箱を見つめ、さらに視線をユージに向ける。この野郎、だったら俺たちにくれよ、という狂わしいほどの欲求が全員の目に込められていた。息はピッタリである。

 だがさすがに大人、喜ぶアリスに向かって欲しいとは言えない。意思を込め、ユージを見つめるのみである。


「いやー、よかったですね! じゃあ詳しい話は今度にして、そろそろ行きましょうかケビンさん!」


 そんな視線を受け流し、ひとまず話がまとまったことを喜ぶユージ。

 ハートが強いトマスと違って、ユージは単に気づかなかっただけのようだ。


 首を振り、親方と職人を見てワンワンと吠えるコタロー。そんなんじゃゆーじはきづかないわよ、あきらめなさい、と言いたいようだった。


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