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10年ごしの引きニートを辞めて外出したら自宅ごと異世界に転移してた  作者: 坂東太郎
『最終章 元引きニートの代官ユージ、ホウジョウの街に引きこもる』

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第十一話 ユージ、王都へ向かう途中の宿場町・ヤギリニヨンで一泊する

『これが渡し船か! 下から見たことはあったが乗るのは初めてじゃのう』


『どうして橋をかけないのかしら? ニンゲンは不思議なことを考えるわねえ』


『橋をかけないのは水運と防衛のためですね。帆船が通れるように、もしもの時はプルミエの街側に避難して、川を障害して守れるように、橋をかけないそうです』


『そんな意味があったんですか、ケビンさん。俺てっきり、テッサが『矢切・の・渡し』と『ヤギリ・ニヨン・渡し』って言いたいだけかと……』


 王都に向けてプルミエの街を旅立ったユージたち。

 馬車5台、総勢50名前後の大所帯での旅は順調に進み、いまはプルミエの街から数えて四番目の宿場町・ヤギリニヨンにいた。

 ここで船に乗って川を渡り、明日は難所の峠越えの予定となっている。


『ニンゲンは大変ね。船だったらここまですぐなのに!』


『リーゼちゃん、でも、ゆっくりだから私とリーゼちゃんがたくさん一緒にいられるんだよ?』


『……アリスちゃん!』


 ひっしと抱き合う二人の少女。百合は咲かない。少女たちによくあるスキンシップである。


 ユージたちが乗ってきた四頭立ての箱馬車であっても、川を渡す船は用意されていたようだ。

 一台ずつしか運べないため、いま、船には領主夫妻やその使用人は乗っていない。

 二人の長老もリーゼも、のびのびとエルフの交通手段・潜水艇について話している。

 領主夫妻や兵士たちには言葉が通じないとはいえ、近くにいる時は里の場所や潜水艇について口にするつもりはないようだ。


「それにしても、なんか川にいる船の数が増えてませんか?」


「ユージさん……そうか、箱馬車の窓は小さいですもんね。ここに来るまで何台もの馬車とすれ違ったことに気づきませんでしたか? 以前、一緒に王都に向かった時はどうでしたか?」


「そういえば、道でも宿場町でも、一日一台はすれ違った気がします。前はこんなに人通りがなかったような……」


「そうです。これまで辺境で手に入るのは農作物や木材。いずれも辺境でなければ手に入らないものではありませんでしたし、辺境から先には何もなかった。ですが、いまは違います」


「え?」


「他の街にはない衣料品、缶詰などの美味しく手軽な保存食。それに、ごく稀にエルフの工芸品が売りに出されることもある」


「それ、どれもホウジョウの街で作ってる物じゃ……」


「もちろん数が少ないですから、往来は多少増えた程度です。ですがそこは商人。仕入れのためにプルミエの街に向かうと言っても、空荷で行くわけありません。辺境はいま、繁栄の兆しを見せています。この光景を作り出したのはユージさんなんですよ」


「いや、俺は作り方を教えただけで、それだって掲示板のみんなの協力があって」


「ふふ、そうですか、そうですね。ただこれからはユージさんがホウジョウの街の代官ですから。ホウジョウの街で生み出される物は、すべてユージさんの功績ですよ」


「え、ええっ!?」


「それが貴族と、街を仕切る役人の考え方ですから」


「はあ……」


 ここまでの道中、ユージたちは何台もの馬車とすれ違い、宿場町で商人を見かけることも多かった。

 まあユージたちは領主やバスチアンといった貴族を含む一行のため、商人と同宿することはなかったが。

 なにしろ宿場町で一番大きな宿を貸し切っていたので。

 ちなみに貸し切った宿の余った部屋には護衛の兵が泊まり、入りきらない兵士たちは野営である。いちおう同じ兵士が野営続きにならないようローテーションになっているようだ。


 辺境と王都を往復する商人の増加。

 それはユージのおかげであるらしい。

 レールを敷いて素材と完成品の輸送のペースを上げて、缶詰の生産量を増やした成果でもあるのだろう。


「ユージさんのお手伝いをして、王都の商人に欲しがられる品を開発できたことは私も誇りに思ってます。売れ行きも好調で、品薄なぐらいですしね!」


 冗談めかしてユージに告げるケビン。

 身近な人からわかりやすい言い方で伝えられたためか、ようやくユージに笑顔が浮かぶ。

 プルミエの街を出て旅の四日目。

 ユージたちは、宿場町・ヤギリニヨンで川を渡るのだった。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「ユージ殿、みなさま。今日はここで野営となる」


 プルミエの街を出て、五日目。

 二日がかりの峠越えに臨んだユージたちは初日の行程を終える。

 目の前にあるのは切り通し。

 かつてユージが初めて王都に向かった際、盗賊に襲撃された場所である。


「ファビアン様、あの人たちは?」


「あれは儂が派遣している警備兵だ。峠越えは難所であり、人の目はない。以前ユージたちが襲われたように、盗賊がこの周囲をねぐらとすることも多かった。ゆえに、この地に兵を駐留させるようにしたのだ。旅人や商人の安全を守るために、な」


 切り通しの近辺にいたのは、揃いの革鎧を着てうろつく30人ほどの兵たち。

 領主が言うには『旅人の安全を守るため』に駐屯させているらしい。

 そのわりには切り通しの左右に小さな詰め所があり、兵たちは峠の王都側を警戒しているようだが。

 あくまでも『旅人の安全を守るため』なのだ。

 繁栄がはじまった辺境と、新商品を生み出す稀人のユージを守るため、というわけではない。

 王都側の見晴らしのいい広場には物見が常駐して、詰め所には早馬のために馬が繋がれているが、あくまでも『旅人の安全を守るため』である。


「うむうむ、領民と商人の安全を守るのは大事な領主の務めじゃからな。ここに要害を設ければ、もし何かあっても辺境を守りきれるじゃろうと考えているわけではあるまい。もしユージ殿やアリスが狙われるようであれば、儂の火魔法で切り通しを崩して兵の侵入を阻めるじゃろうがな」


 峠に兵を置いた領主の判断を聞いて、うむうむと満足げに頷くバスチアン。

 もし国王や他の貴族がユージやアリスを求めた場合、アリスの祖父で侯爵のバスチアンはユージの味方をするつもりらしい。

 『備えよ、常に。志を抱き、独立独歩たれ』。

 それが、初代国王の父・テッサが当時の辺境の領主に言い遺した言葉である。

 領主、バスチアン。

 いざとなれば、二人は辺境へ続く道を封鎖する所存らしい。

 明らかに『旅人の安全を守るため』ではない。


 領主とバスチアンの話を聞いていたエルフ・イザベルの目がキラリと光る。


「そう、今日は野営なのね。でもリーゼから、この切り通しで襲われたと聞いているわ。野営は心配ねえ」


「『風神姫』イザベル様。その、エルフのみなさまとユージたちは兵士の詰め所を使っていただこうかと思っていたのですが……」


「ちょっと狭そうだもの。ねえ、土魔法を使ってもいいかしら?」


「え? は、はあ、その、いまの道幅を確保して、商隊が通れるのであれば問題ありませんが……」


「それはよかった! 『ちょっとみんな! 集合!』」


 心配ねえ、と棒読みで言いながらエルフに集合をかけるイザベル。

 なぜかユージとアリス、コタローまで集まっている。


『土魔法が得意なのは長老二人とアリスちゃんね』


『お祖母さま! リーゼもいろいろできるようになったのよ!』


『ふふ、そうね。じゃあリーゼにも手伝ってもらっちゃおうかしら』


 ニッコリと笑うイザベル。

 なにやら企んでいるらしい。

 そして。



「こ、これは……エルフとはこれほどの魔法の使い手であるか……」


「おお! アリスは火魔法だけでなく土魔法もすごいのう! うむうむ、さすがじゃ!」


「あいかわらずすごい……ケビンさん、これ大丈夫ですかね?」


「え、ええ、領主様の許可も得ているようですし問題はありませんよ、ええ。その、野営で襲われないか心配だったためという名目もあるわけですから、ええ」


 ノリノリで土魔法を使った二人のエルフとアリス、リーゼ。

 切り通しと、出入り口に小さな詰め所があった峠道は、その様相を変えていた。


 左右の切り通しは四人の土魔法で地下がえぐられて、表面はそのままに中には広い空間が出来上がっている。

 切り通しの見た目に変わったところはない。

 いや。

 急勾配の切り通しの表面に、いくつもの穴が空いていた。

 窓である。

 矢狭間でも銃眼でもない。

 窓である。もしくはただの通風口である。きっとそうだ。


「うん、これで盗賊に襲われても安心ね! 盗賊に襲われても!」


「イザベル様、儂らが通った後も崩さずこのまま使っても良いでしょうか? 旅人の安全を守るために!」


「ええいいわよ、盗賊に襲われたら大変だもの! 盗賊に襲われたら!」


 領主とイザベルの茶番である。


 陸路と野営に慣れていないエルフやユージたちは、たしかにこのほうが安心できるだろう。

 実際に過去、ここで襲われたこともある。

 だが、泊まるだけであればこれほどの数の窓も通気口も必要ない。


 切り通しの左右には小さな窓が大量に並んで、内側の人工洞窟から外を望める造りになっている。

 道を見張って、矢や魔法を放てるように。

 切り通しは、四人の魔法使いによってあっという間にトーチカとなっていた。


 もし、辺境とこの国が揉めて、王都から辺境に兵を進めようと思ったら。

 王都を見下ろす広場にいる物見が軍を発見して、プルミエの街に早馬を走らせ。

 切り通しの顔をして増援を内包した二つのトーチカが、屍の山を作ることになるだろう。


「あっという間に快適な寝床ができて、みんなすごいなあ」


「ユージ兄! 私、土魔法もいろいろ使えるんだから! リーゼちゃんと一緒にがんばったんだよ!」


「うんうん、えらいえらい。リーゼもね」


 誇らしげに近づいてくるアリスとリーゼの頭を撫でるユージ。


「ユージ兄、リーゼもう子供じゃないのよ? 頭を撫でられたって……」


 ユージ、暢気か。

 ボソボソとしゃべるリーゼだが、口は緩んでいる。撫でられてうれしいらしい。子供であった。

 二人の少女と触れ合うユージをよそに、コタローはハイテンションである。

 切り通しを駆け上がり、窓から中に飛び込んでは外に飛び出す。

 風魔法を利用した立体機動である。

 左右のトーチカも、コタローにとってはアトラクション代わりらしい。犬なのに。


「これであれば兵を駐屯させることも……いや、主力はヤギリニヨンに置いておいたほうが良いか。うーむ」


「あなた、じっくり考えれば良いではありませんか。ひとまずここには30名の兵がいるのですから」


「これは……安全になったと知られれば、辺境に向かう商隊はさらに増えそうですねえ。王都に着いたらジゼルに手紙を出しましょうか」


「うむ、これなら野営しても安心じゃな! 旅人の安全にも役立つじゃろう! うむうむ!」



 ユージがこの世界に来てから12年目。

 かつて襲われた峠の難所は、魔法によってトーチカとなった。

 領主とエルフ、バスチアンが白々しく言い訳を口にしながら。

 これで峠越えも安心安全である。味方には。


 プルミエの街を出てから五日目。

 難所を抜ける目処が立ったユージたちは、予定通り明後日には王都に到着することだろう。



次話、明日18時投稿予定です!

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