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10年ごしの引きニートを辞めて外出したら自宅ごと異世界に転移してた  作者: 坂東太郎
『こぼれ話&閑話集』

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こぼれ話2-12 ユージ、一年目の秋の終わりにドングリの活用方法を模索する

副題の「2-12」は、この閑話が第二章 十二話目ごろという意味です。

時期的には一年目の秋の終わり、本格的な冬がはじまる直前のの頃のお話です。


 ユージが家とともにこの世界にやってきてから一年目。

 6才の幼女・アリスを保護して、イノシシを狩って解体して。

 本格的な冬がやってくる前の、秋の終わりのある日。


 早朝、北条家は静まり返っていた。

 いまではユージとアリスとコタロー、二人と一匹が暮らすこの家で、最初に起きる者は決まっている。


 空がわずかに明るくなってきた頃。

 ユージの部屋の片隅で寝そべっていた者が、ぴくっと耳を動かす。

 すんすんと鼻が動いてから、ぱちっとまぶたが開く。

 二度寝に戻ることなく、古ぼけた毛布を跳ね除けて、()()()()ですっくと立ち上がる。


 コタローである。

 淑女の朝は早い。


 起き上がったコタローが、寝入るユージとアリスを起こすことはない。まだ早朝なので。

 コタロー用にドアに設けられた扉から部屋を出ていって階段を降りる。

 そのまま、コタローは廊下を抜けて玄関を出ていった。

 春にユージが開けるかどうかさんざん悩んだ玄関のドアを、ためらうことなくすんなりと。

 まあ、コタローが開けたのはかつてユージの両親が取り付けた、犬用の出入り口だが。




 家を出たコタローは、母屋と屋根付きガレージ、プレハブ物置が置かれた庭——北条家の敷地をぐるりとひとまわりする。

 コタローの朝の日課の散歩——見まわりである。コタローはリードがないことをいいことに好き勝手歩きまわっている、わけではない。不審者がいないか見まわっているのだ。なお適宜、水分を取ったり用を足したりはしている。コタローは淑女であっても生理現象なので。犬だし。


 敷地をぐるりと見まわって、コタローはわふっと満足げにひとつ鳴いた。

 きょうもいじょうはないわね、と言っているかのように。


 これでコタローの日課は終わり、ではない。

 門の前に立ったコタローが、ぴょーんと鉄扉を飛び越える。上がった身体能力を活かして、直立の状態から軽々と。

 すたっと着地したコタローは、門を振り返って満足げだ。きょうもげんきね、わたし、と誇らしげに。

 向き直ったコタローは、さっさかご機嫌な様子で足を進めて家の周辺の森へ向かった。

 散歩——見まわりのために。

 なにしろここは安全な日本ではなく、ゴブリンやワイバーンも出現する危険な世界なので。あと屋内や敷地内では(はば)られる方の用を足しに。コタローは賢いが、犬なので。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



 散歩から帰ってきたコタローは、玄関の上がりかまち横に用意された水に足をつける。ぱしゃぱしゃしたのち、同じく横にあった布をふみふみする。賢すぎる犬だが、ユージが疑問に思うことはない。コタローはすごいなー、賢いなー、と褒めるだけだ。のんきか。


 コタローが帰ってくる頃には、空はすっかり明るくなっている。

 ユージの部屋に戻ると、今度は二度寝——ではなく、ぼふっとユージの布団の上に乗る。前足の肉球で、寝こけるユージの頬をぐにぐに踏む。ゆーじ、あさよ、ほらおきなさい、とばかりに。できる女である。母親か。犬なのに。


「おはよう、コタロー。起こしてくれてありがとなー」


 むにゃむにゃするユージの布団をぐいっとはいで、のそのそと起き出したユージと挨拶をかわしたあとは、横で眠るアリスの番だ。

 横向きで眠るアリスの頬にそっと顔を寄せる。ちょんちょん、と鼻でつつく。寝ぼけたアリスに手を伸ばされ、抱え込まれても困った顔をするだけだ。優しい。


「んん……おはよ、コタロー、ユージ兄!」


 早朝のうちに見まわりして、ユージとアリス、二人の人間を起こせばコタローのモーニングルーティーンは終わりだ。

 ここからはユージの時間である。


「今日は何するかなー。アリスはしたいことある?」


「きのう、ユージ兄は『どんぐりをりょうりする!』って言ってたよ?」


「そうだった! みんながいろいろ教えてくれたヤツ、やってみるかー!」


 もとい、ユージと掲示板住人の集合知の時間である。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「さーて、では! ユージの三分クッキングの時間です!」


「さんぷん?」


 キッチンに立ったユージが威勢よく宣言する。その横で、アリスはこてんと首を傾げる。三分の概念がわからなかったわけではない。ユージに保護されてから、アリスは何時、の考え方と時計の読み方を教わっている。まだ6才なのにすごい。

 アリスの足元で、コタローはわふぅ、と力なく鳴いた。じゅんびでさんぷんどころじゃなくかかってるわよ、と。


 幼女と犬が首を傾げ、呆れるのも当然だ。

 ユージの前のつけもの樽のなかには、大量のドングリが水に沈んでいる。


「これで渋くなくなる、らしいんだけど……」


 秋の採取ツアーで、ユージは拾ってきたドングリを炒めて剥いて食べた。

 えぐい、しぶいとその味わいを書き込んだところ、某コテハンの指導にあったのである。

 いわく、それで食べられないことはないけど、もっと美味しく食べられるぞ、と。

 そこでユージは、指導通り、リュックいっぱいに集めてきたドングリを水につけておいたのだ。三分どころではなく、10日も。


「浮き上がってきたヤツは捨てる、と。さすがに今日はもうないなー」


「ざんねん……」


 確かめたのち、ユージはざばーっと水をザルに開ける。

 アリスとコタローは、捨てるドングリがないと残念がっている。これまで、オモチャとしてもらってきたので。田舎の子か。田舎の子であった。元の世界とは違う、人里離れた場所ではあるけども。


 ともあれ、長期間水にさらしたあとの次の工程。

 それは、ユージを絶望に叩き落とすのに充分な効果を持っていた。


「これを、ぜんぶ、砕く……?」


 ポリエチレンのつけもの樽にずっしり入っていたドングリを、すべて砕く。

 それは、ユージの母親が買っていたフードプロセッサー(文明の利器)を使っても、数時間はかかる仕事だったのだ。

 まして、すり鉢とすりこぎ棒や麺棒など、古くからの道具を使おうものなら一日仕事になるほどの。




「お、終わった……」


 ドングリを砕かんと格闘すること三時間。

 朝食後にはじめてから、時間はもう昼前になっている。

 力を使い果たした、とばかりにユージは脱力する。

 なにしろフードプロセッサー(文明の利器)は、休み休み使うしかなく、その間すり鉢とすりこぎ棒を併用したために。

 ユージの上がった身体能力をもってしても大仕事であった。

 アリスもコタローも応援するぐらいしかできなかったし。幼女と犬なので。


「もうたべられるの? おいしい?」


「もうちょっとかなあ。あとは殻を捨てて、実を茹でて、そのまま使ったり粉にしたり……? つまりまた砕く……? 今度は粉まで……?」


 掲示板住人から教わった工程を見直して絶望するユージ。

 アリスはきょとんとして、コタローはにんげんはたいへんねえ、とばかりに丸くなっている。


「と、とりあえず使う分だけでいいか! あとはちょっとずつやろう! うん、そうだ、そうしよう!」


 そう自分に言い訳して、ユージは少量を手に取る。

 わんっ!と強めに鳴いたコタローの警告——だいじょうぶ? それかびたりくさらない? というツッコミは聞くことなく。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「わあああ! ユージ兄! ぱん? けーき? おいしい!」


「おー、よかった!……うん、これぐらいなら気にならない、かな」


 とりあえず昼食分のドングリを茹でて粉にして。

 ユージは、某掲示板住人のアドバイスに従って、小麦粉に混ぜて、豆乳を加えて焼いてみた。

 卵はなく、牛乳でもない。

 それでも、奮闘したドングリパンケーキもどきはユージにとって及第点だったようだ。

 バターとハチミツを足したことで、アリスは目を丸くして笑顔になるほど満足している。

 コタローはハグハグとかぶりついてる。おいしい、おいしいわ、なにこれ、とばかりに、尻尾をぶんぶん振って夢中で。なおコタローの分にはバターもハチミツも足していない。


「でも、労力のわりに量がないんだよなあ……」


 牛乳より豆乳の方が日持ちするといっても、もうそろそろ危ない。というか賞味期限自体は切れている。

 卵はとっくに切らした。

 両親が残した非常用の保存食や、大量のストックや調味料に感謝はすれど、このままいつまでも暮らしていけるわけではない。


 狩りで得たイノシシや、コタローがよく獲ってくる各種の鳥。

 食べられると——ユージの身をもって——判明したキノコやドングリ。

 ドングリ粉も、食べられなくはないが主食にできるほどの量ではない。

 森で得られるものはあるが、自給自足には程遠い。


「人里を探すしかない。つまり、人に会うしかない、か」


「ユージ兄?」


「なんでもないよ、アリス。……そうだよな、アリスのためにも」


 食べるため、生きていくため。

 はぐれたアリスの家族を探すため。


 ユージは、安全で快適な暮らしを送れる家から出て、この世界の人と会うことを決意するのであった。


「明日……は、雪が降って積もるかもしれないんだった。春から、春からだな! 遭難しちゃったら元も子もないし!」


 明日がんばる、というか、春になったらがんばる、と決意して。


 間もなく森は雪でおおわれて、一面の銀世界になるのだという。

 それを考えたら、ユージの決断は妥当なところだろう。決して逃避ではない。




 ユージがこの世界に来てから半年以上が過ぎた。

 ドングリの調理法を知ったユージは、この冬を越えて、次の冬までに人里を見つけなければどうにもならないことも知った。

 このあと試作したドングリパンケーキもドングリクッキーもドングリパンも、割合を変えて小麦粉の量を減らしたら独特な風味だったので。

 この世界の味で育ったアリスも、犬のコタローも、すん、と無表情になるほどの。食えなくはないのだが。


 10年間引きこもっていたユージの、旅立ちの時は近い。

 実際は遠かったしソフトランディングだったが、いまのユージにはそれを知る由もない。


 わんっ!


 もちろん、コタローも。全知全能の神ではなく、ただの犬なので。…………犬とは。



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― 新着の感想 ―
[良い点] すごい、こんなに時を経てまたコタローに会えるとは。 コミカライズに感謝したいです。
[良い点] コタローとユージは祖母と孫な関係と思ってましたw もうちょい若かったのね [気になる点] 書籍を買おうと思ってたんですが、既に絶版されてて注文不可… 現在中古市場を探してる所存… 重版して…
[一言] >まあ、コタローが開けたのはかつてユージの両親が取り付けた、犬用の出入り口だが。 あれ?第二話で >「よーしコタロー、お前は今日から室内OKだ! と言っていてそれ以前は完全外飼いだったのに、…
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