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10年ごしの引きニートを辞めて外出したら自宅ごと異世界に転移してた  作者: 坂東太郎
『最終章 元引きニートの代官ユージ、ホウジョウの街に引きこもる』

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第十二話 ユージ、王都に到着してゲガス商会に宿泊する


「ユージ、できれば儂の館に泊まってほしいのだが……」


「ファビアン、まあ数日であればかまわぬじゃろう」


「そうよあなた。しばらくすればこちらに移るそうですし、それにお茶会に誘われるのは謁見とパーティが終わってからですもの」


「ファビアン様、申し訳ありません。ユージさんもエルフの皆様も、ゲガス商会で衣装を用意しております。急ぎ調整するためにも何日かいただければと」


「ううむ、仕方ないか」


「すみませんファビアン様、オルガ様」


「ユージ、気にするでない。コヤツはエルフの皆様と模擬戦をしたいだけじゃからな」


「え?」


「バ、バスチアン様、そんな、儂は皆様のことを思って、それはその、模擬戦はしたいですけれども」


「……あなた?」


 プルミエの街を出て七日目。

 ユージたちは峠を越えて、無事に王都にたどり着いた。

 王都に入る行列に並ぶことなく、貴族枠でスルーして。


 ユージ、アリス、コタロー、ケビン、エルフの少女・リーゼと両親、祖母のイザベル、エルフの長老二人を乗せた馬車は、王都のゲガス商会の前で止まっている。

 ユージたちは、ここで貴族の領主夫妻とバスチアンと別行動をとるらしい。


 領主がユージたちを自分の館に泊めたかったのは、エルフと模擬戦したかったからではない。それも希望ではあるようだが。

 ユージは領主の部下であり、エルフは領主とユージの客人なのだ。

 自らの館でもてなすのが貴族の在り方である。

 とりあえずユージは、王宮に行くための服を調整するという名目で、数日の自由を勝ち取ったようだ。


「で、ではユージ、儂は王宮に到着の報を入れてこよう。領地から来る貴族もいるゆえ、謁見とパーティはおそらく七日後以降であろうな」


「あ、けっこう先なんですね。その、ファビアン様は何度か王都に馬を走らせて、現在地を知らせていたようですけど」


「うむ。まあ到着してから待たせるのは慣例だな。王がほいほいと会うわけにはいくまい? それに、旅に危険はつきものだ。一日あれば何があるかわからぬし、本隊が到着した後に別の隊が合流する場合もある。ゆえに、到着してから期間を設けて準備の詰めに入るのよ」


「はあ、なるほど……」


「やったあ! じゃあ、リーゼちゃんと王都をお散歩できるね!」


「アリスちゃん、いい案だわ! 楽しみね、お祖母さま!」


「ふふ、そうねリーゼ。私たちが創った街だけど……あの頃から、ずいぶん変わっているようだもの」


 そう言って遠い目をするリーゼの祖母・イザベル。


 王都・リヴィエール。

 この地が王都になったのは、かつての稀人・テッサとその嫁たち、子供たちを中心にした当時の人々が独立戦争に勝利したためである。

 リーゼの祖母のイザベルはテッサの嫁。

 長命種のエルフであり、その当時のことを知る時代の生き証人なのだ。

 イザベルは当時のことを思い出しているのだろう。

 奴隷、あるいは貧民だった人間、獣人、エルフを集めてテッサが興した街を。

 元の国と揉めてこの街が大軍に包囲されて絶望的な状況になっても、自由のために戦うのだと、諦めなかった当時の住人のことを。

 初めて人を(あや)める決意を固めた、不器用で優しかった夫のことを。

 300年ほど昔のこと。

 いまは他に知る者がいない当時のことを、イザベルは思い出しているのだろう。


「『風神姫』イザベル様。ぜひこの街を見ていってください。テッサ様と皆様が創ったこの街のいまを」


「……そうじゃな。イザベル様、儂からもお願いする。そうじゃ、パーティでは他の六宗家の子孫たちも紹介させていただきたい。みな続いておるのじゃ。王家と六宗家、それにもう一つの家も」


「みんなの子孫ね。ええ、楽しみにしているわ」


 領主とバスチアンの言葉に、わずかに微笑みを浮かべるイザベル。

 それは、どこか寂しそうな顔でもあった。


 楽しかった時はいつか終わり、一人取り残される。

 この世界の長命種の宿命である。


 イザベルの表情を見たリーゼは、繋いだアリスの手をギュッと握りしめるのだった。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



『そういえばゲガスの店に入るのは初めてじゃのう』


『人里に来たのなんて数百年前なんだから当たり前じゃない! 爺、やっとボケたの?』


『あら? これは見たことないわね。こっちも』


『お祖母さま、みんな、後でゆっくり見たほうがいいと思うわ。リーゼ、ひさしぶりにお部屋でゆっくりしたいもの』


『はいみんな、いらっしゃい! やっと王都に着いたんだ! 陸路は大変だねー。ほらほら、はしゃいでないで上に行きますよ!』


「あ、ハルさん!」


 領主夫妻とバスチアンと一時別れ、ぞろぞろとゲガス商会に入っていったユージたち。

 ここまで大人しかったエルフたちは、ゲガス商会に並ぶ様々な商品を見てはしゃいでいた。

 人間とエルフを繋ぐお役目だったゲガスはエルフと交流があった。

 ゲガス商会の商品の一部はエルフたちも知っているが、すべてを知っているわけではない。

 はしゃぐのも当然である。


 ハイテンションのエルフたちを迎えたのは、一足先に王都の拠点に帰ってきていた1級冒険者でエルフのハルだ。

 この街に暮らすハルにとって、ゲガス商会の商品は珍しい物ではない。

 パンパンと手を叩いて注目を集めながら、リーゼと一緒に年かさのエルフをなだめている。いつもはノリノリのハルにしては珍しいことに。


「くくっ、会頭がこの光景を見たらなんて言ったかなあ」


「気になるところですね。ただ『元』会頭ですよ。いまの会頭は貴方ではありませんか」


「ああ、そうだなケビン。いつまで経っても慣れなくてなあ。どうだ、会頭は元気してるか?」


「ええ。プルミエの街とユージさんの街の間で、元犯罪奴隷やならず者を集めて元気にしごいてますよ。あとは私たちの子を溺愛したり、ですね」


「はは、会頭らしいことで。さあケビン、お客人も。ゆっくりしていってくれ。針子はいま呼び出してるからよ」


 ハルに続いて出てきたゲガス商会の店員。

 元同僚のケビンと言葉を交わして、上階にある客室と応接室にユージたちを促す。


 ユージがプルミエの街を出てから七日目。

 ユージたちは、これで往路の旅を終えるのだった。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



 ゲガス商会の応接室に華やいだ声が響く。

 アリス、リーゼ、エルフの女性陣が、王宮で着る服の試着をしているのだ。

 アリスはホウジョウの街で作られたドレスを、リーゼや他のエルフはゲガス商会が用意したドレスを試着している。

 服はニンゲンが用意したものだが、装飾品で違いを出すつもりらしい。

 持ち込んだアクセサリーを合わせながら、ああでもないこうでもないとキャッキャしている。

 男性陣はすでにソファに座り込んでいた。

 男はあっさり終わったようだ。


「あの、そういえば客室が前より増えてませんか? この人数で大丈夫かなあって心配だったんですけど、部屋の数も増えたし広くなってる気が」


「ああ、ユージさん。従業員用の部屋と倉庫を隣に借りてな、この建物は店舗と客用の部屋と応接室だけになったのよ。もちろん警備担当のための部屋はあるがな」


「おやおや、ゲガス商会も好調のようですね?」


「お前が一番知ってんだろ、ケビン。いまゲガス商会が好調なのは、ユージさんのおかげだ。ありがとうユージさん」


「え? 俺、なんかしましたっけ?」


「ほらアレですよユージさん。シャルルさまに学校用の服を贈ったでしょう? それから貴族の子弟に流行ったのですよ」


「ああ、制服ですか! まあ学校で決まってるわけじゃないから、制服風だけど」


「そうだユージさん。それも最初に着たうえに、シャルルさまがウチの商品だと言ってくれたからな。侯爵の孫の言葉だ、あの型を真似る商会もない」


「はあ……」


「まあ家ごとに一工夫求められるがな。()()()()を教えてくれたのもユージさんなんだって? ありゃ助かった」


「会頭、今年も秋のうちにこちらに運ばせますから。あとはこちらでよろしくお願いします」


「ああ、任せとけケビン。どこの仕立て屋も型違いの商品を出してきてるがな、まだまだ本家のウチが人気だからよ」


 そう言ってケビンと握手を交わすゲガス商会の現会頭。

 ホウジョウの街にあるケビン商会の針子工房で作られた制服は、王都のゲガス商会に卸されて、貴族の子女向けに販売されている。

 シャルルが卒業した今も、制服風ブレザーと女性向けの制服風衣装は流行っているらしい。

 侯爵家が元祖だと認めた制服風衣装。わざわざ同じ服を作って貴族に喧嘩を売る商会はない。

 だが、アレンジした制服風衣装は売り出されているようだ。

 王都の上級学校は、制服と改造制服と魔改造制服であふれているのだろう。


「それに米と酒だな。ユージさんに教えてもらった調理法を教えながら米を売ったら、けっこうな人気でな。ユージさん、あれはもうちょっと増やせねえかな?」


「うーん、どうでしょう。今年は去年より田んぼを広くするらしいですから、上手くいけばもっと増えるかもしれませんけど」


「そうか。ああそうだユージさん、安心してくれ。いまんとこ米の出所は探られてねえからよ。ウチは元々、どこからか珍しい商品を仕入れてくるって有名だからな」


「あ、よかった」


 ユージは湿原に住むリザードマンと一緒に、田んぼを作って米の栽培を始めていた。

 味は日本のお米と比べるべくもない。

 現代に流通しているお米は、呆れるほどの長い時間、品種改良を繰り返した研究者と農家の努力の結晶なのだ。

 いかに掲示板住人が有能だろうと、ネットを通じて専門知識と専門家のアドバイスを得られようと、ゼロからはじめた米作りですぐに並び立てるわけがない。

 ユージとリザードマンは試行錯誤しながら品種改良に挑んでいるが、いまのところはユージ用ではなくゲガス商会に卸すだけである。

 お米の味に合わせたレシピと一緒に。

 ちなみにユージは試食して味を伝え、ネットの先にいる人々がこの料理ならイケるんじゃないかと提案するだけである。


 そしてここでいうお酒は、米を原料とした酒である。

 製法は聞いてはいけない。

 とりあえず日本酒とは呼べないだろう。

 いちおうお米が原料ではあるが、酒米でもないうえに口かみ酒である。

 ケビンは製法を聞いて売ることをためらっていたが、ゲガス商会は気にしなかったようだ。

 他にも一般人が引くお酒を売っているので。

 だいたいは少数民族が作ったゲテモノを漬け込んだお酒である。知らぬが仏である。


「なあケビン、他の服ももうちょっと卸せねえか? 他の商会も辺境に目をつけててなあ」


「一気に量を増やすのは難しいですね。針子は増やしていますから、徐々に増えていくと思いますが……それに、ゲガス商会は服が主力じゃないでしょう?」


「まあそうだな。どれ、俺たちも新しい商品を探しに動くか。ユージさんとケビンに負けてらんねえしな」


 一つ頷いて決意を語るゲガス商会の現会頭。

 制服をはじめとした衣料品、お米、酒。

 もたらした変化はわずかだが、きっかけとなったのはユージである。



 ユージがこの世界に来てから12年目の春の終わり。

 ユージは、この世界における大都市にさえ影響を与えているようだ。

 いまのところわずかに、だが。


 ちなみに。

 男たちが商売の話をしている間も、女性陣の試着会は終わらなかった。

 この世界においても、女性の服選びは時間がかかるらしい。選べるほどお金がある女性限定だが。

 それとコタローは、ひらひらの誘惑を耐えきったようだ。我慢できる女なのである。雌犬のクセに。




次話、明日18時投稿予定です!

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