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10年ごしの引きニートを辞めて外出したら自宅ごと異世界に転移してた  作者: 坂東太郎
『こぼれ話&閑話集』

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こぼれ話22-31 ユージ、ひさしぶりに浜辺にやってきて人を待つ


副題の「22-31」は、この閑話が最終章終了後で「30」のあと、という意味です。

つまり最終章よりあと、本編エピローグ前のお話で、前話の続きです。



 王都からさらに南。

 ユージとコタロー、アリス、ケビン、ケビンの専属護衛二人、5人と一匹はゴルティエ侯爵領にたどり着いた。

 いまは爵位を譲ったが、元のバスチアンの領地である。

 ちなみにバスチアンとシャルルは同行していない。


「わあーっ! 懐かしいね、ユージ兄!」


「ほんとにね。前にここに来てから、もう10年ぐらい経つのかな?」


 二頭立ての幌馬車と騎乗用の二頭の馬で陸路を行って、一行がやってきたのは小さな浜辺だった。

 かつて、1級冒険者でエルフのハルに連れられて、パワーレベリングをした浜辺である。


 誰もいない白い砂浜にテンションが上がったのか、ユージの前にいたコタローが一目散に走り出す。

 ぶんぶんと尻尾を振って、しゃっしゃっと砂を巻き上げる。意味もなくターンする。淑女ぶっていてもしょせん犬であった。


「ははっ、コタロー、いまは夏だし砂が熱くない? あんまりはしゃぐと火傷しちゃう……よ……?」


 当然の注意のはずが、ユージの言葉が途中で怪しくなる。

 ユージは見てしまったのだ。

 コタローが、砂の上の何もない空間を蹴って走っているところを。

 巻き上がる砂はコタローの足ではなく、()()()の結果であるところを。


「ええ……? す、すごいねコタロー」


 ユージに褒められて空中で立ち止まり、おすわりして胸を張ってドヤ顔するコタロー。

 風魔法の無駄遣いである。犬なのか?


「まだ来ていないようですから、しばらくゆっくりしましょうか、ユージさん」


「あっ! じゃあ俺テント張りますよ!」


「そうですね、では木陰に設置しましょう」


 はしゃぐコタローとアリスを海辺で遊ばせて、ユージとケビン、護衛の二人の大人組は滞在の準備をはじめる。

 ユージ——と掲示板住人——の情報を元に、ケビン商会が開発したキャンプ用品を幌馬車から出して、浜辺から離れた木陰に設営していく。

 休憩用として、木々の間にタープを張り、下にキャンプ用チェアを広げる。

 使用感を確かめるための試作品として持ってきたバーベキューの焼き台も設置する。

 護衛が二人掛かりで広げたのは、骨組と布でできた4人用テントだ。


 どれも、この世界の旅路における必需品ではない。

 冒険者の野営となればマントひとつでくるまって寝るのが当たり前だし、馬車を使う商人は荷台や荷台の下で寝るのが当たり前。

 食事は保存食が基本で味気ない。まあ、ユージとケビンの手により保存食は改善されたが、それはそれとして。


 本来であれば、今回のユージの旅もこの世界のスタイルで行く予定だったが、待ったをかけたのはケビンだった。

 せっかく長旅になるのですから、キャンプ用品を使ってみましょう、と。

 最近めっきり引きこもりがちで、過酷な旅がひさしぶりなユージに気を遣って、ではない。

 もちろんそれもあるだろうが、ケビンは本気でキャンプ用品の開発・販売をはじめるつもりだった。

 背負子と身ひとつで行商をしていたケビンの、過酷な実体験から来る「少しでも早く仲間に提供したい」という想いから来る試用である。


「ユージさん、あとは大丈夫です。せっかくですからアリスちゃんやコタローさんと遊んできてください」


「ありがとうございます、じゃあ——」


「ユージにいぃぃいいいい!」


 立ち上がったユージが振り返ると、満面の笑みを浮かべたアリスが走り寄ってきた。

 16才になっても子供——天真爛漫である。

 アリスの背後から、コタローも猛スピードで駆けてくる。


 ずざーっと砂の上を滑って、一人と一匹が止まる。


「あのね、海から来たよ!」


「え?」


 アリスから視線を外して、その背後を見るユージ。


 と、打ち寄せる波に乗って、なにやら浜に上がるふたつの存在があった。


 海に濡れてぬらぬらと光る鱗。

 身も尻尾もくねらせて浜辺を進んでくる。

 縦型の瞳孔でユージたちを捉えたのだろう。

 後ろ足で、すっくと立ち上がる。

 ご機嫌にくあーっ!と鳴く。


《あーっ! ユージだーっ! ひさしぶりだな!》


《まったく、いくつになっても落ち着きがないとは。おひさしぶりです、ユージ殿》


 チロチロと舌を出して鳴いたのは、エメラルドグリーンのリザードマンだ。

 やや遅れてやってきたリザードマンは深い緑。


《おおー! ひさしぶり! 来てくれてありがとう!》


 かつてマレカージュ湿原で遭遇した、魔法を使えるリザードマンとそのお目付役の二人であった。


「ユージ兄、二人ともなんて?」


「ひさしぶり、だって。会えて喜んでくれてるみたい」


「ふふー。アリスも嬉しいよ! ふしゅー!」


《あははっ、変な発音だなニンゲン!》


《惜しい。我らがニンゲンの言葉を発せぬように、やはりニンゲンも我らの言葉を発せぬのだな》


 アリスが真似したリザードマンの挨拶は、うまく通じなかったらしい。

 それでも、エメラルドグリーンのリザードマンとアリスは肩を触れ合ってうれしそうにしている。

 会話が通じなくとも、通じるものはある。

 ボディランゲージでコミュニケーションを取ったアリスや。


「無事に合流できてなによりです」


 リザードマンの文字を板に書きつけて、「歓迎」の意を示したケビンのように。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



 ユージたちが二人のリザードマンと合流して、おたがい新魔法を披露したり、恒例のパワーレベリングを披露したり、海鮮バーベキューを楽しんだのち。

 ユージとアリスは、浜辺にキャンプチェアを持ち込み、雨傘兼パラソルで日陰を作ってぼんやりしていた。

 陽は傾いて、まもなく訪れる夕暮れを眺める構えだ。


 ちなみに二人のリザードマンは残り少ない陽光を楽しむように浜辺に寝そべり、コタローはユージのヒザの上で丸くなっている。


「あっ、ほらアリス、あそこ。小さいけど帆船だ」


 ゆっくり時間が流れるなか、ユージは海を進む帆船に目を留める。

 船はそれほど岸から離れない場所を、帆に風をはらんで進んでいる。

 ぴくっと身を起こしたコタローとアリスとともに眺めていると、帆船は徐々に近づいてきた。


「あれ? こっちに来る? 港もないのに?」


 首を傾げるユージをよそに、キャンプエリアからケビンが走り出てくる。


「ユージさん、これを使ってみてください」


「ああ、双眼鏡! 遠慮せずケビンさんが使えばいいのに」


 ケビンから「遠くが見える道具」として共有していた双眼鏡を手渡されるユージ。

 ユージが双眼鏡を覗いて帆船にピントを合わせる。


「帆、にはなさそうですね。船首に旗が掲げられてませんか?」


「えーっと。ドクロ!? ま、まさか海賊船ですか!?」


 ユージの驚きに反応したのか、コタローはじっと船を見つめる。

 寝そべっていた二人のリザードマンも上体を起こして首をもたげる。


「落ち着いてください、ユージさん。もし海賊でもこちらにはアリスちゃんがいますから」


「ワイバーンより固くなさそうだし余裕だよ、ユージ兄!」


「頼もしすぎますねえ……それよりユージさん、旗に見覚えはありませんか? 旗の意匠はドクロだけですか?」


 ケビンに言われて、ユージは風にはためく旗を注視する。

 風の気まぐれで、キレイに旗が見えると。


「あっ! 天秤に乗ったドクロと財宝! ゲガス商会の旗ですね! じゃああれは」


「お義父さんですね。ということで、攻撃は不要です、アリスちゃん」


 はーい!と元気のいい返事とともに、アリスが準備していた魔法を空に放つ。

 夕暮れはじめる空に線を引いた火魔法は、はるか上空でドゴンッと爆発した。

 衝撃波がパラソルを揺らし、より近いところにいた帆船がわずかに揺れるほどの威力で。


「あの、アリス?」


「ご、ごめんなさい! ちょっと近かったみたい!」


「は、ははは。これなら()()も安全そうですね」


《なんだいまの魔法ーっ! アタシにもできるか!? 教えてくれちっちゃ……ちっちゃくなくなったニンゲンーっ!》


《あれは火魔法だ、風魔法が使えても無理ではないか?》


 ざわめく浜辺の面々をよそに。


 帆船は何事もなかったかのように進み、やがてユージがいる浜辺の沖合に停泊するのだった。



 ユージがプルミエの街を出てから二週間ほど。

 ユージは、この世界ではじめて海に出るようだ。



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― 新着の感想 ―
爆炎じゃなく、爆裂魔法なら。
[良い点] コタロー、一瞬の足場だけじゃなくて恒常的に出せるのか… [気になる点] あやうくゲガス商船が沈没するとこだったw
[一言] 10年前と違いここにはレディーが2人と一匹! アリスなぜ撃ったの!?
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