こぼれ話2-6 ユージ、アリスの服と靴をどうしようか考える
副題の「2-6」は、この閑話が第二章 七話目ごろという意味です。
時期的には一年目の秋、アリスを保護してしばらくあとの、「書かれていなかった話」です。
ユージがこの世界にやってきてから最初の冬を迎える前。
ユージは、ひとつの難題にぶち当たっていた。
「大丈夫かなあ。大丈夫じゃないよなあ」
洗い物をしていたキッチンから、振り返ってそっとリビングを覗き見る。
ソファの上には、一人の幼女が座っていた。
見知らぬ幼女を家に連れ込む、事案である。違う。
森でさまよっていたところを保護した幼女・アリスは、ぼんやりと虚空を見つめていた。
アリスはユージの前では元気に振る舞っている。
けれど、住んでいた村が襲われて、両親や兄弟と離れ離れになったのだ。
嘆き悲しむのも当然だろう。
むしろ泣き喚かず、こうして時おりぼんやりするだけで済んでいるのは異常とも言える。ユージでさえ気づく。
が、10年引きこもっていたニートのユージに幼女を元気にするスキルはない。ユージの足元で、わたしがいくわよ? ときゅるんとしているコタローにはあるだろうが。コタローは人懐っこく優しい女なので。犬だが。
「アリス、今日はそろそろ寝ようか」
「うんっ!」
ユージが声をかけると、アリスはニコッと笑う。
それがなんだか痛々しくて。
ユージは、アリスを寝かしつけたあと、幼女を元気づけるという難題に立ち向かうべく思考を巡らせるのだった。
「誰か教えてくれますように!」
ユージが、というか掲示板住人たちが。
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「アリス、ちょっとついておいで」
「どうしたのユージ兄?」
「いいもの見せてあげる」
ユージがパソコンと向き合った翌日。
ソファに座るアリスを、ユージが廊下から手招きする。
昨日よりさらに事案である。
聞いてはまずいコテハンに聞いてしまったのか。
ユージと並ぶコタローは、わふぅ、と呆れた様子で鳴いていた。
幼女に声をかけてユージはどこへ連れ込むつもりなのか。
チラチラとうしろを振り返りながら、ユージが向かったのは二階。
妹の、サクラの部屋だった。
「ユージ兄、入っていいの?」
「うん、アリスに見てほしいものがあるんだ」
いまだに事案感が拭えない。
もはやコタローは諦めたのか何も言わない。いやまあ、言ったところで通じないのだが。犬なので。
おそるおそる足を踏み入れたアリスの手を引いて、ユージはクローゼットの前に立った。
こてんと首をかしげるアリスに微笑みかけて。
ユージがクローゼットの扉を開ける。
「わあっ! ふくがいっぱい!」
「アリスは着てた服しか持ってないからね、このなかからいろいろ選んでもらおうと思って」
「え……? アリスがふくをえらんでいいの?」
「もちろん! ほら、この箱の中にも服が入ってるんだよ」
「わあー!」
ユージが収納ケースを引き出すと、中には折り畳まれたTシャツがみっしりと詰まっている。
その数にアリスは目を丸くして驚いている。
コタローはクローゼットにかけられたコートに飛びかかりたくなる気持ちを堪えている。
ユージ、「いいものを見せてあげる」というのは、「洋服を見せたい」ということだったらしい。
セーフである。
いや、ユージは妹のサクラに許可を取っていない。連絡先を知らなかったので。
アウトくさい。
とりあえず、適当に開けた収納ケースが、下着を入れたスペースではなくて何よりである。
「どうかな、ユージ兄」
お着替えを廊下で待っていたユージとコタローに、アリスがドアを開けて袖を通した洋服を披露する。
むふーっとばかりにくるっとまわるアリス。
何が気に入ったのか、アリスは真っ赤なTシャツの上から鮮やかな青のカーディガンを羽織っている。
「えっと……」
その色の組み合わせはない。
センスのないユージでもわかる。
だが、アリスはこの世界の農村育ち、着ていたのも生成りの服である。
アリスは「色鮮やかな服」に憧れていたのかもしれない。
あとぶかぶかだ。
Tシャツもカーディガンも首まわりはざっくりあいて、袖は萌え袖どころか余まくり、裾はひらひらしている。
コタローはすかさず駆け寄って、アリスの足元をぐるぐるするほどに。なにこれ、ちらちらするわ、とばかりに。誘惑に弱い女であった。犬だけに。
「アリスに似合わない?」
「そんなことないよ! アリスが着やすいようにちょっと工夫しよっか!」
しょんぼりしかけたアリスに、慌てたユージが声をかける。
……ユージは、色の組み合わせではなくダボダボ感に戸惑っていただけのようだ。
10年引きこもっていたニートにセンスはなかった。中にはある人もいるだろうが、少なくともユージには。
アリスがうまく服を選べるようになるのはまだ先の話である。
とはいえ、それでもしばらくは「Where am I? Who am I?」などと謎の文言が書かれたプリントTシャツを着てみたりするのだが。
ファッショニスタへの道は遠い。
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「袖はまくるか折りたたむとして、裾はもう余らせて、腰に革紐巻いてワンピースにすればよさそう」
夜、暗い部屋でパソコンに向かってブツブツと呟く男。
画面には、小学校入学前後の幼女〜女児のコーディネートが映し出されている。
怪し……くはない。
ユージは、保護した幼女・アリスを元気付けつつ快適な生活を送ってもらえるようにいろいろ調べ物をしていたのだ。
「あっ。アリス、裸足だったなあ。いくら暖房があるって言ってもそろそろつらいか? でもどうすれば」
季節は秋も深まってきた頃。
使えるからといっていくらエアコンをがんがんかけたところで足元は冷える。
靴下を履かせたいところだが、ユージの家にアリスが履けるサイズの靴下はない。
だが、そんな時こそ。
「『幼女に履かせる靴下を買えない場合、どうしたらいいと思う?』っと」
ユージには掲示板住人がいる。
「んんー、まあミシンはあるけど……やってみるか!」
本当に頼りになるかどうかは別として、アイデアは出してもらえる。
結果、ユージはこの日、夜なべしてアリス用の靴下を作るべく奮闘するのだった。
母親のタンスから新しそうな靴下を持ち出して、裏返して爪先あたりをカットして縫い合わせて、と悪戦苦闘しながら。
ある意味では、それも「目先の問題に集中して先のことは考えない」という現実逃避の一種だったのかもしれない。
なにしろユージがいるのは人の気配のない森の奥、服や靴下どころか、食料品さえ買える店はなく、行動しなければ近い将来、生きていけなくなるのは間違いないのだから。
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「アリス、これ履いてごらん」
「はく? ユージ兄、これズボンじゃないよ?」
ソファに座ったアリスはコテンと首をかしげる。
コタローはわふっ!? と目を丸くする。靴下を履かないタイプの女なのに。
「えーっと、足の先に通すんだよ、ほら、俺がしてるみたいに」
そう言ったユージに手渡されて、アリスは片足を立てて靴下を履く。
「わあ! アリス、きぞくみたい!」
「貴族は履くけどほかは素足、なのかなあ。アリス、どう?」
「んっとね、ちょっとちくちくする、でもあったかい!」
にへー、っとユージに微笑みかけるアリス。
ユージ、夜なべした針仕事が報われた瞬間である。
「これでおそとに行ってもへいきだね、あったかいね!」
アリスはニコニコして、くんくん靴下を嗅ぐコタローにも報告する。
だがその時、ユージは気づいた。
「あっ。靴もないや」
「くつ? アリス、くつあるよ?」
「いやあ、あのサンダルだと、靴下があっても寒いと思うよ」
「ええー? アリスさむくなかったよ?」
文化の違いである。
いや、ユージが元いた世界でも、冬場でも素足にサンダルという猛者はいる。
「靴……作れるのか? 靴下より難易度高そう……」
難しい顔をするユージの腰あたりに、わん! と軽く吠えたコタローが前足をかける。ありすのためだもの、がんばりなさい、と言いたいようだ。他人事である。手伝いたくてもコタローに手はないので。
「ユージ兄?」
「そうだな、コタロー。俺、がんばるよ。アリスのために!」
ユージがぐっと拳を握る。
北条雄二、30才。
今日も夜なべして、幼女の靴を自作することを決意した男の姿であった。
ちなみに。
アリスの靴は、無事に完成した。
家にあった庭用サンダルの底部分だけをカットして、ボンドで厚手の布を貼り合わせて靴の形にする、というだいぶ乱暴な形で。
冬の防寒対策に、外側にさらにイノシシの皮が貼られるのはまだ先の話である。
異世界で人里から離れて暮らすということは、かくも大変なものなのだ。
たとえ電気ガス水道が整った現代の家があったとしても。
まあ、異世界に限らない話である。
気軽に移住する人こわい。もとい、気軽に移住する人すごい。





