第一話 ユージ、本格的に畑作りに取りかかる
※残酷な表現があります。苦手な方はご注意ください
「よーし、雪も溶けたし、これからは畑作りだな! がんばるぞー!」
「おー!」
行商人のケビンに提供された鍬を手に、アリスに声をかけるユージ。
アリスも元気いっぱいに返事をしている。もっとも、アリスが畑作りの役に立てるかどうか不明だが。
コタローは安全を確かめるべく、すでに定期巡回に出ていた。
秋口にコタローがゴブリンを発見することがあり、以来こまめに巡回しているようだ。
ちなみにそのゴブリンたちはコタローに家までプルされ、ユージとアリスの手によって殲滅された。貢ぐ女なのかもしれない。犬だけど。
「イモも美味しかったけど、やっぱり目標は麦だな!」
「えー? アリス、いももちあまくてもちもちしておいしいから好きだよー?」
ユージの宣言に、アリスはコテンと首を傾けて反論する。どうやら麦を植えると聞き、イモは植えないのか、好物は食べられないのかと心配になったようだ。
「ああ、もちろんイモも育てるよ! でもやっぱり麦とカブ、根菜を育てて家畜を飼って、ノーフォーク農法に挑戦しないと。農業革命だからね!」
「のうぎょうかくめい? アリスよくわからないけどすごそーだねユージ兄!」
ああ、すごいんだぞーと軽く返すユージ。どうやら何がすごいかはわかっていないようである。
そもそも家畜はどうするつもりなのか。小屋もなければケビンが手配できるかもわからない。見切り発車もいいところである。
「ふう。やっとちょっと畑っぽくなってきたかなー」
まずは狭いスペースからと範囲を決めて掘り起こす。これまでで位階が2回上がったことによる膂力と持久力の向上は、戦闘より農作業に効果を発揮しているようだ。
アリスの土魔法は今のところ石つぶてを創るか土をへこませることしかできず、畑作りにはそれほど役に立たなかった。
開墾に飽きたアリスは、ユージの後方でえいっやーと魔法の練習をしているようだ。勤勉な幼女である。
「うーん……。とりあえず、種イモを植えてみるかなあ。あとは畑を広げておいて、ケビンさんを待つか……。そういえば、小麦はいつ植えるんだろう? いや、そもそも小麦なのか?」
すでに開墾をはじめ、畑らしき何かまで作ったのに根本的なことは考えていなかったようである。
「こむぎはねー、春に植えて秋にしゅーかくするんだよ!」
ユージの独り言を聞きつけたアリスが答える。さすが開拓村育ち。ユージより詳しいようだ。
「この世界の知識もなし、人手もなし、か。どうするかなーホント」
開拓を続け、土を掘り返し、小さな農地を作ってはじめて感じたこと。
ようやくユージも現実を認識したようである。
□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □
「光よ光、その波を変え、我が身を隠せ。透明人間に俺はなる!」
魔法は発動しない。
当たり前である。せめてハイドではないのだろうか。
そして隠れて何をする気なのか。ここには幼女と犬しかいないのだ。
昼食を終え、庭で魔法の練習に励むユージとアリス。ユージはいまだに明かりの魔法しか使えないようである。
ちなみにケビンにもらった初心者向けの魔法書には、光の魔法は明かりの生活魔法しか載っていなかった。どうやら光魔法と相性がいい使い手は少ないようだ。
二人が魔法を練習していると、バウバウバウッと吠えながら門を飛び越え、コタローが帰ってくる。敷地に入っても外に向けて吠え続け、ユージたちに警戒を促すコタロー。
てきがくるわよ、と言いたいようだ。
コタローの意を察したユージは、玄関内に置いておいたカメラを持ち出してセットする。秋から冬は地味な画像しかあげられず、掲示板の住人からしこたま怒られていたのだ。ひさしぶりのチャンスである。
三脚を広げてカメラをセットし終えたユージは武器を持ち出す。
短槍と盾のセットのほか、足下にはいつもの刈り込み鋏も置いている。準備は万端である。
コタローと一緒にアリスも門の先をむむむーっと睨みつけることしばし。
ようやくコタローの後を追ってきた敵が姿を現す。
2メートルほどの巨躯に、敵意に満ちた目、醜悪なその鼻面。オーク。それが2匹。
手に丸太と呼べるほどの木を持ち、フゴフゴと鼻息も荒く門へ殴り掛かる。
逞しい両腕で振り下ろされた丸太は見えない壁に当たり、跳ね返される。
謎バリアは有効なようである。
「よし、アリス。門の前はもう木もないし畑も遠いから、火の魔法を使っていいぞ! その後に俺が攻撃するからな!」
ユージもずいぶん敵対生物の扱いに慣れてきたようである。もっとも謎バリアのおかげもあるが。
ワンワンッとコタローがユージに同意するように吠える。そうねありす、やっちゃいなさい、と言いたいようだ。
「うん、わかったユージ兄! あおくてあっつくておっきいほのお、出ろー!」
ぐっと手を握って両腕を上げ、えいっとばかりに両手を開いて体の前に持ってくるアリス。
魔法が発動し、青みがかった炎が左のオークへ向かって飛んでいく。
ジュオッ!
炎が着弾したオークは、上半身を黒こげにしてゆっくり前へ倒れていく。食欲をそそる香ばしい匂いが漂ってくる。それはまるで豚肉を焼いた香りであった。
コタローがぽたりとヨダレを垂らす。あらいやだわはしたない、とばかりにすぐさま右の前脚で口元を拭っていた。
「あ、アリス……。なんかまた魔法の威力が上がってない?」
驚きを隠せず、ユージはアリスに声をかける。残るオークから目は離さないが、それでも謎バリアの安心感があるからこその行動だろう。
コタローも目の前のオークを無視し、すごいじゃないありす、というかのようにアリスの周囲を跳ねまわっていた。
ちなみに、その間もオークはがんがんと丸太を見えない壁にぶつけている。哀れ。
「よし、後は任せておけ!」
そんな言葉とともに、盾を置いて両手で短槍を握り、腰だめに構えるユージ。そのままの姿勢で残るオークに突っ込んでいく。
丸太を振りかぶっていたオークの腹に、深々と穂先が突き刺さる。ユージはタイミングも合わせていたようである。
両膝をつき、深々と刺さる槍を引き抜こうと手を腹にやるオーク。
その時、オークに影が差す。
目を上げて、懇願するかのように弱々しい目つきで影を見上げるオーク。
そこには、大きく開かれた刈り込み鋏を持つユージの姿があった。
フゴフゴとユージを見つめながらゆっくりと左右に首を振るオーク。
ザクッ!
しかし、そこに慈悲はなかった。
ワオーンッとコタローが勝利の遠吠えをあげ、さらに尻尾を振りながらワンワンと吠えている。
よくやったわ、ゆーじ、ありすと言いたいようだ。
敵には容赦ない女なのだ。犬だけど。





