第二話 ユージ、街開きのお祭りを開催する
12年目の春を迎えたホウジョウ村。
移住者が増えて200人を超えた村は盛り上がっていた。
春、初めてのお祭りである。
冬の間に拡張された広場にはかがり火が焚かれて、夕闇を払っている。
広場の横では、木工職人のトマスが造った屋台で、住人たちが思い思いの料理を提供していた。
ホウジョウ村に移住してきたのは辺境出身の者だけではない。
この日のためにケビン商会に手配してもらった調味料や材料を使って、それぞれの故郷の味を再現している屋台もあった。
隣国から来た二足歩行する黒ヤギの医者は、料理ではなくチーズを提供しているようだ。ミルクの出所が気になるところである。単に輸入してきただけのはずだ。山羊人族の医者は男なのだ。
お祭りに参加しているのは村人だけではない。
この特別な日のために、ホウジョウ村には何人ものゲストが集まっていた。
『うむうむ、祭りはいいのう。ほれハル、ちょっと踊ってくるのじゃ』
『ええー? 長老が行ってくださいよー。ほら、あの魔法の大道芸で!』
『ハルが場を温めてからじゃな』
『ハル! リーゼもハルの剣舞が見たいわ!』
『はいはい、わかりましたよ! うーん、せっかくみんながいるんだし、ソロじゃなくてデュオで……』
『あら、じゃあひさしぶりに私も踊ろうかしら』
エルフの里から来た長老たち、王都から1級冒険者でエルフのハル。
もちろんエルフ居留地に住む少女・リーゼやその家族もいる。
《むーっ。ニンゲンの宴は太鼓が足りないなッ!》
《確かに。今度は大太鼓を持ってくるか。我の尻尾さばきを》
広場に響くリュートのような弦楽器と、過去に持ち込んだ小さな太鼓の響きに尻尾を揺らすリザードマンたち。
エメラルドグリーンの鱗の小さなリザードマンは、ここ数年でお付きのリザードマンと同じぐらいの大きさに成長していた。
落ち着きがない様子は成長していないようだが。
キラキラと目を輝かせているあたり、リザードマンに慣れたこの村の人間でなければ身をすくめることだろう。
爛々と輝く縦型の瞳孔は、獲物を見定める目つきと見分けがつかないので。
「ジゼル、寒くはないですか?」
「大丈夫よケビン! あ、ほらほら、ハルさんの剣舞がはじまるみたい! エルフの舞いは珍しいから見逃さないようにね!」
「はーい、ママ!」
「おうおう、俺の孫娘はかわいいだけじゃなくて賢いなあ」
「お義父さん……何をいまさら! 当たり前じゃないですか!」
当然、アリスの次に古くからユージを知るケビンもいる。
独立前に修業した商会の元会頭でいまは義父となったゲガスと、その娘で妻のジゼルと、3才の娘とともに。
『血塗れゲガス』と『万死のケビン』は幼女の言動にデレデレなようだ。親バカと爺バカである。
「む、剣舞であるか! では儂もハルバードを……」
「あなた?」
「オルガ嬢、良いではないか。ファビアン、やるなら儂が魔法で派手にしてやろう。なんじゃったら魔法ありの模擬戦でも良いぞ?」
「バスチアン様、その、火傷の薬を持ってきておりませぬゆえご容赦を!」
「あなた、バスチアン様。せめて本題を終わらせてからにいたしませんか?」
平民だけではない。
ホウジョウ村のお祭りに、この地の領主であるファビアンとオルガの夫婦、さらに開拓地の後援者としてバスチアン侯爵も参加している。
今回、バスチアンはアリスの祖父という立場を隠している。
とはいえ、以前には貴族という身分を隠してアリスの祖父として村に滞在したこともあるのだ。
当然、古くからいる村人にはバレバレである。
だがここは封建制の社会。
『初来村の貴族』に、『あれ? アリスのお祖父ちゃんですよね?』と聞く者はいない。
お貴族様らしい複雑な事情でもあるんだろ、平民の愛人の孫とか、などとそれぞれが勝手に納得するだけである。
「うわあ、うわあ! ハルさんもイザベルさんもすごーい! ユージ兄、私も後で魔法でバーンってやっていい?」
「アリス、後でね、後で。もうすぐメインイベントだから」
はじまったエルフの剣舞を見てハイテンションのアリス。
成長して16才の少女となっても、あいかわらず魔法は感覚派のようだ。
ユージは、ご機嫌なアリスをなだめている。
あと、千切れんばかりに尻尾を振って、わたし、わたしもおどりたい、とアピールしまくるコタローを。
ホウジョウ村で初めて春に行われるお祭り。
このお祭りは、収穫祭でも雪解けを祝う祭りでもない。
ユージにとって、開拓を続けてきた村人にとっての特別なお祭りである。
エルフたちの舞いで場が盛り上がって。
ユージと数人の男たちが、広場の中央に歩き出した。
□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □
ホウジョウ村の広場に三人の男が並ぶ。
広場のいたるところに置かれたかがり火が緊張した三人の男を照らす。
村人もゲストも、そんな男たちを誇らしげに見つめていた。
広場の中央に向けて、一組の男女がゆっくりと歩いていく。
このホウジョウ村を含めた辺境を治める領主夫妻である。
中央にたどり着くと、領主夫妻は並んでいた三人の男と向き合った。
静まり返る観衆を前に領主が口を開く。
「それでは、これより任命式をはじめる!」
王都で騎士を務める領主、さすがの声量である。
正面にいたユージの体がビクリと震えるほどに。
驚くユージをよそに、村人とゲストから拍手が巻き起こる。
「エンゾ! 前へ!」
「はっ!」
領主から呼ばれたのはエンゾ。
元3級冒険者で防衛団団長、いまは警備隊の隊長を務める男がスッと前に出る。
「エンゾをホウジョウ警備隊隊長に任ずる! これまで通り務めよ!」
「はっ! 愛する妻と子がいるこの地こそ我が故郷。モンスターからこの地を守り、人々の平穏を守ることを誓います!」
「うむ。これが任命書だ。規模の拡大に合わせて部下も増える。しっかりと協力してこの地を守るように!」
「はっ!」
斜め後ろに控えるオルガから受け取った羊皮紙をエンゾに渡す領主。
まるで卒業証書のように両手で受け取るエンゾ。
手にした羊皮紙を胸に抱いて、エンゾは元の場所に下がる。
村人とゲストに拍手を送られて、エンゾは照れくさそうに笑っていた。
「続けてブレーズ! 前へ!」
「はっ!」
次に呼ばれたのはブレーズ。
エンゾと同じ元3級冒険者で『深緑の風』の元リーダー、現在はホウジョウ村の村長を務める男である。
下がったエンゾと入れ替わるように前に出る。
「ブレーズ、よく村長を務めてきた。この村の雰囲気が良いのは、村長であるブレーズの手腕が大きいと聞いておる」
「ありがたいお言葉です」
「ブレーズ。本日より、町長に任命する! 励むが良い」
「はっ! 微力ながら、この地の発展に全力を尽くします! 妻と友と、住人と共に」
「うむ。ではこれが任命書だ。良いか、村長と違って町長は世襲ではない。引退前に優秀な者を見つけておくように」
「はっ!」
羊皮紙を受け取ったブレーズに、エンゾ同様に大きな拍手が送られる。
ブレーズは誇らしげに笑っていた。
そして。
「最後に。ユージ! 前へ!」
「はい!」
名前を呼ばれて、ユージが前に出る。
足が震えているのは恐怖ではなく緊張である。
「ユージ! 本日より、ユージをこの地の代官に任命する!」
それは、かねてから決まっていたこと。
最初はホウジョウ村担当の文官として、発展すれば代官となる。
ユージ、はやくも代官となったようだ。
代官とは、不在の貴族の代わりに街の責任者として諸事を司る者のこと。
ユージ、出世である。
「はい。えっと、がんばります!」
なんとも不安な返答である。
集まった村人とゲストは苦笑を浮かべていた。ユージらしい、とばかりに。
それでも、全員ユージの代官就任に異論はないようだ。
広場には割れんばかりの拍手が響いていた。
「うむ。ユージはそれでよい。これが任命書だ。さて」
領主さえも、ユージの返答に苦笑しながら羊皮紙を渡していた。
と、緩んだ気持ちを切り替えるように大きく息を吸う。
「ユージよ! そしてこの地に住まう民よ!」
領主の呼びかけに、その場にいた全員の注目が集まる。
貴族というよりも騎士団で鍛えた話法だろう。
村人はもちろん、自由人なエルフも、言葉がわからないはずのリザードマンさえ静まって領主に目を向ける。
もう一度大きく息を吸い込む領主。
続けて、大音声の言葉が響く。
「これまでの発展、見事である! 今後の発展を期待して、本日よりここをホウジョウの街とする!」
それは、この地をホウジョウ村ではなく、街とするという言葉。
わずか300人弱のこの村を、辺境第二の都市として扱うという宣言である。
辺境にはホウジョウ村よりも人口が多い農村も宿場町もある。
だが、これほどの速度で発展してきた人里はない。
そして、これからの発展に期待できる人里もない。
過去を評価して、未来を期待する領主の宣言であった。
広場に集まっていた人々が、意味を噛みしめるように静まり返る。
やがてはじまった拍手はパラパラと。
次第に広がって、最後には熱狂的な大歓声となった。
ユージがこの世界に来てから12年目。
一人と一匹から、一軒の家からはじまった開拓。
最初は単に食料を確保するための開拓だった。
徐々に人が増えて、身の安全のために、食料のために、お金を稼ぐために、開拓は続いていった。
時にモンスターを撃退して、時にユージの奇抜なアイデアに驚かされながら。
一軒の家からはじまったホウジョウ村は、ホウジョウの街となった。
ホウジョウ村初めての春のお祭り。
ユージに関係する人々を招いて、領主も駆けつけたそれは。
『街開きのお祭り』であったようだ。
次話、明日18時投稿予定です!





