第八話 ユージ、冒険者ギルドの偉い人と話をする
交渉回です。
ご注意ください。
ユージ、アリス、コタロー、ケビンと護衛の一行は冒険者ギルドの2階に設けられた応接室にいた。受付にいたおばさまがヒラリとカウンターを飛び越え、ここまで案内してきたのだ。
もちろん、本来であれば依頼に来た場合でもカウンターで済ませるのが普通であり、応接室に通すのは例外。だが、先ほどの騒動と領主夫人からの手紙という言葉を聞いて、個室に案内したようだ。ただいまギルドマスターが参りますので、と言い残しておばさまは退室していった。
ニコニコと満面の笑みを浮かべるケビンを見て、ユージが声をかける。
「ケビンさん……わざとだったんですか?」
「え? なんのことでしょう?」
さすがにユージも気づいていたようである。
ほどなく、部屋の扉がノックされる。どうぞ、というケビンの声に反応して扉が開く。
入ってきたのは、50代ぐらいの年配の男だった。元冒険者なのだろう。背は180cm程度とこの世界ではそれほど高くないが、服の上からでもわかるほど体はガッシリとしている。髪は白髪まじりのブロンドで、いわゆるクルーカット。眼光は鋭い。そして、無理やり縫い合わせたのだろうか、片側の口の端から頬にかけて残る大きな傷跡。どう見ても歴戦の勇士である。
あまりに凶悪な人相に、顔が引きつるユージ。
「このプルミエの街の冒険者ギルドマスター、サロモンだ。この度はウチの冒険者が迷惑をかけて申し訳ない」
見た目に反し、強面のギルドマスターは第一声から低姿勢であった。
「いえいえそんな、顔を上げてくださいサロモンさん」
ギルドマスターにそんな声をかけるケビン。ああ、ケビンさんも強く責めるつもりはないんだな、などと暢気な考えのユージ。昨日の領主の館に続き、ケビンがナチュラルに交渉役におさまっていた。
「いやあ、それにしても……。困りましたねえ、依頼に来たらからまれるなんて。商人ギルドや私の友人にも危ないと注意を促しておいた方がいいですかねえ」
ギルドマスターと、直前まで暢気な考えをしていたユージが固まる。ケビンは責める気満々のようだった。アリスは首を傾げ、よくわからないといった表情。アリスの膝の上に座るコタローは、うん、ありすはまだそれでいいわ、と言いたげな目線を送っていた。
「い、いえ、そ、それは……。あの、ちなみにどんな依頼でしょうか?」
うろたえるギルドマスター。当たり前だ。商人ギルドに持ち込まれたら、とうぜん信用を失う。冒険者ギルドが信用できないとなったら、個別に知己の冒険者を引き抜いて専属とするか、あるいは王都や他の街の冒険者や傭兵団に依頼をするか、戦える人物を冒険者ギルド以外から募集するか。
ギルドマスターにとって、商店の警備や行商の護衛といった定期的な依頼を失うピンチなのだ。どうやらひとまず依頼の内容を聞いて妥協点を探すつもりのようである。
「いえ、今回のところは大森林の調査なんですよ。この街から北東に、ゴブリンとオークの集落がないか調べてほしいという依頼でして。うーん、でも王都の冒険者ギルドに依頼するか、傭兵団を探しましょうかねえ。調査結果も信用できないかもしれませんし……。ああ、でもせっかく領主夫人と代官の連名で依頼費の負担をいただいたのに……。これは必要なくなったと謝罪に行ったほうがいいでしょうねえ」
背後に立つ護衛が差し出した手紙を受け取り、卓上に置くケビン。封蝋に押された印がギルドマスターの目に入り、さっと顔色が変わる。当たり前だ。この商人、必要なくなったと報告に行くと言っているのだ。とうぜん事情を聞かれるだろう。冒険者ギルドは領主夫人と代官からの書状を持つ依頼人たちを害そうとしたことになる。
「こ、この街で一番実力があり信頼できる冒険者を手配しますので! もちろんお代はそのままのお値段で!」
揉み手をせんばかりにへりくだり、提案するギルドマスター。凶悪な面相の愛想笑いにビビるユージ。アリスもへの字口である。
「おお、そうですか! うーん、でももう一つの依頼はどうしましょうかねえ。ユージさん、手間かもしれませんが、新しい開拓団の団員は王都の冒険者ギルドで募集しましょうか?」
「あ、新しい開拓団! 新しい開拓団ですと!」
身を乗り出してケビンとユージを見るギルドマスター。
そう。
冒険者はいつか引退する。もちろんそれまでに命を落とすことも多いが。
引退までに貯めたお金で何もせず暮らす人もいる。ときどき簡単な警備などを請け負いながら暮らす者も多い。元いた街や村に戻る人もいる。だがそれは、お金を持って引退できた冒険者である。
年齢や怪我で戦えなくなったが、たいしてお金を貯めていない者も多い。元々が一攫千金を夢見た者か、それしかできない無頼者の集団なのだ。だが戦いしかしてこなかった人間など、街ではなかなか定職を見つけられない。かといって農村に移り住んでも、慣れない農作業、最初の年からかかる税、既存の村社会が待っている。越えるべきハードルは高い。
だが。
新規の開拓団なら。
三年は税を優遇される。開拓団にもよるが、しがらみも少ない。そして開拓は力を頼りにされることが多く、自尊心もそれなりに満たされる。いかに元冒険者とはいえ個人や数人での開拓は厳しいが、開拓団であれば。そんな理由で、引退する冒険者には人気があるのだ。だが、開拓団などそうそうあるものではなく、あったとしても自己資金が少ない元冒険者の参加など狭き門だ。職人や農業知識のある者が優先され、それに見合った労働力として入り込めるかどうかである。資金が潤沢な開拓団など、傭兵団をまるごと抱え込んだり、金にあかせて奴隷を大量に連れていくケースもあるのだ。
「ええ、そうなんですよ。領主夫人と代官にも許可はもういただいてましてね。でもやっぱり信用できないとなかなか、ねえ。どうしましょう開拓団長のユージさん? この街では諦めますか?」
ニコニコしながらユージに問いかけるケビン。振られたユージはなんと答えたものか、うーんと考え込む。
「こちらの方が開拓団長でしたか! ユージ殿とおっしゃいましたか、開拓団には信頼できる冒険者を厳選しますので! おおそうだ、小額ではありますが冒険者ギルドからそれぞれに支度金をお付けしましょう! そ、それに、ワシの伝手を総動員して職人も当たってみましょう! ですから、ね! 元冒険者の開拓民はこの街で募集しましょう、ね?」
ついに揉み手をしだしたギルドマスター。大盤振る舞いである。当たり前だ。最寄りの街ではなく、別の街の冒険者ギルドで開拓民の募集をされたら、冒険者から信用を失う。数少ない優良な引退先を他所にかっさらわれたとなれば、冒険者が違う街に拠点を変えてもおかしくない。
領主夫人や代官、商人から信用を失う可能性。さらに冒険者から信用を失う可能性。
プルミエの街の冒険者ギルドマスター、サロモンにとって人生で二番目のピンチである。ちなみに一番は、口から頬まで引き裂かれ、九死に一生を得たモンスターとの死闘であった。
すがるような目つきで迫るギルドマスターの勢いに、ユージはのけぞる。
何が面白いのか、アリスは目を輝かせてユージとギルドマスターをキョロキョロ見ている。
そっと、ユージの太ももにコタローの前脚が置かれる。うけなさい、と言っているかのようだ。
チラリと視線を動かしたユージは、ケビンの目を捉える。ケビンはパチリ、とユージにウインクをする。おっさんのウインクである。
「え、ええ。わかりました。その条件ならこの街で募集しましょう」
「おお、おお、そうですか! ありがとうございますユージ殿!」
節くれ立ち、傷跡だらけの両手でがっしりとユージの手を掴み、握手をするギルドマスター。
いやあ、さすがユージさん、寛大な開拓団長ですねえ、では調査依頼もここで出しますね、とケビンが笑顔でギルドマスターの肩を叩く。白々しい。
わかっているのかどうか、アリスは嬉しそうに満面の笑みでユージとギルドマスターの手の上に小さな手を重ねる。
コタローはサッとテーブルの上に乗り、重なった手の上に右の前脚を置く。
交渉成立である。
完璧にお膳立てされたとはいえ、今回の交渉で最後の決断を下したのはユージであった。
少し誇らしい気持ちとともに、絶対ケビンさんを敵にまわさないようにしようとユージは心に誓うのだった。





