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10年ごしの引きニートを辞めて外出したら自宅ごと異世界に転移してた  作者: 坂東太郎
『最終章 元引きニートの代官ユージ、ホウジョウの街に引きこもる』

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第十三話 ユージ、足を伸ばしてリザードマンの里に遊びに行く


《みんなーッ! ユージがいたぞーッ!》


《こんにちは!》


《おお、ハル殿! ついに挨拶を発音できるようになったか!》


《言葉がうまくなったなエルフーッ!》


 王都のゲガス商会に泊まっていたユージとエルフたち。

 王宮へ行く日はまだ先になると聞いて、ユージはこっそり外出していた。

 1級冒険者でエルフのハルと、エルフの少女・リーゼの祖母のイザベルに頼んで。


「ふふ、あの地下水路はまだ使えたのね。懐かしいわ。アレを作る時にテッサが張り切っちゃって。王都中の地下に張り巡らせるぞ! 入り口も隠すし、通路を迷路にするんだ! って言ってね」


「何してんだテッサ……でもおかげでコッソリ外に出られたんだし、いいこと、なのか?」


「いいことだと思います。ただユージさん、気をつけてくださいね。お祖父さまが報告して、国王様やその側近、騎士団の一部は地下水路の存在を知っていますし、王宮に続く場所には見張りがいますから」


「あ、うん、わかったよ()()()()()()


「シャルル兄は物知りだね! さすが私のお兄ちゃん!」


 ハルが拠点にしている家に隠されていた入り口。

 通常ハルは、王都を出入りする時に使っていないらしい。

 出入りの記録を取られるため、わざわざ王都の門から外に出ているのだという。

 自由奔放に見えるハルは、意外に気を遣っているようだ。


 今回、ユージたちはそこから地下水路に下りていった。

 エルフの船を呼び出すためにしばし待機していたところに偶然現れたのは、アリスの兄のシャルルだった。

 学生時代に地下水路の存在を知ったシャルルは、地下水路をこっそり利用することがあるらしい。

 『紅炎の断罪者』とちょっと恥ずかしい二つ名で呼ばれはじめたシャルルが、神出鬼没で王都のどこにでもいるとウワサされる所以(ゆえん)である。


 なにがしかの捜査のために地下水路を利用していたシャルルだが、急ぎではなかったらしい。

 保護者のバスチアンと所属する国家警察にしばらく不在になる連絡を入れて、シャルルは小さな荷物を持ってユージたちに合流していた。

 行き先がリザードマンの住処で人目がないと知って、シャルルはひさしぶりにアリスと一緒に過ごすことにしたようだ。


『小さなトカゲがいっぱい……なにこれ、予想外のかわいさね!』


『ふふ、ほんとねリーゼ。私たちに興味があるのかしら? 首を動かす仕草がかわいいわ!』


 ユージとアリス、コタロー、ケビン、出発前に合流したシャルル、リーゼとエルフたち。

 一行は連れ立ってリザードマンが暮らす湿原に来ていた。

 ヒマつぶしである。

 いや。


「ではユージさん、田んぼの様子を見に行きましょうか。広さを見ればだいたいの収穫量も予想できるでしょうし」


「はい、ケビンさん! 通訳は任せてくださいね!」


 ヒマつぶしではない。

 ユージたちは、リザードマンの子供と老人の仕事となった米作りの様子を確かめるために、湿原に訪れたようだ。

 いま来る必要はないが、ヒマつぶしでも遊びに来たわけでもないのだ。視察である。ユージがヒマだったわけではない。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



《あ、田植えはもう終わったんですね。うんうん、いい感じだと思います》


《アタシの子分がいっぱいだからなッ! みんなでやればすぐだー!》


 プルミエの街と王都を結ぶ川の途中に広がるマレカージュ湿原。

 水路で辺境から王都に行く場合は、この湿原を通らなければならない。

 水棲モンスターが多数うごめくこの湿原は、地の利がない人間にとっての難所である。

 ゆえに水運は盛んではなく、陸路での峠越えがメインの交易路となっている。


 マレカージュ湿原は水中、あるいは水と陸の境で生きる生物の宝庫である。

 人間は入りづらいが、そこではモンスターや動植物を交えた生存競争が繰り広げられていた。

 そして。

 いま、リザードマンがこの地の主として繁栄の時を迎えているようだ。


 ユージの目の前には水が張られた田んぼが広がっていた。

 植えられた稲は、すでに30センチほどまで育っている。

 時おりパチャバチャと水音が聞こえて小さな尻尾が見えるのは、まだ幼いリザードマンが見まわりしているのだろう。

 あるいは大好きな泥と水がたっぷりのこの場所を、遊び場とでも思っているのかもしれない。


《今回は前と同じものを二つ作ってみた。前と同じように上手くいくかはわからぬが》


《そうですね、それは俺もはっきり言えませんけど。でも、がんばりましょう! うまく収穫できればまたゲガス商会が買ってくれるそうですから!》


《うむ。そうなればまた干し肉と交換してほしい。保存食があれば群れを大きくできるだろう》


 ユージの横にいるのは、最初にこの湿原に来た時に出会ったリーダー格のリザードマンだ。

 彼と、当時はまだ小さかったエメラルドグリーンの鱗をしたリザードマン二体が中心となって田んぼを作り、管理しているようだ。


『これが田んぼか! テッサが求めたオコメが、こんなに近くにあったとはのう』


『そうね……もし気づいていれば、あんなに望んでいた『ご飯』を食べさせてあげられたかもしれないけど……』


『あの、イザベルさん。これも王都に並ぶことがあるお米も、俺たちは味に満足できないと思います……たぶんテッサが食べたとしても、よけい辛くなったんじゃないかと』


『むう、そういうものかのう』


『……なんとなくわかるわ。テッサにとっては、故郷の味だものね』


 エルフの長老たちの会話に割って入るユージ。

 お米の栽培には成功したようだが、味は比べるべくもない。

 実際、収穫されたお米を買い取るのはゲガス商会であり、ユージはわずかしか購入していなかった。

 いかに炊き方を工夫しようと、日本米とはレベルが違うのである。


《ユージーッ! こっち、こっちにも田んぼがあるんだぞー》


《ああ、二つ作ったって言ってましたっけ。じゃあそっちも見に行くか!》


「ふふっ、ユージ兄、シューシュー言っておもしろい!」


「わかっているけど不思議なものだね。そうだユージさん、お祖父さまの領地にいるリザードマンの群れも、うまく交流できているようですよ。無益な戦闘がはじまることはなくなったようです」


「おお、よかった! じゃあこっちの群れの人たちにも報告しておくね」


「はい、ありがとうございます。これもユージさんが作ってくれた辞書のおかげです」


「そっか……がんばった甲斐があったなあ。アレ、ほんとに大変だったから……」


 ユージは現地の人間の言葉もエルフの言葉もリザードマンの言葉も理解できる。

 それを利用して、ユージは四カ国語対応の辞書を作ったのだ。

 日本語、現地の文字、エルフの文字、リザードマンの文字。

 四つの言語で基本の言葉が書かれた辞書である。

 エルフの里でもリザードマンの住処でもバスチアンの領地でも、辞書は大いに喜ばれた。

 まあ一番喜んでいたのは、元いた世界の人々だろう。厨二病である。いや違う、未知の言語体系という新たな研究対象のためである。


《よーし、子分たちッ! アタシがいなくてもみんなちゃんと働くんだぞーッ!》


《はーい!》

《はい、お姉さま!》

《じゃあおれ、ざっそうとる!》

《あたしは虫ね! オヤツオヤツー》


 ビターン! と尻尾を地面に打ちつけて、大声を出すエメラルドグリーンのリザードマン。

 すっかりボス気取りである。

 ちなみに魔法を使えるリザードマンは稀少なため、実際に次代のボス候補だったりする。

 エルフやコタローに風魔法を教わったリザードマンは、けっこうな魔法の使い手になっていたのだ。


《あ、この子、メスだったんだ》


《……ユージ殿。ニンゲンとリザードマンは番えないぞ?》


《なに言ってるんですか! 俺、そんなつもりはないですから! テッサと違って『みんなちがって、みんないい』じゃないですから! いやハーレム以外のアレならすごくいいと思いますけど!》


 ポツリと呟いた独り言に突っ込まれて、慌てて否定するユージ。

 番えないらしい。

 いらない情報である。


《そ、その、群れにずいぶん子供が増えましたね! いいことですね!》


《ユージ殿、焦らなくとも冗談だぞ? だがまあ、子供が増えたのは確かだな。こうして幼い子供や老いた者、怪我をして戦えなくなった者でもできる仕事があるのだ。増やしても大丈夫だろうと、おばば様が判断したのよ》


《田んぼを作って、お米がとれたら干し肉と交換して。実験も含めたらもう四年目ですもんねえ》


《そうだ。間もなく、第一世代は狩りに出られるようになるだろう。ユージ殿、我らはユージ殿に感謝している。海のそばの群れもな》


《……そう言ってもらえると、うれしいですね。ちょっとでも役に立てたんだなあって》


 ユージに向き直って、あらためて伝えるリザードマン。

 照れを隠すようにはにかむユージ。見た目は若くともおっさんである。ハニカミおっさんである。キモい。


 これまでリザードマンの食料は、狩りの結果に左右されていた。

 それが田んぼを作ったことで、食料は他の方法でも入手できるようになったのだ。

 もしいまユージがいなくなっても、ケビンやゲガス商会が手をまわしてお米を取り扱うことだろう。

 コミュニケーションが図れる辞書があって、王都にはお米の需要も生まれたので。

 ケビンもゲガスに鍛えられた従業員たちも、売れる商品を見逃す商人ではない。


《どうしたユージーッ! こっちのタンボは見ないのかーッ?》


《あ、うん、いま行くよ!》


「シャルル兄、リーゼちゃん、今度はあっちだって!」


「アリス、そんなに焦らなくても大丈夫だよ。ほら、走ると転んじゃうって。足場が悪いんだから」


「大丈夫よアリスちゃん、シャルルくん! 転んで濡れちゃったら、リーゼの魔法で水を取り除いてあげるんだから!」


「リーゼ、それじゃ汚れは落ちないわよ?」


『ふーむ、リザードマンはこのような者たちであったか』


『レベリングに来ても、交流はしなかったものねえ。不思議な感じだわ』


『シューシュー!』


《はは、ハル殿、今度の挨拶は失敗だな》


 ガヤガヤと騒がしく、田んぼの視察を続けるユージたち。


 ユージがこの世界に来てから12年目の春。

 リザードマンたちは、ユージと元の世界の知識でお米を栽培している。

 作ったお米は、ゲガス商会を通して保存食へ。

 食料が確保できるようになったことから、リザードマンは子供を増やして群れを大きくすることが可能になった。

 ユージが道筋をつけたため、もしユージが不在となってもこの流れは続いていくのだろう。

 親切心からではない。

 真っ当な取引をするだけで、ゲガス商会は利益を得られるので。


 プルミエの街と王都の間にあるマレカージュ湿原。

 この地に住むリザードマンは、繁栄の時を迎えた。

 ユージは、この地にもまた小さくない変化をもたらしたようだ。



次話、明日18時投稿予定です!


これでユージと関わりがあった土地はほぼおさえたはず。

…明日は王宮に行けるかな。

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