閑話 とあるNPOの中心人物、自分たちの成果を振り返る
「よし、今日はここまでにするか」
「うっし! お疲れっしたー!」
「やっと落ち着いてきたな」
宇都宮の市街地にあるビルのワンフロア。
男たちは打ち合わせを終えて、そのまま今日の仕事を終える。
時刻は18時すぎ。
ほぼ定時での終了である。ホワイトか。
ここから打ち合わせの議事録をまとめて、結果報告と次に向けたアクションをメールして、打ち合わせで不在だった間のメールを処理して、予定になかった打ち合わせで遅れた事務仕事を片付けて、その後自分のメインの仕事をして、明日の打ち合わせの資料をまとめつつ終電ダッシュするか会社に泊まるか早朝出社するか迷うのではないのか。ホワイトか。
「どうよ、ひさしぶりに飲みに行かない?」
「よし、行くか! で、ミート、どの店にする?」
「そりゃやっぱりギルド風居酒屋でしょ! 俺たちが行かないでどうすんの! 新規クエスト出てるかもしれないし!」
「またかよ……いやクエストってただのおすすめメニューだから……」
帰り支度を進めながら、この後の予定をワイワイと。
まるで放課後の予定を話し合うリア充高校生のように。
宇都宮、ユージの希望を叶えるために結成された、ニートと引きニートを支援するためのNPO法人。
定例となった春と秋のキャンプオフ直前と当日以外は、ホワイトな労働形態を保てているようだ。
幸いなるかな、ホワイトで働く者よ。
□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □
「今日もお疲れ。次の春のキャンプオフまで、しばらく落ち着いた日々が続くだろう。適度に気を抜いて、次に備えてほしい」
「あいかわらず堅いぞクールなニート!」
「はやく飲ませろ!」
「……乾杯!」
クールなニートの挨拶もそこそこに、乾杯の声がかかる。
ギルド風居酒屋の分厚い陶器のグラスをガチャッと打ち鳴らして。
そのままガヤガヤと騒がしく、十数人が参加する飲み会がはじまった。
NPO法人のオフィスで働いているのは、コミュニケーション能力に問題がない元ニートがほとんどなのだ。
克服した者や、仲間内なら問題がない者も含めて。
「ユージが異世界に行ってからもうすぐ12年目か」
「いやー、10年以上の付き合いになるとは思わなかったよね!」
「というか、アイツが10年も生きてられると思わなかったわ。その辺で採ってきた異世界の赤キノコを食べるヤツだぞ?」
「たしかに! あれはビビった!」
クールなニートや名無しのミート、掲示板初期から覗いていたコテハンたち。
今度の春で、ユージが異世界に行ってから12年目になる。
ユージ初期型を思い出して懐かしんでいるようだ。
まだ家しかなく、コタローしかいなかった頃の。
飲み会でのいつもの会話である。もう何度目か。
「12年か。俺たちも変わったよなあ……」
「おっさんから中年になったな」
「やめてッ!」
「洋服組Aなんて結婚したしなあ……それどころか奥さん妊娠中だって」
「それもやめてッ!」
ユージが異世界に行ってからもうすぐ11年が経つ。
つまり、掲示板の初期を知っているメンバーは、顔も知らない知り合いになってから11年経つのである。
11年。
若者がおっさんに、おっさんが中年になるほどの時間経過である。
「あ! 12年目ってことは、今度の春のキャンプオフって10回目じゃない!?」
「……そういや第1回キャンプオフって3年目だったっけ」
「ヤッベ、忘れてた。どうすんのクールなニート? 何かやる?」
「特別なことはやらないでいいだろう。そうだな、せっかくユージの映画の三本目が公開されたんだ。三部作を流す前に、短い映像を入れてもらう程度で」
「三本目……あれ、一気にフィクションになってたからなあ……」
「オリジナルのユージの話は知れ渡っちゃってるし、まあしょうがないでしょ。エルフの里以降、盛り上がる話もないんだし」
「たしかに!」
「いやあ、だからってホウジョウ村に向けてモンスターの大侵攻がありました! ってさあ……どこから来たのよ。どうやって来たのよ」
「南には街があって、北はエルフが隠れ住む盆地と山脈、ちょっとズレてワイバーンの住処。西の山地の向こうは王都がある方角だろ? じゃあ東から?」
「人間、エルフ、コタローとオオカミたちの警戒をかいくぐって、ねえ」
「しかもゾンビって! いやゾンビだけじゃないからまだ良かったけど!」
「危うくクソ映画になるとこだったな」
「いや充分クソ映画だろ」
「守りきってユージが英雄に、ホウジョウ村の領主にって流れはわかるんだけどね……三部作の締めとしても」
「過程がクソだから。まあ現実は地味だからしゃあないけど」
「現実っていうか異世界ね!」
11年目の秋に、三本目の映画が公開された。
ユージの話を基にした映画は、一本目はわりと事実通りで、ちょっと脚色を加えた程度だった。
二本目から事実より脚色のほうが多くなり、三本目はほぼ脚色だったらしい。
NPO法人の職員たちが納得いかないのも当然である。
まあ事実通りにいったら山も谷もない三本目になるのだが。
とりあえず、ゾンビはでてきたらしい。敵として。さすがアメリカである。ジョージとルイスは大喜びである。
「10周年……出店する企業に連絡しておくか。こちらからは求めないが、10周年記念の商品を出したがるかもしれない」
「あ、それはいいかもね! でもいちおう基準作っといたほうがいいんじゃない? ほら、福袋とかあるかもしれないし」
「たしかに!」
「参加企業さんたちは次も変更なし?」
「ああ、変更はない。一通り揃ったからな。それに大規模化より、複数箇所での開催を優先したい」
「ってことはおなじみのユニク○、靴屋、美容師チームもか。美容師さんたちって全国対応できるの? 大丈夫なん、あのチャラいおっさん」
「前回の春のキャンプオフの前に、全国展開してる美容院に話をつけたらしい。『これでどこで開催しても大丈夫だから!』だそうだ」
「あのおっさんのコネクションなんなの……」
「各地共通なのはあと家電量販店と映画会社、アニメ○ト、キャンプ用品の○ゴスさんか」
「出店ではないが、今回からJ○バスさんもだな。最寄り駅からのシャトルバス、主要駅からキャンプ地行きの貸し切りバスも提供される」
「あそこに協力してもらえるのは助かるよねー」
衣料品、美容院、BBQ&キャンプに活躍するキャンプ用品店、販売用のモバイルバッテリーや小物とレンタル品を持ち込む家電量販店、ユージの映画がらみと関連グッズで映画会社とアニメイ○。
それぞれ思惑はありつつ、一度参加して以降は参加を続けている常連である。
今回から、大手高速バス会社との提携もあるらしい。
ちなみにニートと引きニートが望んだ場合、交通費の援助はいまも続けている。
「資金は問題ないし、順調だねー」
「まあ資金は逆の問題があるがな」
「ああ、あれか……世界レベルのお金持ちはマジでスケール違いますわ……」
「ノブリス・オブリージュ。やっぱ寄付文化があると考え方が違うんでしょ」
「だからってさあ……あれじゃね? NPOじゃなくて株式会社にしとけば良かったんじゃね? ウッハウハでしょ?」
「資金力にモノを言わせて買収される未来しか見えん」
「いやほら、そこは株式を公開しなかったりしてさ」
キャンプオフは開催地こそ増やしているが、一箇所あたりは大規模化していない。
交通費の補助や参加無料なことを考えると、莫大な出費である。
実はキャンプオフの会場費とBBQの食材費だけなら、出店企業からの参加料でほぼまかなえている。
アルコール類は有料販売のため、1000人弱の参加者で食材費がおよそ200万、会場費を入れても300万〜500万ほどである。
もちろん食材を用意するにあたって声をかける地元のスーパーの協力っぷりや、会場が公営か私営かによっても違う。
それでも、かかる費用だけを見れば大幅な赤字ではなかった。
まあ事務局の人件費や、事務局メンバーの事前打ち合わせ&当日の交通費は無視した場合、だが。
継続して開催するだけであれば問題ない。
だがあくまでも、ユージの希望とNPOの活動目的は、ニートと引きニートの社会復帰をまったり支援する、なのだ。
行きたいけどお金がないニートや引きニートたちへの交通費の援助は欠かせないし、欠かしたくない。
開催地が増えたことで一人当たりの交通費は減っているが、人数が増えたことで総額はかなりの額だ。
だがいま、NPOには資金源があった。
ユージから提供される映画関連の収益と、もう一つ。
寄付である。
ユージの話を知って、キャンプオフの存在を知って、NPOの活動方針を知って。
研究やユージ家跡地キャンプ場と周辺への投資だけでなく、世界の物好きな富豪から声をかけられたのだ。
あ、社会の役に立つことしてるんだし、知ったからにはちょっと寄付しよっか? と軽い感じで。
軽い感じで10万ドル、100万ドルの規模で。
ポケットマネーのポケットの大きさたるや。
そんな話を受けてから、クールなニートがユージの映画のプロデューサーと相談して、NPOへの寄付は一口あたりの金額に上限を設けることにしていた。
一人の寄付に依存することを避けたのだ。今後、口を出されることを嫌って。
キャンプオフも含めた年間予算を組んで、次年度の寄付は一人何口まで、というルールも設けている。
そもそもNPOは営利団体ではない。
クールなニートの頭には、ユージの話が知れ渡っているうちに寄付を集めてプールしておく考えもあった。
だがプロデューサーの、異世界に行くための研究はずっと続くだろうという予想を受けて、継続を優先させたようだ。
結果、金に困らないNPOという非営利なのに金満組織が誕生したのである。矛盾である。
「寄付がなくてもまわるようにしたいねー」
「スポンサーとか出店企業を増やせばすぐなんだけど……それはそれで雰囲気壊れそうだしなあ」
「少なくとも出店企業は撤退する気はないようだ。様子を見ながら、次は飲食にアプローチだな」
「え? お店、儲け出てるの?」
「単価が高い分、キャンプ用品店は利益が出ているそうだ。衣料品と美容師チームはトントン、人件費と交通費を考えればマイナスだろう」
「あー、わかる。キャンプ用品はあの場のノリでつい買っちゃうもん。カンテラとかチェアなんて品切れになってたし! ノリで大型テントとか買ってるヤツいたし!」
「え、服屋と美容師、大丈夫なん?」
「ああ、問題ないそうだ。接客をクリアして『どこの店舗にいる』と案内した場合、その店に来るケースがかなりあるらしい」
「ああ、それはわかる気がする。話しかけられないでカットされるのすげえ楽だから。というか俺がいま行ってる美容院もキャンプオフで切ってもらったとこだし」
「俺も、っていうか俺たちほとんどそうだろ」
「固定客を掴むため、スタッフのモチベーションを上げるため。ユニク○さんも美容師たちも、出店を続けるつもりらしい。キャンプオフの大規模化ではなく、複数箇所での開催の方針とも合っている」
「まあそりゃね。いくらラクだって言っても、遠かったら行かないし!」
「そっか。みんながんばってんだなあ……」
「ああ。新規でキャンプオフに参加する者の数は減っている。減っているというより、落ち着いたという言い方が正しいかもしれない。常連は増加していることを考えれば、良い傾向だろう」
「俺たちの努力のおかげだね!」
「あとユージな。いまだに『アイツでもできるなら』ってヤツが多いんだから」
「たしかに!」
アルコールが入っているためか、飲み会に参加した面々の会話は止まらない。
間もなく本格的に準備を始める春のキャンプオフの話、ユージの映画の話、仲間の現状、最近の研究の結果について。
会話は弾む。
当たり前のように、気の合う人間が集まって、共通の話題で。
ユージがいなければ、出会うはずもなかったのに。
ユージが異世界に行ってから、11年目の冬。
NPOは一時こそキャンプオフ前はデスマーチだったが、いまでは立派なホワイト企業だ。
いやまあ、企業ではなく非営利団体なのだが。
ニートと引きニートの社会復帰をまったり支援する。
開催地が増えて参加者も増えたキャンプオフを通じて、NPOは継続して実現できているようだ。
たとえそれがささやかな支援で、ちょっとしたきっかけにすぎなくても。
10回目となった春のキャンプオフでは、どれだけの人数が初参加になるのか。
常連となった参加者のうち、どれだけの人数が社会復帰できたのか。
これまで、累計でどれほどのニートと引きニートに『元』がついたのか。
これからは。
ふと考えたクールなニートは、唇に微笑みを浮かべるのだった。
ユージ、俺たちは、誰かが一歩を踏み出す手助けになっているぞ、と。
ユージのメッセージに、答えるように。
次話、明日18時投稿予定です!
閑話はこれにて終了。
お待たせしました、明日から本編再開です!





