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10年ごしの引きニートを辞めて外出したら自宅ごと異世界に転移してた  作者: 坂東太郎
『第七章 ユージは農家から開拓団団長にジョブチェンジした』

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第九話 ユージとアリス、冒険者登録をする

 交渉を終えたユージたちは、冒険者ギルドの裏手にある訓練場に来ていた。

 せっかくですから冒険者登録してはどうですかというケビンの勧めによって、ギルドマスター自ら登録に必要な戦闘力を計る試験を行なってくれることになったのである。


 そのギルドマスター・サロモンは、おめえらどっか行ってろ、と真面目に訓練に励む冒険者たちを訓練場から追い払っていた。また絡まれてはたまらない、厄介事はごめんだとばかりにギルドマスターは有無を言わさず冒険者たちを建物の中へ押し込む。


 これで訓練場にいるのは、ギルドマスター、ケビンとその護衛、ユージ、アリス、コタローだけである。

 冒険者を追い出したギルドマスターは、壁際にずらりと並ぶ訓練用の武器の中から木剣を手に取る。


「戦闘力を計るためだから、ワシは木製で。刃を潰した武具も一通りありますから、ユージ殿は好きな物を使ってください」


 そう言われたユージは自前の短槍を置き、刃先が潰れた金属製の槍を手に取る。盾はそのまま自分の物を使うようである。


 いやー、なんか緊張しますねえと言いながら訓練場の中央に向かうユージとギルドマスター。他の面々は壁際で観戦の構えであった。



「よし。じゃあ好きに打ち込んでこい」


 訓練場の中央で足を止めたギルドマスターが、木製の両手剣を中段に構える。言葉遣いもだが、それ以前に纏う空気が変わっていた。


 いかに50代とはいえ、筋骨隆々で口から頬にかけて大きな傷跡が残る凶悪な面相の男が、気迫を持って武器を構える。

 気圧され、ごくりと唾を飲み込むユージ。これまで数々のモンスターを倒し、ケビンの護衛にも稽古をつけてもらったとはいえ、ここまでの格上に相対するのは初めてのことだ。

 そう。

 引退して長いとはいえ、ギルドマスターはかつて1級冒険者だったのである。


 左手の盾を体の正面に構え、右手の短槍の穂先を向けてギルドマスターの様子をうかがうユージ。もちろん、その程度でギルドマスターに隙は生まれない。むしろ死線を潜り抜けてきた戦人の目にユージが追い詰められる。


 ユージ兄、がんばれー、というアリスの声援がユージの耳に届く。

 ええい、これは訓練なんだ、いくぞ、と自らを勇気づけ、ユージは踏み込んで槍を突き出す。


 カン、とあっさり弾かれた。ギルドマスターの体勢は崩れない。

 それでも一度攻撃したことで緊張が解れたのか、ユージは次々と攻撃を繰り出していく。突き、払い、振り下ろし。顔、上体、手元、腰、足。どこを攻撃してもあっさり弾かれる。

 ユージの攻撃は一通り見たと判断したのか、ギルドマスターも時おり攻撃を交えてくるようになった。今度はユージの防御を見ているのか、様々な攻撃を繰り出すギルドマスター。なんとか防いでいるが、しだいにユージも息があがってくる。

 みんな離れているし大丈夫だろう、とユージも覚悟を決める。


「光よ光、輝きを放て。でも俺は禿げてないよ(フラッシュ)


 ユージの額のあたりから前方に向けて光が放たれる。


「ぐっ!」


 どうやらギルドマスターにもこの魔法は通じたようだ。騒動は耳にしただけで、ギルドマスター本人はこの魔法は初見だった。

 目を閉じたギルドマスターに向け、もらった、とばかりにユージは槍を突き出す。


 目を閉じたままスッと腰を落とすギルドマスター。そのまま上体を屈め、ユージが突き出した槍の下を潜って突進する。

 ラグビー、アメフト、レスリング、格闘技。それは、地球でも様々な競技で見られる形。タックルである。

 かざした盾ごとユージはあっさり後ろに倒される。

 いわゆるマウントポジションをとったギルドマスターが、振り下ろした拳をユージの眼前でピタリと止める。


 勝負ありだった。


「うおお、なんだあの魔法。まだ目が見えねえ」


 ふっと気配を緩め、そう言いながらも余裕そうなギルドマスターがユージに手を差し出し、掴んだユージを引っぱり起こす。


「そんなこと言って、通じなかったじゃないですか」


 せっかく使えるようになった二つ目の光魔法にあっさり対処され、ユージは悔しそうである。


「まあ場数が違うからな。見えないなら見えないなりの戦い方があるもんだ。……ふむ。戦闘力は7級ってとこか。槍は自己流だろう? ちょっと鍛えればすぐに6級ぐらいにはなりそうだな。あの魔法は……まあ初見で対処できるのは4級以上だろ。7級に上がるにはこなした依頼数や成功率なんかもあるから、ユージ殿はまず8級でどうだろうか。いやユージ殿が信頼できないというわけではなく、規則は規則でな……」


 交渉と戦闘を終えたが、いまだ年下かつ戦闘力もまだまだのユージに対する口調が定まらないギルドマスター。ともあれ開拓団長として敬意を持って接しているようではある。

 級についてはもちろんユージに否やはない。どうせ物のついでなのだ。どうやらユージは開拓団長にして、8級冒険者になるようである。


 おじちゃんつよーい! と褒めたたえるアリスの声。

 そしてバウバウッと吠えながらコタローが駆け寄り、そのままユージに飛びつく。つぎ、つぎはわたし! と言っているようだ。


「お、なんだあ犬っころ。おめえもやるのか? ようやく目も見えるようになってきたし、やるなら相手してやるぞ?」


 そんなことを言いながらコタローの頭を撫でようと手を伸ばすギルドマスター。

 カプリ、とその手を甘噛みするコタロー。

 コタローは噛み付いた口を離し、毛を逆立ててグルグルとうなっている。いぬっころとかなめてんじゃないわよ、とおかんむりなようだ。


 わかったわかった、と離れたギルドマスターは、一度壁際に向かって両手持ちの木剣から盾と片手用の小剣に取り替えていた。盾も小剣も木製である。相手が犬であることを考慮して、自由に攻撃を受けられる盾を用意したようだ。


「よーし、かかってこい犬っころ」


 挑発するように木剣で左に持った盾を叩くギルドマスター。余裕の表情であった。コタローが動き出すまでは。


 先ほどのユージなど比べものにならないスピードで駆けるコタロー。

 ギルドマスターの表情が変わる。どうやら戦闘モードに切り替えたようだ。


 カン、と音が響く。

 コタローの初撃はギルドマスターの盾で防がれた。

 身を翻し、右から、左から、翻弄するように駆けまわり、攻撃を続けるコタロー。それでも本気になったギルドマスターは危なげなく盾で防ぎ、対処する。

 らちがあかないわ、とばかりにコタローが距離を取った。


 何をする気なのか。力を溜めるかのごとくグルグルとうなったコタローが、弾けるように前に飛び出す。

 速い。そのスピードを活かし、ギルドマスターに飛びかかるコタロー。

 応じるようにギルドマスターは木剣を突き出す。

 その時。


 コタローが、空中を駆けた(・・・・・・)


 まるで見えない地面があるかのように空中を踏みしめ、木剣をかわしてギルドマスターに飛びかかる。


 ガン、と訓練場に大きな音が響いた。


 駆け抜けたコタローが振り返り、ギルドマスターを見やる。

 そのギルドマスターは、コタロー渾身の一撃を盾で防いだようである。だが、木製の盾は大きく切り裂かれ、ギルドマスターの左腕からポタポタとわずかに血が垂れていた。


 ワンッ、とコタローが一吠え。あれをふせがれるなんて……さすがね、わたしのまけでいいわ、と言っているようである。男らしい決断であった。女だけど。いや、犬なのだが。


 壁際で見守っていたユージ、アリス、ケビン、護衛の四人は目を丸くして、おおー! と大騒ぎである。特にユージは、なんだあれ、なんだあれ! とはしゃぎまくってコタローに向かっていった。


「しっかし……コタローって言ったか? なめてて悪かった。まさか、犬が魔法を使える(・・・・・・・・)なんてなあ……」


 そう言いながら、コタローの頭を撫でるギルドマスター。今度はコタローも大人しくその手を受け入れ、フンッと鼻を鳴らす。わかればいいのよ、と言いたいようである。


 ギルドマスターとコタローに近づいていたユージは、足を止めていた。


「やっぱり魔法なんですか? コタローが、コタローが魔法を使ったんですか?」


「ん? ユージ殿も知らなかったのか? コタローは空を駆けただろう。それにほれ、この切り裂かれた盾の傷跡。犬の爪は(・・・・)こんなに長いか(・・・・・・・)? たぶん風系統だろうな」


 ギルドマスターの言葉に考え込むユージ。このへんがぽかぽかするんだよーとコタローのお腹を押さえて魔法の発動方法を教えていたアリス。すれ違いざまにオークの分厚い腹を抉った噛み付き。前脚を振り抜いただけでゴブリンの喉を切り裂いた爪。たしかに、ユージにも思い当たる節はあるようだ。


「そっか……そうなんだなコタロー! 魔法が使えたのか! お前はすごいなー」


 ユージは大喜びでわっしゃわっしゃとコタローを撫でまわすユージ。いまごろきづいたの、と冷たい目をしながら、コタローも満更ではなさそうだ。

 そうですか、コタローさんは魔法を使えたんですね、と近づいてきたケビンも笑顔を見せていた。

 喜びに沸くユージたちの後方で、事件は起きていた。



「おじちゃんもコタローもすごーい! アリスも魔法でえいってやるー!」


 ナチュラルにユージは除外されていた。どうやらアリスにとって、ユージの戦いはすごいと思われなかったようだ。


「おおそうかそうか、嬢ちゃんは魔法を使えるのか。じゃあおじさんが相手してあげようか。思いっきりやっていいぞー、おじさんは昔、魔法使い殺し(マジシャンキラー)って呼ばれてたんだ」


 幼いアリスに褒められてデレデレと笑みを浮かべ、応えるギルドマスター。魔法を使える子供はいないわけではないが、人数は数えるほど。それもせいぜい小さな火をともす、石つぶてを創って投げる程度。ギルドマスターも、そんなもんだろうと油断しきっていた。

 距離を取り、武器を刃が潰れた金属製の両手剣に持ち替え、余裕の表情でアリスと対峙するギルドマスター。どうやら相手に合わせて武器を変えるスタイルのようである。


「よーし、じゃあアリス思いっきりやるね! いくよー! しろくてすっごくあっつくておっきいほのお、出ろー!」


 そんなアリスの声で、ようやく振り返って事態を見て取るユージとコタロー。


 バウバウバウッとコタローが本気で吠える。だめよ、ああもうまにあわない、よけて! と叫んでいるようである。


「ヤバいヤバいヤバいっ! サロモンさん、ダメだ、逃げてください!」


 焦ったユージも大声で警告するが、遅かった。

 すでにアリスの魔法は放たれ、ギルドマスターのサロモンに向かっていた。


 大きく息を吐き出すギルドマスター。

 不思議なことに、両腕はほんのり青く輝いているように見える。そのまま光は大上段に構えた剣に移り、輝きを増す。


 アリスの魔法の炎と、ギルドマスターが振り下ろした剣が接触する。


 ふっと、炎が消えた。



 目をむく一行が見たのは、膝から崩れ落ちるギルドマスターの姿だった。


「だ、大丈夫ですか! サロモンさん!」


「あ、ああ……大丈夫、ただの魔力切れだ。すまんがちょっと肩を貸してくれ」


 駆け寄ったユージの手を取り、立ち上がって肩に掴まるギルドマスター。どうやら無事のようである。


「しっかし、まだちっこいのに嬢ちゃんの魔法はとんでもないな。死ぬかと思ったぜ……」


 えへへー、と得意気に笑うアリス。仕方あるまい。アリスに悪気など一切なかったのだ。そもそも思いっきりやっていいぞ、と言ったのはギルドマスターのサロモンである。自業自得だ。



 こうして人生で二番目と三番目のピンチを乗り越え、プルミエの街の冒険者ギルドマスター・サロモンの長い一日はようやく終わりを迎えたのである。


 コタローは4級相当、アリスの嬢ちゃんも魔法だけなら4級相当だな。まあユージ殿と同じで最初は8級からだが……いや、さすがに犬は冒険者登録できねえかなあ……。


 そんな言葉を残して。

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